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東の魔女は魔法が使えない~逃げたい魔女と一途な王子~  作者: けん


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第一章 (4)泥を打てば面へはねる

 いつの間にこんなに大勢の令嬢を招待していたんだろうと、気づかなかった自分に腹が立つ。


 戸外だというのに恐ろしいほどの多種多様な香水の匂いを鼻に食らいながら、私は王妃へと近づいた。



「母上、ご令嬢たちとの茶会を楽しんでいるようなので私は失礼しようかと……」



 王妃は横目でチラリとこちらを見ると、優雅に紅茶を啜った。一口飲んで少し間をおき、もう一口。

 この沈黙の時間すら耐えがたい。なんなんだ、無視するつもりか。



「皆さん素敵なご令嬢でしょう? あなたもいつまでも立っていないで、席についたらいかが?」



 そう来たか。私は帰ると言ったんだ。

 課題も出されているし、一分一秒が惜しいというのに!一言返すだけのためにたっぷり時間をかけるとは、高度な嫌がらせだな!



「はい……では、お言葉に甘えて……」



 心の中で悪態を吐きながらも反論はできず、仕方なく王妃の隣の席に腰を下ろす。


 これが『序列』というやつだな、とうんざりする。


 ふと後ろを振り返ると、そこにいるはずのロランの姿はすでになかった。なるほど、戦場に放り込まれたわけか。


 誰とも目が合わないように、色とりどりのドレスの合間を縫うように視線を泳がせる。すると、遠く離れたテーブルに、全身真っ黒な後ろ姿を見つけた。


 ガタンと作法の欠片もなく椅子を鳴らして立ち上がる。


 早足でそのテーブルに駆け寄ると「そうなんですの?」「勉強になりますわ!」といった、やたらと楽しそうな声が聞こえてきた。



「魔女、何をしている?」



 近くのテーブルからは「王子殿下がこんなにお近くに!」「なんて麗しいのかしら」と喜々とした令嬢たちの声が上がる。


 魔女は目をぱちくりとさせたあと、親しみを感じさせるように目尻を下げた。



「先程、庭園でハーブティーにする花を摘んでいたところ、通りがかった王妃殿下に『魔女もいかが?』とお誘いいただきました」



 王妃の発言のところだけ、さりげなく声色を真似るのはやめて欲しい。

 中途半端に似ていて反応に困る。


 魔女の足元に視線を移すと、籠いっぱいの赤い花びらが置かれていた。庭師に怒られそうな量を摘んだようだ。



「ま、魔女様は美肌になるお茶のレシピを教えてくださいました!」



 魔女と同じテーブルにいた令嬢が唐突に声を上げた。私と目が合うと、ハッと顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつむく。

 魔女が私に叱られると思ったのだろうか、彼女の緊張がこちらまで伝わってくる。



「私の美肌茶は美味しいものが少ないので、西の魔女様から教わったレシピをお伝えしたんですけどね。うふふ」



「うふふ」だなんて、普段言わないくせに。雰囲気に影響されすぎだ。



「ドライフルーツを入れても美味しいですわよ」



 令嬢たちは「まぁ!」「美味しそうだわ!」と口々に同意する。


「ですわよ」なんて言葉を使っている魔女を初めて見て、私はこめかみを押さえた。




☆☆☆




 一週間前のことを思い出すだけで頭が痛くなってくる。



「……ですから、特に気になる方はいませんでした」



 あの茶会で魔女を見つけてからは、席に戻っても彼女の様子が気になりすぎて、令嬢たちとの会話など一切頭に入ってこなかったのだ。


 私の心配をよそに、魔女は終始楽しそうにしていた。彼女が若い令嬢たちと交流する姿など、今まで一度も見たことがなかった。


 魔女は決して、温室の近くの家に追いやられているわけでも、王宮の奥に隠れているわけでもない。


 温室近くの家は言うなれば『職場』であり、住居は王宮内にある。もちろん、日当たりの良い明るい部屋だ。



「そんなに婚約者を探したいなら、オスカーの相手を先に選んではいかがですか?」



 珍しく王妃の眉がピクリと動いた。第二王子の名前を出されて動揺したのか。



「あなたが先なのは当然のことでしょう」


「父上も私と同じ年齢の頃は、まだ母上に出会っていませんよ。何を焦ることがありますか」



 国王は王妃より三歳年上なので、十九歳までは婚約者を選んでいなかった。


 恐ろしいほどの面食いなので、王妃に出会うまで「結婚しろ」という周囲の攻撃をのらりくらりとかわし続けた……という噂を耳にしたことがある。

 真偽不明だが、おそらくその甲斐があったというものだ。


 しかも、王妃のすべてが国王の理想を実体化しているらしく、側妃や愛妾を置く気はさらさらないという。興味はないが、夫婦仲が良いようで何よりだ。



「あなたはいつものんびりと構えすぎなのです。すぐに決断できない性格は、国を揺るがすことになりますよ。国の安寧のためにも、早く結婚して世継ぎを――」



 楽しそうに令嬢たちと談笑する魔女が、頭の中に浮かぶ。彼女も先代の魔女のように、いつか去ってしまうのだろうか。


 魔女がどこから来て、どんな顔をしていて、本当は何歳なのか……そんなことはどうでもよかった。ただ、どうしたらずっと一緒にいられるかばかりを考えてしまう。


 いっそ身分を捨てれば良いのだろうか。ここまで来ると、もはや片思いを拗らせた『執着』だ。



「母上の可愛いオスカーが国王になるかも知れませんよ。母上はそのほうが良いのでは?」



 皮肉である自覚はあったが、なかなか引き下がらない様子に苛立ち、深く考えずに出た言葉だった。


 カチャリ、と王妃のティーカップが硬い音を立てて置かれた。


 何をするにも完璧と呼ばれている王妃が立てた異音に、驚いて顔を上げる。


 王妃は怒っているのか、それとも動揺しているのか。目を伏せ、テーブルに置かれた手が固く握られている。よく見ると真っ白な肌の目周りと鼻先が赤くなっている。




 あぁ……私はまた、失敗したのか。





―――――




【テオドール・ド・クレマン(テオ様)】


ラペデュール王国の第一王子。17歳。ダークブロンドに緑色の瞳。



【魔女】


ラペデュール王国に仕える魔女。黒髪に琥珀色の瞳。



【ソフィー・ド・クレマン(王妃)】


ラペデュール王国の王妃。ブロンドに青い瞳。


泥を打てば面へはねる【どろをうてばつらへはねる】……人に害を与えようとすれば、結局は自分にその報いが返ってくるという意味。

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