第六章 (2)火に油を注ぐ
テオドールの視点です!
ラストスパート祭り四話目でございます。深夜の投稿にお付き合いいただき嬉しいです。
「オーレリアは元気だった?」
仕事をこなしながら孤児院から戻ったロランに聞く。
「そうですね……なんか変でした」
ロランは書類整理の手を止める。
「変?」
「俺に『恋』について聞いてきたんです。恋とは何かと質問されました」
少しは私を意識してくれているということだろうか。
「それで? お前はなんて答えたんだ?」
「『恋は勘違いの積み重ねと、自分の中の条件との擦り合わせ』と答えましたよ」
「……オーレリアは何と?」
「心配されました」
だろうな。私だって心配になる。
「そのあと何か閃いていたようです。あれは魔女様特有の思考の気配がしたので覚悟しておいてください」
「なるほどな。わかった」
「それと国王様からの手紙とヴァランドレ公爵様からパーティーの招待状が届いています。国王様からは休暇の終了の通達でしょうか」
休暇はほとんど取った覚えはないが、これ以上王都を離れるのも良くないのだろう。
それにしてもヴァランドレ女公爵か……と彼女を思い出す。
「あの件で私がここに滞在していることが広まったみたいだな」
イザベル・ド・ヴァランドレ女公爵……彼女はレスト領に隣接する領地を治めるかなり優秀な女性で年齢は確か三十代後半だったか。
公式発表前だが、レスト領で生産される紙が王国の公式文書に使われるという話は少しずつ広がっているのだろう。
「リアをパートナーに誘ってみようかな」
「魔女様は正式にレスト男爵の娘としてパーティに出たことがないんですよ? 負担ではありませんか?」
「そうか……それもそうだな。残念だが今回は一人で参加するか」
☆☆☆
「あ、テオ様」
パーティー当日、ピンクの可愛らしいドレスを着て、珍しく髪を纏めているオーレリアに会う。
ギリギリまで仕事をこなし、魔法で転移してきたが、彼女がいるならもう少し着飾るべきだったか。
「……リア、誰と来たんだ?」
「お兄様とです。お義姉様が産後間もないので、代わりに来ました」
どこの誰かもわからない馬の骨と来ていたら嫉妬でおかしくなるところだった。
オーレリアに悟られないようにホッとする。
しかし彼女はチラチラと周りを気にしているようだった。
「リア? 誰か探しているのか?」
「い、いえ! 何でもありません。では私はこれで」
そう言うと、彼女は兄を探しに行ってしまった。
「ロラン、何だと思う?」
後ろに控えていたロランに問うが、彼も首を横に振るだけだった。
立ち去る彼女の背中を見つめていると、背後から声を掛けられた。
「テオドール王子殿下、ようこそいらっしゃいました」
「ああ、ヴァランドレ公爵。久しいな」
彼女は公爵家の一人娘として生まれたため、父上の婚約者候補には挙がらなかったはず。
五年前に夫を亡くしてから広い公爵領を一人で治めていた。
ヴァランドレ夫妻には子どもがおらず、三年前に夫の姉の息子……甥を養子に迎え、今年の王宮舞踏会には彼が来ていた。
彼女は以前に比べ、幾分痩せたように見える。
「王子殿下は益々立派になられて、王国に忠誠を誓う我々としては喜ばしい限りです」
お世辞か本音かわからないが取り敢えず微笑む。
「今回はなぜパーティーを?」
「息子が多くの方と交流を深めるためにです。なので息子と同年代の方もご招待したんですよ」
「なるほど……」
だから、レスト男爵ではなくオーレリアの兄が来ているのか。
「あとはレスト領が何かと話題なので交流を深めたいなと思いまして……男爵が隠していたご令嬢も可愛らしいですよね」
「……」
「息子の結婚相手もそろそろ決めないとなりませんし」
なるほど……オーレリアにも興味があるわけか。
「では、パーティーをお愉しみ下さいませ」
そう言って、彼女は他の招待客の元へ移って行った。
そこで私は妙な視線に気づく。
「ロラン、遠くからリアからの視線を感じるんだが……」
「そうですね」
「なぜかわかるか?」
「オーレリア嬢は私の想像の範囲外のことを考えていることも多いのでなんとも……」
「……おい。いつから名前で呼ぶようになったんだ?」
「そんなことで腹を立てないでください。公の場ではそう呼ぶようにご本人に言われたんですから」
「……」
「招待客が近づいて来ていますよ。ちゃんと麗しの王子殿下になってください」
ロランの小言を聞き流していると、招待客が次々と現れ、我々に挨拶をしてくる。
どの貴族も私が来ることを知っていたのか、ご丁寧に令嬢を紹介してくる。
ああ、面倒だな。
