第五章 (7)仏頼んで地獄へ落ちる
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「あ、レミ様おかえりなさい。戻っていらしたんですね」
魔塔に帰ってからも、僕はぼんやりとヴィクターの言葉を考えていた。
何も知らないエステルは魔塔で起きたことを楽しそうに報告してくれる。
――お前はきっと間違える
心臓が握り潰されそうなほどの不安が体中を襲う。
「……エステル」
僕の間違いはもう始まっているのか?
「どうしました? 顔色が悪いですよ?」
駆け寄ってきたエステルが、そっと僕の頬に触れる。
僕はその手を縋るように握り締め、告げる。
「……ねえ、エステル……僕の話を聞いて……」
☆☆☆
僕はヴィクターとの契約を正直にエステルに話した。
黙って僕の話を聞いていたエステルは、深く考え込んでいるようだった。
「……国王はエステルが戻ってきたら処刑するつもりかもしれない」
「……処刑ですか?」
ヴィクターが今さらそんなことをするはずがないことは僕が一番わかっている。
けれど、エステルを引き止めるための嘘が溢れてくる。
「そうだよ……絶対そうだ。甘い言葉で誘って結局は『裏切り者』とか言って――」
「……」
「エステル? まさかそれも仕方がないとか思ってるの?」
「そうではありませんが……」
「今、国王がエステルを処刑なんてしたら大変なことになるよ。……建国のために尽力した魔女を処刑した愚か者として、きっと臣下も国民も許さない!」
「……」
「そ、そしたら国はどうなる? きっと、簡単に傾くよ。また以前みたいになる! 国は荒れて、孤児も増えて――」
エステルは琥珀色の瞳で真実を探るように僕を見る。
「……レミ様、何が不安ですか?」
彼女は僕の両手を取り、そっと繋ぐ。
僕の不安が伝染したかのように、彼女の表情が曇る。
その様子に、ついに僕は諦めて本音を呟く。
「……エステルを奪われるのが嫌だ」
「奪われる……処刑されるではなくて?」
エステルは首を傾げる。
きっと、僕の嘘はすでに見抜かれている。
「もう、アイツに奪われたくないんだ……」
情けないほどに指先が震える。
「それでしたら、どうしたらレミ様の不安を取り除けますか?」
「エステルがアイツのことを考えなければ良い……」
僕よりアイツとの方が長く一緒にいたんだ、彼女に無理難題を押し付けていることは頭では理解している。
「うーん……」とエステルは困ったように眉尻を下げる。
「正直なところ、国のことを考えると、ヴィクターのことも一緒に思い浮かんでしまいます」
「……それは……わかってる」
「強く思い焦がれることが今後あるかは、自分でもよくわかりません」
「……それもわかってる……」
これでは完全に駄々をこねる子どもだ。
「そうですね……では、レミ様が私に魔法を掛けてください」
「……?」
「レミ様が精神魔法が嫌いなのは知ってますが、レミ様の不安を取り除けるなら私は構いませんよ」
――お前はきっと間違える
「っだ! ダメだ! それはできない!」
エステルはビックリした様子で目を丸くしてから微笑む。
「ほら、以前に自分を傷つけてばかりの人に家族の想いを少しだけ移植して、少しずつ自分を大切に思うようにする魔法を作っていたじゃないですか」
「……」
「私はあの魔法、素敵だなって思っていたんです。本人も元気を取り戻して、家族も笑顔が増えて、どんどん花畑が広がっていくみたいで」
「それは……あの人に信頼できる家族がいたから……エステルには何を移植するの?」
「えっと、そうですね……レミ様が私を思う気持ちはどうでしょう?」
エステルは視線を僕から外し、恥ずかしそうに言う。
「僕の気持ち……」
「はい。レミ様の気持ちに助けられて、段々と自分に自信が持てればヴィクターのことも過去として思い出さなくなると思います」
エステルの提案は甘い毒のように全身に広がる。
躊躇う隙も与えないままに全身が痺れ、溺れ、深く沈む。
「……そう……だね……」
「ふふ、それでは決定ですね! 『善は急げ』と東の国の言葉にもありますので、さっそくやりましょう!」
「え……今?」
エステルは私の髪を指で梳かすように滑らせる。
「レミ様の不安な顔は見ていられません」
彼女は繋いだ手をギュッと握り締め「大丈夫」と言いながら微笑む。
「……わかった」
