第五章 (4)後悔先に立たず
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――レスト領 オーレリアの私室
「……」
「ねえ。まさか寝てるの?」
「……寝てないですよ。それよりエステルさんを探さなかったと?」
「……うん、まあ、そうだよ」
「……あー……そうですか」
乙女心に疎い私だからあまり自信はないけれど「それで良かったの?」と疑問に思う。
「……ねえ、君。思ってることのほとんどが顔に出るタイプみたいだから気をつけたほうがいいよ」
私は思わず顔に手を当てる。
「失礼いたしました」
「僕だって、今思えばあの時の判断は間違ってたかなって思ってる。思ってるけど……僕がそうしなければ君はテオドールに会えなかったかもしれないよ」
そう言って、魔塔主は続きを話し始めた。
☆☆☆
日常が以前と同様に退屈になって、季節が何周かしたある日、僕の元にある知らせが入った。
「魔塔主様、この情報なのですが……」
それはエステルが行動を共にしている領主の息子(現領主)のヴィクターが、隣国の姫と結婚するというものだった。
魔塔の連中たちも、エステルの行方は気にしていて、それぞれの情報網で彼女の行方を追っていた。
とはいえ、他人に必要以上に干渉しない彼らは「無事ならそれでいい」という姿勢は崩さず、ただ見守っていたのだが……
突然降ってきた今回の情報が、エステルにとって良いのか悪いのか判断が付かず、僕に相談してきたようだ。
「さあ? ……僕にはわからないな」
「あの子が広い世界を知りたくて領主について行ったのなら良いのです。しかし、そうでないなら……」
「……」
実を言うと、エステルの行方は僕も知っていた。
通信用のネックレスを彼女がいつまでも外さず身につけていたので、逐一どこにいるのかわかる状態だった。
「早く捨ててくれればいいのに」という気持ちと「いざとなれば会いに行ける」という事実が常に不安定に揺れ動いていた。
何日も悩んだ末、一度だけ遠くから様子を見に行くことにした。「魔塔の連中が心配するから」と何度も心の中で言い訳をしながら……。
何年か振りに見たエステルはまだあのローブを着ていた。きっと至るところにほつれがあるだろう。
見つからないように透明化の魔法を自分に掛ける。この手の魔法を使うのはあまり好きではなく罪悪感が強い。
エステルは星空の下で星詠みをしていた。何も外でやらなくてもいいのに、風邪でも引いたらどうするんだ。
するといきなりエステルがビクリとしてキョロキョロと辺りを見回した。
「もう……びっくりした」と小声で言いながら首元からスルスルとネックレスを出す。
僕は内心ドキリとした。辺りからは僕がよく薬湯で使うカモミールの香りが漂う。
エステルはネックレスについた魔石を大切そうに両手で包んで持つ。
「魔塔主様、聞いてください。ヴィクターの結婚式の日が決まったんです。領内はこれで安泰です。隣国の姫様の姿絵を見ました。……とても可愛らしい人でした」
何を……しているんだ?