その間もオーレリアからの熱視線は止まない。
ついに手元にはオペラグラスのようなものが光る。
それでなくても目立つのに何をしているのか。
彼女の周りに立つ人間の方が落ち着かない様子だ。
「あ、あの……王子殿下。よろしかったらご一緒に踊っていただけませんか?」
一人の令嬢が声を掛けてくる。彼女はヴァランドレ公爵の姪で、養子になった甥の妹だった。
主催者の姪となると断るわけにもいかない。
「喜んで」
微笑んで令嬢の手を取る。
音楽に合わせてステップを踏みながらも、私の意識は常に会場の端にある一点へと引き寄せられていた。
ピンク色のドレスに身を包んだオーレリアは、なぜか私を見て立ち尽くしている。
さすがにオペラグラスはやめたようで一安心する。
最初はダンスの様子を見守っているのだと思っていた。
しかし、彼女の視線が私と、私が手を引く令嬢の姿を交互に追っていることに気づく。
彼女は俯き、時折顔を上げては、私と令嬢の距離を測るように目を細める。
私が令嬢に合わせて微笑むたび、リアの肩が小さく跳ねた。
彼女がオペラグラスとドレスの裾をぎゅっと握りしめるのが見える。
ダンスの拍子に私の視線とリアの視線が、一瞬だけ鋭く交差した。
彼女は驚いたように目を見開き、慌てて視線を逸らして踵を返す。
その様子に動揺してしまい、僅かにステップが乱れる。
こんなところで踊り続けている時間が、酷く無駄に思えてくる。
ダンスが終わり、オーレリアを探す。
会場には彼女の姿がない。
ロランも他の招待客に捕まっている。
「クソッ」
人気の少ない長い回廊を探す。すると一人でトボトボと歩くオーレリアを見つける。
「リア!」
腕を掴んで引き止めると、驚いた様子でオーレリアが私を見上げる。
「テオ様……どうされたんですか?」
「君こそこんなところに一人でどうしたんだ」
会場に遅れて来た人たちにチラチラと見られる。
「リア、こちらに」
手を取り、会場の喧騒から離れたテラスへと連れ出す。
その先には月明かりを浴びた庭園が広がっていた。
ベンチにオーレリアを座らせる。
彼女はずっと俯いたままだ。
「テオ様、会場にいなくて良いんですか?」
「そんなことは気にしなくていい。どうしたんだ? 体調が悪いのか?」
「……体調は問題ないです。……ただ……ちょっと違ったんです」
「違う? 何が違ったんだ?」
「……なんかモヤモヤしたんです」
モヤモヤ? 何がだろうか。
「それは……何か私が悪いことをしたのか?」
「テオ様は悪いことは何もしてません」
悪いことはしていない……と思う。自分でも。
「ただ妄想してたんです」
妄想……早速想像を超えてきたな。
「何を?」
「それは言えません」
私は自分の行動を思い返す。
「ダンスを踊ったのが良くなかった?」
「……」
これは当たり……だな、たぶん。
「まさか……ヤキモチ……とか?」
オーレリアがびくりと肩を震わせ、こちらを見る。その瞳に一瞬、痛みが走る。
彼女は慌てて一度顔を背け、必死に笑みを繕おうとした。
しかし眉間にはシワが寄り、納得していない様子が見て取れる。
「……っ、違いますよ! 私は少し作戦が……うん、そう! 作戦がうまくいかないことに変だなって……」
思わずオーレリアの頬に手を伸ばす。
一瞬固まるが、諦めたようにおとなしくしている。
「わかったよ……作戦がうまくいかなかったんだね」
「そう……です」
彼女の眉間のシワは深いままで思わず笑ってしまう。
眉間を人差し指で優しく撫でる。少しずつ表情が和らぐ。
「落ち着いた?」
「くすぐったいです」
不満げに言う割には手を振り払うことはしない。
「もう、リア以外の人とは踊らないよ」
オーレリアはギュッとドレスを握る。
「そ、それだと……」
彼女が何か言いかけた瞬間、リアの兄の声が聞こえた。
「リア! 良かった。王子殿下と一緒だったんだね」
リアの兄、ディランは走ってここまでやって来たようだ。
「お兄ちゃん、慌ててどうしたの?」
「ヴァランドレ公爵様がお呼びなんだ」
「え? 私を?」
「うん。僕と一緒に来て欲しいって」
リアが立ち上がりこちらを振り返る。
「あの……テオ様、それでは私は失礼しますね」
「私も同席する」
「「え?」」
二人が仲良く同じ表情をする。
こうやって見ると案外似ていることに気づく。
私はオーレリアの手を取り歩き出す。
さて、話を聞こうじゃないか。
火に油を注ぐ【ひにあぶらをそそぐ】……燃え盛る火に油を加えてさらに激しく燃え上がらせるように、すでに勢いのあるものや状態に、さらに刺激を加えて状況を悪化させることのたとえ。




