第六章 (9)愛してその醜を忘る
こちらのお話と、エピローグで完結です!
「レミ様、そろそろお片付けしませんか?部屋の中が魔石の欠片だらけで危ないです」
「いやだ……こんなの魔法ですぐ片付く」
僕はさっきからベッドに座るエステルの腰に抱きついたまま離れられない。
なかなか顔を上げない僕に痺れを切らした彼女は、僕の髪を編み込んで遊び始めた。
涙でグチャグチャになった顔なんて、カッコ悪くて見せられない。
「私が長い間眠ってしまったのは、申し訳なかったと思っています。でも機嫌を直してくださいませんか?」
エステルは力技で僕の顔を自分に向けようとしてくる。
「痛いよ、やめて」
僕は今まで以上にエステルにきつく抱きつく。
頭上では「失敗した……」と彼女が呟く。
すると今度は背中をトントンと優しく叩き出す。
寝かしつけるつもりなのか。
「……エステル、これから僕は君に怒られることを言うよ」
僕の頭を撫でながら「はい、どうぞ」とエステルは言う。
「僕はずっと『自分が死ぬための魔法』を作っていたんだ」
エステルの手が止まる。
そして数拍置いた後、再び動き出す。
彼女は無言のままだ。
「最初は神に対する反抗心で作っていたんだ。……だけど、君に出会ってからは君を失って生きていく自信がなくなったから必死に研究したんだ」
「……」
「でもそれは全然完成する気配もなくて……それで……君が眠ってしまった後も、君に老化を遅らせる魔法をかけた。僕一人が残されるのが嫌だという理由だけで」
「そう……ですか」
「だから……君が望むなら……もし、望むなら、その魔法を解くよ」
ギュッと目を瞑り、彼女の返事を待つ。
するとペチッと頭を叩かれた。
驚いて思わず顔を上げる。
「レミ様、その言い方は納得できません」
「……え?」
「レミ様はいつもそうです。肝心なことを隠してばかり。それでは私はあなたのことを理解できないままですよ」
エステルに責めるように見つめられて、思わず視線を下げる。
「……ごめん」
「レミ様、ちゃんと私を見てください。私にどうして欲しいんですか?」
本当のことを言って拒絶される恐怖が僕を襲う。
喉の奥が詰まって息苦しい。
しかし、今きちんと伝えなければ本当にエステルを失ってしまうとわかる。
「僕は……僕は……エステルを愛している。一緒に……生きたいんだ」
一度止まったはずの涙が、再び流れ始めてしまう。
呆れて微笑むエステルの顔が、ゆっくりと近づき僕の瞼にキスをする。
「いつまでもお付き合いしますよ」
そう言った彼女は今まで以上に美しかった。
☆☆☆
目を覚ますと、そこは王宮での私の部屋だった。
右隣には私似(?)の黒猫のぬいぐるみ、うん、可愛い。
左隣にはテオ様似の犬……ではなくテオ様がこちらを向いて寝ていた。
「びっ(くりした!)」
危うく大声を上げるところだった。
ぐっと堪えた私はえらいと思う。
一度目を閉じ、暫く考える。
えーと……確かテオ様が帰ってきて、私が抱きついた後に、ちょっとまあ……いろいろ彼にあれこれお願いして……あ、「愛しているよ」って言われちゃったりして……って! ちょ、ちょっと、思い出したら恥ずかしくなってきちゃったじゃない! な、何やってるのよ私!!
恥ずかしさに耐えきれず、パチッと目を開く。
……すると、彼の目は……開いていた。
「!!」
人は驚き過ぎると案外声が出ないのだと、初めて知る。
テオ様は少し寝ぼけているのか、私の顔に手を伸ばし、頬を撫でながら「おはよう」とフニャリと笑う。
「「……」」
お互い言葉を発することなく数秒。
ガバっとテオ様が起き上がる。
「リア!!」
そう言いながら抱きつこうとする寸前で彼はピタリと止まり、そっとベッドから降りて傍にあった椅子に座る。
急に理性が働いたようだった。
「あの……ごめん。いつの間にか寝てしまっていたようだ」
「あ、はい。……大丈夫……です。テオ様も帰ってきたばかりでお疲れですよね」
お互い視線を彷徨わせながら、ぎこちない会話をする。
「あの……私はどれくらい寝ていました?」
「五日くらいかな」
「え! 五日間も!?」
驚いて起き上がろうとしたけれど、力が入らずその場でジタバタする。
見かねたテオ様がそっと体を起こしてくれた。
そのまま彼は私の隣に座る。
暫くして、彼は聞きづらそうに口を開く。
「……リア、私に隠していたことがあるでしょ?」
テオ様は当たり前のようにスルリと手を繋ぐ。
「……ごめんなさい」
「口先だけの謝罪は余計に相手を怒らせるって言ったのはリアだよ」
いつになく厳しく言われる。
本気で怒らせてしまったのだろうか。
「……実は」
私は魔塔主から聞いていた話をテオ様にした。
話を聞き終わると彼は深い溜め息を吐く。
「そんなに私が頼りなかった?」
「違います! そうではなくて……」
テオ様は切ない表情を浮かべて手を伸ばし、私を抱きしめた。
「ごめん、これは八つ当たりだ」
テオ様が頼りなかったわけではない。
魔法の内容を知ったテオ様が、私から離れてしまうのが怖かっただけだ。
「テオ様が私を諦めてしまうと思って……」
テオ様がゆっくり顔を上げてから「え?」と言う。
すごくビックリした顔をしている。
可愛い。
「え? どうしました?」
思わず質問してしまう。
テオ様はしばらく考える。
「まだ足りなかったのか……」
「え? 何がですか?」
「リアが『私が離れていく』と思ったっていうことは、まだまだ愛情が伝わっていなかったということだろう?」
「……」
え……そうなのかな……あの時の私よ、なぜそう思えたの?