繋いだ手からゆっくりゆっくりと、僕の感情をエステルに移す。
ゆっくり……ゆっくり……丁寧に……精巧な硝子細工に注ぐように――
ガクンと突然エステルが脱力する。
重なり合っていた視線が、彼女の体が崩れるのと同時に、唐突に引き剝がされた。
「エス……テル……?」
僕は必死でエステルを抱きとめる。
そうしてエステルは、深い眠りについた。
――僕は間違えた
☆☆☆
「あの……エステルさんはどうなったんですか?」
「彼女は今も魔塔の最上階で眠っているよ」
魔塔主は気怠げに首を傾げ、そのくせ挑戦的な目で私を見る。批判は受け付けないとでも言いたいのか。
「えーと、それはちゃんと体が存在して眠ってらっしゃると?」
「……うん、そう。眠ってしまった後に、君にかけたものと同じ魔法を掛けてあるよ」
「極端に老化を遅らせる魔法ですか……それはまた、罪深い」
私がそう言うと、魔塔主はピクリと眉を上げる。
「そうだね……」
「その魔法を掛けたから目覚めない、なんてことはないんですか?」
思わず問い詰めるように聞いてしまう。
魔塔主は「はあ」と言いながら立ち上がり、窓の近くまで行き、外を眺める。
「関係ないとは言い切れないけどね。だからと言って、魔法を解く気はない」
背中からははっきりとした拒絶を感じる。
「なるほど、そうですか……それで、初代国王がエステルさんに掛けた魔法と私の気持ちに何の関係があるんですか?」
魔塔主は振り返り、一瞬目が合った後、視線を外して少し気まずそうに話し出した。
「……君がテオドールを助けた日、彼女の周りにあった魔石や魔法道具が共鳴したんだ」
「共鳴?」
「うん。彼女の眠っている部屋は外側からは、どんな魔法も干渉できないようになっているんだ。……なのにあの日、突然魔石が光り出したり、魔法道具が壊れたりしたんだ」
エステルさんの部屋にある魔導具……生命維持に関係あるのだろうか。
「それは何の魔法道具なんですか?」
「え!? それ聞くの!?」
「え! 聞かれたらまずい物なんですか?」
「へ、変なこと言うなよ! ただ……外の景色とか……空気とか……部屋の中に流れる魔導具だよ……彼女が四季を感じられるように」
私が思っていた魔法道具とはだいぶ違う。
「へえー、ロマンチックですね」
「うるさいな!」と言いながら、魔塔主の顔が真っ赤に変わる。
実にからかい甲斐のある人だと思う。
「話を戻すよ。……つまりそれは、外からの力ではなくて、エステル自身から出ている力なんだよ」
「魔女である私が、初代国王の子孫であるテオ様を望んだと魔法は判断したことで何かしらの力が発動したと……」
「そんなところだと思う。……だけどその時は決定的ではなかった。魔法の起動待機くらいにはなったと思うけど」
「起動待機ですか……」
「それから時々魔石がバンバン割れたよ、心当たりあるでしょ?」
「……あるような、ないような」
私はそんなにテオ様のことを強く想ったのかな……?
「別に魔石はどうでもいいんだけど、今日……エステルの手と瞼が少し動いたんだ」
「え!? それって良いことでは……?」
はあ……と魔塔主は溜め息を吐く。
彼が首を傾ける動きと一緒に、美しい銀色の髪がサラリと揺れる。
「君の恋心は彼女を目覚めさせるものじゃない、ヴィクターの転移魔法を起動させるものなんだよ?」
「?」
「想像だけど、様々なことが起きる可能性がある……例えば、眠っている彼女がヴィクターの元へ転移するとか」
「……え?」
「あとは……目覚めた彼女がテオドールと恋に落ちる……とか」
「……」
「他にも、君がヴィクターの元へ転移してしまう……可能性もあるよ」
私が初代国王の元へ行く? それってもしかして……。
「私が死んでしまうということですか……?」
「あくまで可能性の話だよ」
「でも! 私はエステルさんじゃないし、テオ様は初代国王様ではないですよ!」
「そうだね。でも君は魔女で、テオドールはヴィクターの子孫だ。だから魔法が起動待機になったんだ」
……私はどうすればいいのだろう?
わかりきっている答えに、どこか反発している自分がいる。
「……だから『惚れなければいい』なんですか?」
「……そうだね。血の契約は僕にも止められない」
窓の外の空はゆっくりと白んでいた。
仏頼んで地獄へ落ちる【ほとけたのんでじごくへおちる】……頼みになると思ったことが反対の結果になる。不本意な結果を得ることのたとえ。




