第五章 (5)足元から鳥が立つ
もう少し魔塔主様のお話にお付き合いください。
オーレリアはソファのクッションを抱きかかえながら手を挙げる。
「……あの。魔塔主様、質問よろしいですか?」
「いいよ、何?」
「魔塔主様はエステルさんの日記帳を読んだことないんですよね?」
「当たり前だよ。そんなことするように見える?」
「……見えはしないですけど、お話を伺う限りでは何とも……」
「……」
魔塔主は不満げに睨んでから、プイッと窓の外を見る。いや、だってそうじゃない。
私は『初代魔女』であるエステルの日記と、『初代国王』であるヴィクターの手記を思い返す。
そして『魔塔主』であるレミの告白を聞いて独りごちる。
「必要とされたくなるのも……恋?」
「え? 何?」
「……いいえ、続きをどうぞ――」
☆☆☆
『……レミ様』
その日は突然やって来た。ネックレスを通じて届く声はついに幻聴かと、すぐには返事ができなかった。
『……レミ様……エステルです。あの……お元気でしたか?』
エステルの声は以前に比べると、落ち着いた印象になっていた。
「……何か用?」
鼓動が速くなり、声が震えているのが自分でもわかった。握りしめるように手にしていたペンから紙に、インクが滲む。
『とても図々しいとは承知しているのですが……私のお願いを聞いてもらえますか?』
「……」
僕は思わずエステルに、自分の苦しみを吐露しそうになった。どれだけ彼女を思い焦がれ、狂いそうになりながら生きてきたかと……。
――しかし彼女は何も悪くない、すべて僕が選んだこと。
『……だめ……ですよね?』
エステルは鼻声だった。体調が悪いのか、泣いていたのか判断がつかない。
僕は深い溜め息を吐き、問いかける。
「……願いって?」
『……あの、私は今、ラペデュール王国の星詠みとして――』
「知ってる」
『あ……ご存知でしたか……あの、それで、私の代わりに星詠みのできる魔法使い様か魔女様に来ていただきたくて……』
「君の代わり?」
『はい……国も大きくなって、魔力のない私では力不足になってきたかな、と』
「……放っておけば? まだあんなヤツのためにそこまで世話するの? 愚かにも程があるよ」
『……あんなヤツ……?』
「気にしないで、僕の勝手なイメージだから」
あの憎たらしい視線を思い出すと苛々してくる。
『ヴィクター……えっと、国王はこれ以上無意味な戦争は起こらないようにするっておっしゃっています。あとは奴隷商人を取り締まったり、孤児院を作ったり、大人も子どもも勉強ができる施設を作ってくれている途中で……』
僕が意味のない魔法道具を作っては壊している間に、あの男は随分と立派なことをしているものだと自虐的になった。
「……わかった」
『え! 本当ですか?』
「うん。でも星詠みは無理」
『なぜですか……?』
声だけでも落ち込んだのがわかる。
僕は握り締めていたペンを紙の上にポイと投げる。
「魔法使いや魔女が星詠みをできるとは限らない。しかもエステルは僕の弟子なんだ、君以上に星詠みができる人間なんていない」
『弟子……だったんですか?』
「あ、当たり前だろ! 僕から直々に星詠みを教わった人間なんて、君しかいないんだから!」
『……ありがとうございます』
エステルの声が僅かに弾む。
弟子という表現で良かったのか? と自分で言っておきながら胸の奥がモヤモヤする。
「とにかく、わかったから。少し待ってて」
通信を切り、さっそく僕は代わりの『黒髪の魔女』を探しに行った。
☆☆☆
僕は諜報のためのフクロウを飛ばし「黒髪」の女性を探した。
現在、魔塔が把握している魔女に、黒髪は存在しなかった。そうなると普通の人間に何かしらの能力を与えるしかない。
