第六章 (4)清水の舞台から飛び降りる
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ラストスパート祭り開催中!最終話も見えてきました♪楽しんでくださいね!
ヴァランドレ女公爵からの依頼も無事?受けることができ、その場は解散となった。
テオ様たちは公爵家のロイヤル専用棟に、私たちは屋敷内のゲストルームに宿泊することになっていた。
ところが何を思ったかテオ様は「私も屋敷内に」と言い出した。
ロランはすっかり呆れ顔だ。
しかし私が「働いている人たちを困らせてはダメです」と元魔女としての精一杯の威厳を思い出しながら嗜めると「わかった」となぜか嬉しそうに納得してくれた。
テオ様は私たちを部屋の前まで送ると「一歩も部屋から出てはダメだよ、もちろん誰かを入れるのも禁止」と約束をさせてきた。
危険なことは何もないと思うけど。
ゲストルームではマロウとメリッサのメイド二人が私と兄の帰りを待っていてくれた。
「ディラン様もお嬢様もお顔色が悪いですがいかがなさいました?」
ぐったりとソファに座る私たちにマロウが心配そうに尋ねる。
「入浴の準備もできていますが、お茶をご用意しましょうか?」
「うん。お茶が飲みたいな」
私が言うとメリッサは「かしこまりました」と急いで準備をしてくれる。
兄と私は二人同時に「はあ……」と深い溜め息を吐いた。
「リア、いつ王子殿下の婚約者になったんだ」
「……たぶん、さっきかな……」
二人してキラキラ豪華なシャンデリアをぼんやり眺める。
「父さんに報告しなきゃならないな」
「えー……でもどうなるかわからないし」
「僕にはわかる。王子殿下が諦めることは絶対ない。僕の宝物を賭けてもいいよ」
「お兄ちゃんの宝物って変な形の石でしょ? たぶん私、いらないと思う」
メリッサがそっとテーブルに紅茶を置く。
二人してユラユラと上体を起こし、それを口に運んだ。なんだかホッとする。
「公爵の香水については何かわかったのか?」
「うん。たぶん魔女の家で嗅いだことのある香りだったと思う」
「なるほど……」
「でも簡単に王宮の中にある魔女の家には入れないよね」
☆☆☆
「では一緒に王宮に帰ろうか」
翌日の朝、公爵家の広い庭園を散歩しているときに、事も無げにテオ様は言う。
レスト領とは違う色鮮やかな花々を背景にした彼は、朝の光も相まって酷く眩しい。
「私はもう王宮の魔女ではないんですよ」
「でも私の婚約者だよ?」
私はピタリと立ち止まる。
テオ様も歩みを止め、くるりと振り返り向かい合わせに立つ。
ここは年上としてきちんと言わないと。
「テオ様。テオ様は王太子様に、ゆくゆく国王様になるんですよ」
「そうだね」
そう言いながらテオ様はなぜか私の両手を取り、手を繋ぐ。
「婚約者は慎重に決めるものですし、国王様、王妃様、家臣の意見もあると思うんですよ」
「……」
「前もお伝えしましたけど、私の身分のことも、年齢のこともちゃんと……あの、聞いていらっしゃいますか?」
テオ様は俯いてから、上目遣いで窺うようにこちらを見る。
「リアは嫌なの?」
「……っ!!」
私は思わず息を飲む。
ちょっと! 昔みたいに可愛く聞くのはズルいでしょ!!
「ね、一緒に王宮に帰ろう?」
わ、私知ってるわ。こういうのを『あざとい』って言うのよ!