「これは由々しき問題だな」
「あ、そんなことないです! 今でも十分伝わってます!」
本気で悩み始めたテオ様の綺麗な眉が、微かにひそめられる。
これはまずい……。
危機感を覚えた私は、慌てて話題を変えようとぐるぐる考える。
「あ! 雪が見たい! 雪が見たいです、テオ様!」
「……雪?」
テオ様は動きを止め、私をじっと見つめる。
はぐらかされたと気づいているはずなのに、その瞳には怒りではなく、ひどく甘やかで、どこか妖しい熱が灯っていた。
「話を逸らすのは感心しないな、リア」
「!!」
テオ様はベッドに私を押し倒し、頭の両側に手を突き、のしかかるように覗き込んできた。
完全に逃げ道を塞がれ、心臓がうるさいくらいに跳ねる。
顔が、近い……っ!
「伝わっているなら、私が離れるなんて不安になるはずがない。……鈍感なリアにはもっと愛情が必要みたいだ。一生私から逃げられないと諦めるくらいに、ね」
「テ、テオ様……っ?」
長い指先が、私の頬を、そしてそっと唇の輪郭をなぞる。
テオ様はさらに顔を近づけ、私の耳元に熱い吐息を吹きかけるようにして囁いた。
「五日間も君が眠っている間、私がどんなに狂いそうだったか」
「っ! ちょ、ちょっ!」
唇が触れそうなほどの至近距離でじっと見つめられ、熱い視線だけで射抜かれる。
テオ様の体温と、心地いい香りが全身を包み込んで、頭がぼうっとしてくる。
「……これで、少しは自覚してくれた?」
スッと離れたテオ様は意地悪そうに、それでいて甘く微笑む。
「……わ、わかりましたから……」
私が両手で顔を覆うと、テオ様は満足そうに笑った。
「よし。じゃあ、愛しの魔女様がご所望の雪を見に行こうか」
そう言うと、テオ様は私にガウンを着せ、ベッドから軽々と横抱きにした。
あまりの手際の良さに、止める暇もない。
窓際まで来たが、ガラスが曇って外が見えない。
テオ様は私をそっと下ろし、窓を開ける。
「わぁ……! こんなに積もったんですね!」
「寒いから少しだけだよ。……ほら、おいで」
テオ様は窓際に置かれた大きな椅子に腰掛け、私を自分の膝の上に座らせる。
彼に包まれ、背中からトクトクと刻まれる力強い心音を感じる。
「……綺麗ですね」
白銀の世界を眺め、世界にたった二人だけのような錯覚に陥る。
あたたかい腕の中で、私は先ほどまでの気恥ずかしさで胸をいっぱいにしながら、景色を見つめていた。
「……ねえ、リア」
不意に、耳元で名前を呼ばれる。
テオ様は私をそっと椅子に戻すと、今度はその場に片膝を付き、私の両手をそっと包み込むようにして取った。
見上げるその瞳は、先ほどの甘い熱を孕んだまま、信じられないほど真剣に私を映していた。
「春には私の王太子叙任式が行われる」
「え……」
ついにテオ様が王太子になるのだ。
感動と安堵で思わず涙が溢れる。
テオ様は手を伸ばし私の涙を拭う。
「そのときにリア、君には隣にいて欲しい」
「……」
力強い輝きを放つ、美しいグリーンの瞳が私を捉えて離さない。
「オーレリア。私と結婚してくれませんか?」
私はテオ様の手をギュッと握り返す。
「……はい。喜んで」
テオ様は安心したように微笑み、そして優しく唇を重ねた。
唇が離れ、再び視線が絡む。
「オーレリア、もう二度と逃がしてあげないからね」
グリーンの瞳は、愛おしさに満ちた熱を帯びながら、悪戯っぽく、そして妖しく煌めいた。
愛してその醜を忘る【あいしてそのしゅうをわする】……相手を深く愛していると、その欠点や醜い部分さえ気にならなくなる心理を表す言葉。




