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東の魔女は魔法が使えない~逃げたい魔女と一途な王子~  作者: けん


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第一章 (3)梯子を外される

 そう、私は魔女の名前を知らない。顔もほぼ見えていないので、見たことがないと言っても過言ではない。



☆☆☆



 ラペデュール王国に仕える魔女は建国当時から存在し、その後もさまざまなタイミングで交代してきた。


 しかし、彼女たちは全員が例外なく「魔女とお呼びください」と名乗る。


 歴代の魔女の年齢は様々だったが、皆一様に黒いローブを身に纏い、口元を黒い不透明なヴェールで隠している。


 そのため素顔を窺い知ることはできない。そして彼女たちは、この国では非常に珍しい『漆黒の髪』を有していた。


 彼女たちは決まって『東』からやって来たと言い、魔法を使うことはせず、薬の調合を得意としている。


 そして奇妙なことに、魔女は年齢を重ねている様子がない。見える部分が少ないため判断しにくいが、歴代の記録の中には、十歳ほどの少女の姿でやってきて、そのままの姿で去っていった例もある。


 実際、先代の魔女は父上である国王が二歳のときにやってきて、二十七歳のときに去っていった。

 中年に見えた彼女が王国に留まった二十五年間、さらに老いる様子はなかったという。


 私自身は幼かったため先代の変化まではわからなかったが、王宮で久しぶりに会う地方貴族が「魔女様はまったくお変わりがなくて羨ましい」と漏らし、彼女が「あら、魔女ですからね、ふふふ」という定型文のように返すやり取りを何度か目にしたことがあった。


 そして現在の魔女も――数年前までは姉のように見えていたその姿は、いつの間にか同年代か、あるいは年下のようにも感じられる。


 声も、目元も、指先も。出会った頃から何一つ変わっていないように見える。




☆☆☆



「……テオドール、聞いているの?」



 不意に思考を中断させられる。話を聞き流そうとしていたのがバレてしまったらしい。



「なんでしょう?」


「先日のお茶会には、気に入った令嬢はいなかったのかと聞いているのです」



 王妃は氷のように美しい無表情のまま、私を追及する。

 感情を隠す必要がある王族としては手本のような人だ。顔に出やすい私はまだまだ甘いなと自嘲する。




☆☆☆




 一週間前の王妃との定例茶会は、まさに『だまし討ち』だった。側近のロランに連れられて王宮の庭園に向かうと、そこには着飾った令嬢たちが何人も待ち構えていたのだ。



「あ! 王子殿下がいらしたわ!」



 小声ながらも、キャッキャと弾むような声が聞こえてくる。中には「ロラン様もいらっしゃるわ!」という声まで混じっている。



「おい。これはどういうことだ」



 私は微笑みを崩さず、口元を動かさないままロランに問うた。



「王妃様のご命令ですので」



 やや後方に立つロランもまた、完璧な笑みを浮かべたまま答える。



「お前は私の側近じゃないのか?」


「世の中には序列というものがあるんですよ、王子殿下」



 普段は名前で呼ぶくせに、こういう時だけ立場を強調してくるのが実に腹立たしい。


 何より、ロランが令嬢たちの間でしっかりモテている様子が、私の苛立ちをさらに倍増させる。




☆☆☆




 私の側近であるロランは、乳母アンヌと共に六歳の頃から王宮に暮らしている。


 兄のような存在……に、たかが三歳差でなるわけもなく、幼い頃はケンカ相手か、可愛らしい悪巧みの仲間だった。


 いや、毎回私が泣かされていたので、仲間というより『子分』にされていたというのが正しい。


 そんなロランが、十二歳になったある日。



「俺が支えてやるから」



 と唐突に私に宣言してきた。


 ロランは国王の命もあり、私の側で私と同じあらゆる教育を受けてきた。側近の座を狙う貴族は山ほどいたが、彼はそれらもすべて実力で蹴散らしてきた。


 現在は『次期宰相』とまで囁かれ、その地位と実力ゆえに令嬢たちに人気があるらしい。


 苦労をしながらも勉学に励み、第一王子を支え、母であるアンヌを労わる姿は包容力があり、目を細めて微笑む様子には色気がある……のだとか。


 あいつの目の奥に潜む『真っ黒な本性』を見たことがあるのかと言ってやりたい。


 私とロランの関係は令嬢たちの間で密かに流行っている『秘密の小説』のモデルになっていると宰相が笑顔で教えてくれた。


 何が秘密なのかわからないが、深く知ってはいけないような気がして詳しく聞くことはやめた。


 幼い日の『第一王子を支える宣言』は、当時の剣術の教師から皆に知れ渡り、今ではちょっとした美談となって語り継がれている。


 しかし実際は、直前の剣術の稽古で私はロランにボコボコに叩きのめされた。そしてロランは片眉を上げ、完全なる『悪役の顔』でこう言い放った。



「お前は弱いから、俺が支えてやるからな」



 感動ストーリーの真実なんて、割とこんなものなのだ。




―――――




【テオドール・ド・クレマン(テオ様)】


ラペデュール王国の第一王子。17歳。ダークブロンドに緑色の瞳。



【魔女】


ラペデュール王国に仕える魔女。黒髪に琥珀色の瞳。



【ソフィー・ド・クレマン(王妃)】


ラペデュール王国の王妃。ブロンドに青い瞳。



【ロラン】


テオドールの側近。六歳から王宮で暮らす。

梯子を外される【はしごをはずされる】……一緒に物事を行っていた仲間から途中で見捨てられ、自分一人だけが取り残されて困った状況に陥ること。

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