第六章 (5)騎虎の勢い
最終話まであと少しです!
ラストスパート祭り開催中です!今日の夕方16時に完結になります!
王宮での滞在期間がどれくらいになるかわからないけれど、とりあえずトランク二個分の荷物を持って出発することにした。
テオ様によると、私が王宮に住んでいた頃の部屋も魔女の家もそのままらしい。
服を何着か持っていけばなんとかなるだろう。
私は魔法陣の中央に立った。
十年前に比べ、見送ってくれる人が増えたことに気づく。
おじさん魔法使いが転移魔法を詠唱し始める。
心配そうに見つめる家族と目が合う。
お父さんは真っ直ぐ私を見つめ、お母さんは少し涙ぐんでいるように見える。
お兄ちゃんは娘のララを抱き、義姉のクロエさんは生まれたばかりのジュールを抱きしめていた。
再会したばかりなのにまたお別れで少し切ない気持ちに襲われる。
そんな私の小さな異変に気づいたテオ様は、そっと手を繋いでくれた。
何か……何か言わなくちゃ。
変なこと言って心配させたらダメだ。
何か……何か……
「い……行って……行ってきます!!」
私は精いっぱいの笑顔で手を振った。
☆☆☆
「あ! ひょっとして彼女が魔女様かな?」
オスカー様の声が聞こえる。
あれ? もしかしてここは……謁見の間?
なぜか目の前に国王様、王妃様、オスカー様に宰相様まで勢揃いだ。
オスカー様が両手を広げながら優雅な足取りで近づいて来る。
これからダンスでも踊り始めそうなお出迎えだ。
相変わらず笑顔が眩しい。
するとオスカー様が私に抱き着こうとする直前に、テオ様が彼の顔面を片手で掴んで動きを封じる。わあ、すごい。
その際に、オスカー様から発せられた声とは思えない「うぐっ」という呻きが聞こえた。
「ちょっ、兄上! 何で顔を掴むんですか!」
「オスカー。勝手にオーレリアに触るな」
「勝手にって! 再会の挨拶をするだけですよ!」
「無駄にキラキラさせて近づくからだ」
急な兄弟喧嘩が始まる。
二人の喧嘩は初めて見たので新鮮で感動する。
微笑ましくて思わず笑顔になってしまう。
「二人ともいい加減にしなさい」
国王様の呆れたような低い声が室内に響く。
「只今戻りました」
テオ様が国王と王妃様に綺麗な礼をする。
「して、そちらのご令嬢は?」
絶対わかっているはずだけれど、オーレリアとしては『はじめまして』だ。
私自身、黒いローブも着てないし、ヴェールで顔も隠していないので変な感じがする。
「オーレリア・ド・レストと申します」
まだ不慣れなカーテシーとともに挨拶をする。
「……」
あれ? 何か足りない?
『王国の太陽にご挨拶』とか言ったほうが良かったのかしら?
変な沈黙が続く。
「一応『東の魔女』って名乗らないと『魔女の家』に入れないよ」
テオ様がそっと耳打ちをする。
あ、なるほど。
「東の魔女でございます。……只今戻りました」
「魔女、よく戻った。息災そうで何よりだ」
国王様が目元にシワを寄せて微笑む。
今日は珍しいことばかりだ。
「オーレリア嬢。さっそくで申し訳ないがテオドールと話がある。君とは夕食の際にゆっくり話そう」
「はい。ありがとうございます」
先程から微動だにしない、無表情の王妃様と目が合う。
すると待っていたかのように彼女は告げる。
「オーレリア嬢。私と二人でお茶でもいかが?」
これはお断りできないお茶会の誘いだと悟る。
「……はい。喜んで」
☆☆☆
「魔女……いえ、オーレリア嬢。すぐに王宮に戻ることになってごめんなさいね」
突然、王妃様に謝られたことに衝撃を受けてしまい、正解の返事が思い浮かばない。
「あ、いえ、そんなことは」
「本来であれば、役目を終えた魔女は解放されて自由を手にできるのに……」
いつも凛として美しい王妃様が伏し目がちになってしまった。
罪悪感がすごい。
「今回のことは、私の希望でもありますし、テオ様が強引にというわけでもないので大丈夫です」
「そうかしら? テオドールもマリユスに似て愛が重いでしょう? 本当は嫌なのではなくて?」
美人の上目遣いを正面から食らってしまった。
知らなかった……テオ様の上目遣いの可愛さは王妃様譲りなのね。
そして気づく、私は『あざとい』に弱いのだと。
「嫌だと思ったことはなくて……それどころか今まで気づかなかったくらいでして……」
「そう……なら、テオドールと共に生きても良いと?」
ん? だいぶ話が飛躍して、なんだか雲行きが怪しくなったような。
「あ、でも今回はお仕事の関係で戻らせていただいただけで……」
「すぐ帰ってしまうの? オーレリア嬢が淹れてくれたお茶を飲むと元気が出るのに残念だわ」
あ、また俯いてしまった。
「そ、それでは王宮にいる間は毎日淹れさせていただきます!」
「いる間……」
「お、王妃様の願いであればいつでも駆けつけますので」
王妃様は頬に手を当てて呟く。
「それなら……王子妃になるのが良いのかしらね」
あ、あれ? 怪しいどころか本題を単刀直入に言われた?