「そ、そんなに可愛く言っても、だ、騙されませんよ!」
テオ様は目を丸くして驚いたあと、目を細めて笑う。
「もう騙されてくれないか」
「……今まで騙してたんですか?」
「さあ? どうだろう?」
テオ様は私の手を引き歩き出す。
私はずっと騙されていたのだろうか……。
「リア。あれから体調に変化はない?」
テオ様は白いダリアの朝露を指で突いて落とす。
「……はい。 大丈夫です」
嘘は吐いていない。実際私の体調には変化がないのだから。
「初代国王の魔法のことも、王宮に帰った方がわかるかもしれないからね」
そう言って、私から視線を逸らしている彼の横顔を見る。
テオ様ごめんなさい。
私、すべてを知ったけれど、あなたに話せそうもありません。
「そうですね」
「魔女の家の本は魔女にしか読めないから……」
たくさんの理由を探す、彼の必死さが痛いほど伝わる。
「私は公爵様の香水を探したいです」
「うん」
「だから……魔女の家に帰れるのは嬉しいです」
彼は少しホッとしたように私を見つめる。
「実は、レスト領での休暇はもう終わりなんだ。今日、このまま王宮に戻ることになっている」
「え」
「私としてはもう少しいたいけどね。だから今なら転移魔法で一緒に王宮に帰れるよ。どうする?」
「そ、そんな急に」
「急なことにも対応できるのが『東の魔女』だと思ってたけど?」
「え……っ」
先程とは打って変わって、テオ様は私を試すような視線で見つめてくる。
――脳裏にヴァランドレ公爵様のハンカチを見つめる切なげな表情が思い浮かんだ。
私は目を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返す。
きっと覚悟を決めるときが来たんだと諦める。
「……連れて行ってください」
テオ様はこれ以上ないほど甘く微笑んだ。
……もう私は引き返せない。
引き返さない。
☆☆☆
一度転移魔法でレスト領に戻ることになった。
そこに現れたのは、やっぱりあのおじさん魔法使いだった。
「あの、テオ様。あのおじさ……魔法使い様は王宮お抱えの魔法使いなのですか?」
「いや、彼は宰相と仲が良いらしいよ。十年来の友人だそうだ。私も最近初めて会ったばかりだけどね」
「十年来……」
明らかに私が王宮に連れてこられたときに知り合ってるじゃない。
私は無言でおじさんを見る。
おじさんは私の視線に気づくと「どうもお世話になってますぅ」としれっと挨拶をしてきた。
ヴァランドレ公爵様とアルヴィン様が見送りに来てくれた。
「香水は必ず見つけます」
私がそう言うと、公爵様は「期待しているわ」と優しく微笑んで頷いた。
「またお会いできる日を楽しみにしています」
アルヴィン様はそう言うと私の手を取った。
流れるような動作で手の甲に口づけをしようとした瞬間にテオ様に手を引き抜かれた。
「昨日言ったことをもう忘れたのか? 命が惜しくないようだな」
「未来の王子妃にご挨拶しただけですよ、王子妃に敬意を払うのは家臣として間違っていますか?」
テオ様は「チッ」と舌打ちをした。
最近本当に悪いんだから。あとでお説教だわ。
「では失礼する」
テオ様がそう言うと、我々はレスト領に転移した。
☆☆☆
――レスト男爵家 応接室
私とテオ様の正面には私の両親が座っている。
お父さんは何か考え込んでいる様子で、お母さんはニコニコとしている。
両親には「仕事のために一度王宮に戻る」という報告のはずなのに、雰囲気は何か……その……結婚の申し込み?……のような‥‥‥ちょっと変な感じになっている。
「殿下は娘を選ぶことで、さらなる困難を背負うことになるかと存じます」
お父さんが重い口を開く。
「……そうかも知れないな」
テオ様が困ったように眉尻を下げる。
「それに私では殿下の後ろ盾にもならないです」
いくら国王様や宰相様の信頼が厚いとはいえ、男爵という身分である以上、権力としては微々たるものだ。
テオ様がゆっくりと話し出す。
「オーレリア嬢……リアは私に人間として生きる幸福を与えてくれた人なんだ。きっと彼女がいなければ、私はどこか欠けた人間になっていたと思う」
「……」
「喜びも悲しみもなく、ただ与えられたことを義務としてこなす。国民には何の感情も抱かない、酷く冷たくてつまらない人間だ」
「テオ様……」
私は思わず彼の手を握る。
彼は私と視線を合わせてにこりとすると、お父さんを真っ直ぐ見た。
「ただ、彼女が傍にいてくれれば私は絶対に間違えない自信がある。絶対にだ」
お父さんはその言葉を聞くと、一度口を引き結んで少し俯いたあと、私と目を合わせ問いかける。
「リアは覚悟しているのか?」
「覚悟……というか……」
私がテオ様と恋に落ちたら初代国王の魔法が完全に起動して、どうなるかわからない。
最悪の場合、命だって保障できない状況だ。
それは正直、本当に怖い。
だけどテオ様以上に私自身が彼の傍にいる人生を当たり前だと思っている。
その感情を人は何と定義するのかはわからないけれど……。
「あなた……」と、今まで黙っていたお母さんが口を開く。
「今はまだ『リアはお仕事で王宮に行く』で良いじゃないですか。すべてが決まる前の猶予期間だと思いましょう……ね?」
答えが出ない私に、お母さんが助け舟を出してくれる。
「そうだよ。リアは仕事に行くだけなのに父さん何でこんな雰囲気にするの」
離れて置かれた一人掛けソファに座っていた兄がぼやく。
あ、お兄ちゃんもいたんだっけ。
「テオ様。オーレリア嬢の準備もあるので、結婚の申し出は後日にして下さい」
あ、後ろに「私は立ったままで」って言ってたロランもいたわ。
「さあ、リア。早く準備をしましょう。殿下、少し失礼いたしますね」
母の言葉に背中を押されるようにして、私は王宮に行く準備に取り掛かった。
清水の舞台から飛び降りる【きよみずのぶたいからとびおりる】……人生においての一世一代のような大きな決断をするということを意味する。