別に黒髪に拘る必要はまったくなかったけれど、単純に僕がヴィクターにやり返したいという幼稚な気持ちが消えない。
しかし、黒髪で、尚且つ王宮で過ごせる胆力を持つ人間を探すのは、簡単なことではなかった。
数ヶ月後、僕はある酒場に来ていた。魔法で目立つ銀髪は茶色に変えて一つにまとめ、瞳の色も赤から同じような焦げ茶にして中に入る。
酒場は繁盛しているようで、客と店員の怒号のような声が行き交う。
前方に、黒髪を高い位置で結んだ後ろ姿を見つける。一瞬、エステルがそこにいるかのような錯覚に陥った。
息が止まりそうになり、喧騒がやけに静かに感じる。女性が振り返り、薄茶色の瞳と視線がぶつかる――
「いらっしゃい! お兄さん! めちゃくちゃ男前だね!!」
そう言って、彼女は僕の肩をバシッと叩いた。
☆☆☆
「おかみさん! あとは片付けやっとくから先に上がって!」
そう言いながら、ベアトリスという名の女性は僕の正面に座った。
「で、話って?」
「……実は君に頼みがあるんだ」
僕は彼女に王宮での任務について話した。
一、王宮では薬師の魔女として過ごし、自身の名前は名乗らないこと
二、ラペデュール王国の王子の願いを一度だけ魔法を使って叶えること
三、願いを叶えるのは王子本人に関わることのみ、許可するかは魔女の判断であること
四、願いを言ったあと、魔女の名前を言うことで魔法が発動すること
五、魔女は魔法を発動したら生まれ故郷に帰ることができること
六、任務後、報酬は魔塔から払われること
尚、任務中は体内の時間経過を極端に遅らせる魔法をかけるとする
ヴィクターの息子にそこまでやってやる義理はないが……と思いながらも話を続ける。
「質問はある?」
「薬師って言ったって、私そんな知識ないよ」
「大抵のことは僕の魔法で何とかなるよ、読めない字を読むとか、そういうこともできるし、魔導具も用意しておく」
エステルほどの実力をつけるには一朝一夕ではどうにもならない。
「体内の時間を遅くするって年を取らないってこと? それとも任務が終わったら一気に年を取るとか?」
「年を取らないわけじゃない、だけど極端に遅いんだ。一年が一日くらいの早さだと思って。任務が終わったら、普通に年を重ねるようになるよ」
不老不死は神か悪魔のする領域。僕にはできない。
「何のために?」
「君たち……人間の時間は有限だから……僕の都合でそれを奪うのは嫌だったんだ」
「そう? 変な考え方だね」
ベアトリスが笑う。
これはとても傲慢で、僕の嫌う神に似た行為だろうか……永く生き過ぎて感覚が鈍る。
「……僕の自己満足でもあるよ」
彼女は腕を組みながら暫く考える。
「ねぇ、これ、私が断ったらどうするの? まさか殺すとか?」
僕は思わず呆れた顔で彼女を見る。
「僕を何だと思ってるの? 忘却魔法をかけて終わりだよ」
「……なんで私なの?」
「……情が厚そうだったから」
「家族がいなかったのも好都合?」
僕は思わず視線を泳がせる。
「少しは……こんな無茶な話に乗ってくれる可能性はあるかな、とは思った」
沈黙が流れる。
「あー、おかみさんになんて言おうかな! 『王宮に行きます!』 なんて言ったらおかしくなったと思われちゃうよ」
「……君の故郷は?」
「生まれも育ちもこの町だよ。今は家族がいないけど、まぁ……みんなに助けられて生きてるかな」
「そう……」
「でも、少しも想像つかない世界に行くのも悪くないね。いいよ、その話乗った!」
ベアトリスは満面の笑みを浮かべた。
足元から鳥が立つ【あしもとからとりがたつ】……身近なところで突然、予期せぬ出来事や思いもよらないことが起こることのたとえ。また、急に思い立ってあわただしく物事を始める様子を指すこともある。