「それは家臣の皆様のご意見も聞いたほうがよろしいのではないでしょうか」
「家臣の筆頭である宰相がテオドールにレスト領に行くように言ったのよ?」
やはりテオ様の予想通り、宰相様は私がレスト男爵の娘だと知ってたんだわ。
情報源は絶対におじさん魔法使いよ。
簡単に秘密を漏洩するなんて!
「それに国王様が反対されるかもしれません!」
「ふふふ。マリユスが私の意見に反対するかしら?」
王妃様が美しく微笑む。
気づいたときには時すでに遅し、私は外堀を埋められたどころか、高い塀に囲まれていたのだった……。
☆☆☆
夕食は終始和やかな雰囲気だった。
国王様はレスト領についてたくさんの質問をしてきた。勉強しておいて本当に良かったと胸を撫で下ろす。
夕食後、テオ様は当たり前のように私を部屋まで送る。
途中メイドたちと何人かすれ違ったが、さすがは王宮のメイドたち、表情一つ変えず礼をしていた。
よっぽど私のほうが挙動不審だったと思う。
魔女として振る舞えばいいのか、男爵令嬢として振る舞えばいいのかわからなくなってしまった。
前だったら気軽に話しかけることができたのに……。
「今日はもう疲れただろうから、明日『魔女の家』に行って調べよう」
「はい。……でもテオ様はお忙しいので私一人でも平気ですよ?」
「うーん……だけど私が一緒に探したいんだ」
テオ様が眉尻を下げて私の返事を待つ。
これはテオ様お得意の『おねだり』だ。
長時間見つめると心臓に悪いので早めに返事をする。
「わかりました。一緒に頑張りましょう」
「やけに返事が早いね」
テオ様が目を細め訝しんで見つめてくる。
「これは防衛本能だと思ってください」
「……」
するとゆっくりとテオ様が顔を近づけてくる。
こ、これはどういう!
――ペチッ
私は思わずテオ様の顔を両手で挟んでしまった……。
「ふーん。リアが何から自分を『防衛』しているのかはわかったよ」
テオ様は拗ねた様子でそのまま私の両手首を掴む。
ま、まずい……。
「今のは悪気があったわけではなく……」
テオ様の顔が近づく……ど、どうしよう。
パニックになった私は思わずテオに――
頭突きをした。
「痛っ」
テオ様が怯んだ隙に部屋に入る。
「きょ、今日はありがとうございました! テオ様も早くおやすみになってくださいね!」
大声でドアの内側から叫ぶ。
するとドア越しにテオ様の溜め息と「おやすみ」とぶっきらぼうに言う声が聞こえた。
足音が遠ざかって行く。
くるりと振り返り、部屋の中を見ると、ベッドの上に並ぶ、茶色い犬と黒猫のぬいぐるみを見つける。
「久し振りね」
私は二匹のぬいぐるみをギュッと抱きしめた。
頭の中に、美しい魔塔主の怒った顔が浮かぶ。
「魔塔の魔石が何個割れたかなぁ……」
騎虎の勢い【きこのいきおい】……虎の背中に乗って走り出した者が途中で降りられなくなるように、物事に弾みがついて途中ではもうやめられない、引き返せない状態のこと




