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東の魔女は魔法が使えない~逃げたい魔女と一途な王子~  作者: けん


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第六章 (1)心の駒に手綱許すな

第六章(最終章)に突入しました!

ラストスパート祭り第三話目です!夜中も更新されるのでご注意ください!

「オーレリア先生! できました!」




 魔塔主の告白を聞いた翌日、いや、当日。私は孤児院で子どもたちに勉強を教えていた。



 一睡もできないまま対面する子どもたちの眩しさたるや……眩しさたるや……なんだろう……何も思い浮かばない。




 眩しいついでに窓際に立って日光を浴びたというのに、頭が全然働かない。


 もう、瞼も重いからそのまま目を閉じてしまいたい。




 何代か前の魔女様も『睡眠不足、または深夜になると人間は(ろく)なことを考えないって日記に書いてあった。



 おっしゃる通りで私の頭の中はいつもに比べるとだいぶ暗くなっていると思う。



 今の私は碌なことを考えないというか、何も考えられないのだけれど。




「はーい! では答え合わせをしますよ!」




 おそらく血走った目で答え合わせをしていると、(にわか)に外が騒がしくなった。




 窓から外を見ると、そこには馬車が一台止まっていた。



 誰だろうかと様子を伺っていると、ドアが開き、颯爽と出てきたのは





 ――ロランだった。






 ☆☆☆






「レスト男爵令嬢、ごきげんよう」




 ロランに「ごきげんよう」なんて初めて言われた気がする。




「こんにちは、ロラン様。私のことは『オーレリア』とお呼びください」




 それもだいぶ違和感があるけれど。




「では、オーレリア嬢と」




 そう言いながら柔らかく微笑む。



 周りにいたシスターたちから「ほう」と、うっとりとした小さな溜め息が漏れる。



 皆さん騙されないで、あの顔は余所(よそ)行きですからね!




「ロラン様はどうされたんですか?」




「王子殿下の命で、こちらにプレゼントを持ってきたんですよ」




 見ればたくさんの本と筆記用具が運び込まれていた。




「オーレリア先生の力になりたいと、殿下からの寄付です」




 そう言いながら、そっと私の耳元に「ちなみにテオ様の私財からです」と囁く。



 シスターたちが「キャッ」と反応する。




「……ありがとうございます」




 正直とてもありがたいので、今度きちんと御礼を言わなくては。




「さて、今日はオーレリア嬢のお手伝いという命で参りましたので、何なりとお申し付け下さい」






 ☆☆☆






 ロランは『楽しく学べる経営学』と銘打って『レモネード屋さんを経営しよう』というテーマで授業をしてくれた。




「経営学とは、一言で言うと『どうすればみんなが喜んでくれて、かつ自分たちも儲かるかを考えること』です」




 私もシスターたちも真剣にロランの授業を聞く。




「君たちはここの仲間と『手作りレモネード屋さん』を開くことにしました」




 子どもたちも「楽しそう!」と盛り上がる。

 


「まずは戦略を考えよう。ただ道端に立つだけでは誰も買ってくれないよ」




 そう言いながら、ロランがウインクするとシスターも女の子たちも「王子様みたい……」とうっとりし始めた。



 子どもたちがレモネードの魅力をどうやって伝えるか、どうやったら買ってもらえるか様々な意見を交わし盛り上がる。





「売り上げが出ても、材料費が高かったら儲けが少なくなってしまうからね、どこで材料を仕入れるかも大事になるんだよ。そうですよね? オーレリア先生」




 突然話を振られて「その通りです」と知ったかぶりをする。危ない危ない。



 授業を終えるとロランはシスターに「バザーで実際に体験してみても良いかも知れませんね」と提案していた。





 そのあとも、ロランは男の子を相手に剣術の指導をしていた。




 最近のロランは無表情か余所行き笑顔が多かった。そんな彼の自然な笑顔が久し振りに見られて私は純粋に嬉しかった。





「はい、お疲れ様」




 木陰で一人で休むロランにお水とタオルを差し出す。




「ああ……ありがとうございます」




 そう言って、ロランは一気に水を飲み干す。

 私は「よいしょっと」と彼の横に腰を下ろす。




「忙しいのに今日はありがとう」




「俺も良い運動になったし、楽しかったんで」




「そっか……」




 心地良い風が庭を吹き抜ける。




「魔女様、何かあったんですか? 俺で良ければ聞きますよ?」





 先程の爽やかな声とは違う、王宮の温室でテオ様と三人でいたときのような、少し気怠げでハスキーな声で問いかける。



 驚いてロランを見ると、「よっ」と言いながら胡座をかいて体ごとこちらを向く。




 そして地面に生えるシロツメクサに手を伸ばし、プチっと摘みながら花冠を作り出した。青臭い匂いが風に乗って漂う。





「ロランは器用よね」




 彼の形の良いおでこにシワを寄せながら上目遣いでちらりと私を見て、手元に視線を戻す。



 話を逸らしたのを気づかれたかな……。




「そうですね。習ったことは大抵できます」




 言葉通り、長い指で素早く編んでいく。


 子どもの頃、アンヌに習ったのだろうか……彼女にも会いたくなって少しだけ胸がギュッと切なくなった。





「でも、テオ様のほうが何でも上手にできるんですよ」




「そうなの?」




 意外な事実を知る。




「ええ、俺はできるようになったらそこでおしまい。だけど、テオ様は違います。完璧を目指すんです。剣術だって、おそらくテオ様のほうが強いですよ」




「でもテオ様はロランが強いからもう一緒に練習したくないって」




 「ハハハッ」とロランが笑う。




「それは子どものときまでの話ですよ。年齢の差で勝って、ある意味洗脳した? って言うんですかね」




「洗脳?」




「はい。俺のほうが強いってテオ様に思わせたんです……そうしないと彼は面倒なほどの危うさがあるので」




 笑いながら話しているが、ロランの目は真剣さを帯びている。


 なんだか物騒ね。




「そんな風には見えないけど」




「それはテオ様にとって、すべての原動力が魔女様だからですよ」




「原動力……?」




「はい。今、テオ様はあなたの望む『理想の王子』を目指し、将来は『理想の国王』になるつもりなのです」




「私が望む……あのさ、なんでテオ様は私なのかな?」




 ロランは二個目の花冠を作り始めている。




「わかりやすく善人だからですかね」




 そう言いながらロランは笑う。




「何よそれ」




「不満ですか? さらに言えば、世話好きで情に厚いですし、愛に溢れているからですよ」




「……」




 そうかな? 自分では割と普通だと思うんだけど。




「魔女様の良心が、テオ様の良心なんです。……だからあなたがいなかったらテオ様は壊れてしまう。それを二人が再会するまでの二ヶ月で実感しました」




 木漏れ日がキラキラとロランに降り注ぐ。


 その美しさとは対象的に彼の表情は憂いを帯びている。




「逃げても意味がないか……」





 私の呟きは揺れる木々の音にかき消される。




「ねえ……ロラン、必要にされたいと思うのは恋なのかな?」




 昨日の疑問をそのまま彼にぶつけてみる。



 ロランは手を止め、私を見て固まっている。え、何よ。




「あなたの口から『恋』という言葉が聞けるとは」




「ちょっと、真剣に考えて!」




「あー……そうですね。その理論だと、俺はテオ様に恋してることになっちゃいますね」




「!!」




「いやいや、だから、その理論だと、ですよ」




「じゃあ、違うのかな」




「どうですかね。好きだから必要とされたいってのはあると思いますよ。だからと言って、それが恋とは一概には言えないだけで」




「なるほど」




 魔塔主や初代国王、初代魔女様の感情は恋なのかわからなくなってしまった。




「ロランは恋ってわかる?」




 ロランの恋愛話は聞いたことがない。

 恋愛観を含め、謎が多い。





「恋は……勘違いの積み重ねと、自分の中の条件との擦り合わせです」




 ん? なんか難しい話?




「どういうこと?」




「最初は『会う機会が多いな』とか『よく目が合うな』とか思う人がいたとして、その人が自分の好みかどうか無意識に選別するんですよ」




「うん」




「そのあとにその人の振る舞いや自分への態度を都合よく自分の理想に合わせていくわけです」




「……うん」




「で、結果、恋に落ちたと勘違いする。それが恋ですかね」




 なんだかすごい理論。




「……ロランのことがちょっと心配になったわ」




 ロランはクスクスと笑う。




「でも俺は、一度だけ勘違いも擦り合わせもなく恋に落ちた人を見たことがありますよ」




「へえ……それはすごい経験ね」




 ロランは目を細め、優しく微笑む。

 まあ、珍しい。




「そうですね……彼らのことが羨ましくなるほどに」





 暫くお互い無言のまま時間が流れ、ぼんやりと景色を眺める。


 久し振りにボーッとできた気がする。


 眠いな。





「よし、こんなもんかな」




 ハッとしてロランを見ると、腕にたくさんの出来上がった花冠が掛かっていた。




「え、そんなにどうするの?」




「ここの可愛いレディたちに配るんですよ」




「ああ……なるほど、じゃあ、私も」




 そう言いながら手を伸ばすと、ロランはスッと手を引く。




「え? 私にもちょうだいよ」




「ダメですよ」




「私もレディなんだけど」




 反論すると、ロランは「はぁ」と嫌味のような溜め息を吐く。




「この花冠でさえ、俺が魔女様にあげたってテオ様にバレたら大変なことになるんですよ」




「そんなことバレるかしら?」




「あなたの危機管理能力が低いのは問題ですね。世の中には恐ろしい魔法道具もあるんですよ」




「……恐ろしい魔法道具?」





 ロランは一瞬固まり、それからすーっと視線を逸らし、咳払いをする。




「それはともかくとして、何か言いたくなったら言ってください。俺も魔女様のことは家族と同じくらい大事だと思ってるんで」




 そう言ったあとに、珍しくロランが赤くなっている。




「何それロラン。可愛いこと言うんだから」




 ロランは目を細め「はいはい」と私を睨みつけながら可愛いレディたちの元へ向かって行ったのだった。





 魔塔主に聞いたことを、すべてロランに話せたらいくらか楽にはなるだろう。

 

 だけど、それが彼のことも苦しめる結果になるのは、容易に想像できた。




 私はそのまま地面に寝転ぶ。


 貴族の令嬢がはしたないと叱られるかしら。




 ああ……いっそ、テオ様のことが嫌いになれればいいのに……。




 嫌いになれれば……。




 嫌いになれれば?




 幻滅すれば嫌いになれるかな……?





 そこでなぜか頭の中にはエリーズの元夫の顔が浮かんできた。




 エリーズの元夫……浮気……幻滅……嫌い。




「……そうよ。わかったわ……閃いちゃった!」




 テオ様が浮気すればいいのよ!



 実際に浮気することはなくても、私の想像力があれば浮気に見えるような場面を作り出せる!



 じっくり観察してれば、それっぽいチャンスはあるはずよ!




 これは……私ってば天才かも!





 このときの私は『睡眠不足になると人間は碌なことを考えない』ということも、シビル様の『焦らずに、ゆっくり』という助言も忘れていたのだった。



心の駒に手綱許すな【こころのこまにたづなゆるすな】……動きやすく油断すると悪い方へ暴走しがちな「心」を馬(駒)にたとえ、手綱をしっかり握って常に自分を制御し、戒めを忘れないようにという意味。

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