「魔塔主様、ヴィクターと姫様が結婚すれば争いもだいぶ減るそうです。家臣の方々が教えてくれました。きっと孤児も減りますよね?」
エステルは少しずつ俯く。
「でも魔塔主様、ヴィクターはひどいと思いません? よりによって私に姫様との未来を占わせたんですよ。ちょっと意地悪言ってやろうかと思いました」
なぜ「魔塔主」と呼び掛けている。「レミ」と言えばすぐに僕と話せると言うのに。
「魔塔主様……出来ることは増えたと思ったんですけど……普通の人は……元奴隷とは結婚したくないですよね」
エステルの声がだんだん震えてくる。
「……魔塔主様……私やっぱり……必要ないのかなあ……」
彼女の痛み
彼女の孤独
彼女の切なる願いが、僕の体を巡る……
――僕は耐えきれず、ヴィクターを探した。
☆☆☆
「おい、貴様。魔女を返せ――」
そう言い終える前にグラスが飛んでくる。防御魔法に弾かれたグラスは粉々に砕け散り、僕の足元に赤いワインの染みが広がる。
「人の部屋に勝手に入って、随分な言い草だな」
そこでふと、部屋の中が随分と酒臭いことに気づく。
「……隣国の姫と結婚するのが嬉しくて、勝利の美酒でも味わっていたのか?」
皮肉を込めてヴィクターに問う。
ソファに座ったままの奴は、すぅと目を細める。
「……これはこれは、まさかあなたは、この世で一番美しい、金の亡者の魔塔主様ではないですか? こんなところにまで何の御用で?」
僕は「ハッ」と短く吐き捨てて笑う。
「さっき言ったことも忘れるとは、酒の飲みすぎで頭がおかしくなったんじゃないか?」
しばし睨み合い、沈黙が続く。
「……魔女を返せとは、人聞きの悪い。彼女は自分の意思でここにいる」
「隣国の姫を妻にし、魔女まで傍に置くとはな。これからも大勢の女性を侍らせるつもりか、いかにも下品な男がやりそうなことだ」
そう言うと、ヴィクターはさも心外だという表情をした後、馬鹿にしたように嗤う。
「ははは、面白いことを言うんだな。……魔塔主よ、勘違いするな。魔女はお前ではなく、俺を選んだんだ」
奴はグラスを軽く揺らし、ソファの肘あてに頬杖をつきながら挑戦的な眼差しを送る。
突きつけられた事実は、僕の胸を冷たい刃で刺し貫くようだった。ジリジリと全身から魔力が溢れそうになる……このままでは辺り一帯を消し炭にしてしまいそうだ。
「驕るのもいい加減にしろ、これは忠告だ」
そう言い残して、僕は魔塔に戻った。
☆☆☆
それから僕はどうやって生きていたか、はっきり覚えていない。
ただ、神には選ばれたのに、大切な人には選ばれなかったという皮肉すぎる現実が、精神を蝕んでいたような気がする。
金持ちの愚かな要望にはこれでもかと高額な金額をふっかけては金儲けをし、その金で、やたらと攻撃性の高い魔導具を『作り出し』そして『壊す』という意味のわからないことを繰り返していた。
そんな生活を何年か続けていたある日、更に追い打ちをかける知らせが入った。
――ヴィクターがついに一国の王になったのだ。
建国記念祭では民衆に紛れ、エステルの様子を見に行った。
彼女が王宮のバルコニーに現れ、皆と共に手を振っているなら、きっとあの男を許せる。そう思いながら民衆の熱気のなかに身を置く。
祭りの喧騒の中、エステルを探す僕の目は、人形のようにただ一点を見つめ、ピクリとも動かない。
国王になったヴィクターと王妃と小さな王子。彼らが民衆に手を振ると盛り上がりは最高潮になっていた。
「国王陛下万歳! ラペデュール王国万歳!!」
彼らがバルコニーから姿を消し、民衆も祭りのためにそれぞれ散っていったあとも、僕はそこから動けなかった。
結局、エステルがバルコニーに現れることは一度もなかった。
その日の夜、僕は再びヴィクターの元を訪れた。
ヴィクターは相変わらず大量の酒を飲んでいた。
「久しいな、魔塔主。まさか祝いに来てくれたのか?」
「面白い冗談だね。そんな才能まであるとは羨ましい」
ヴィクターは「つまらない男だ」と言いながら、ブランデーを呷る。
「さて」と僕は本題に入る。
「一国の王になったんだ。もう満足しただろう?」
「なんだ、また魔女を返せと言うのか? 諦めの悪い男だな、それだけ美しければ魔女に拘る必要などないだろう?」
「そっくりそのまま言葉を返すよ」
沈黙が流れる。このままでは埒が明かない。
「ヴィクター、君は何を望んでいる。望みならなんでも叶えてやる」
「望み? 残念ながら願ったことは殆ど手にしている」
……それはそうだろう。僕が教えた星詠みをエステルがこの男のためにしていたんだから……
「……殆ど? 含みのある言い方をするんだね」
「……案外本当に欲しいものは手に入らないものだ。なあ、魔塔主。お前もそうだろう?」
こいつは何を言っているんだ? これ以上何を求めている。
「……まあいいよ、いざとなれば魔女を連れ帰ればいいだけだ」
するとヴィクターは声を上げて嗤う。
「ハハハッ! お前はそれが出来ないからこうして来てるんだろう?」
――パシィ!
ヴィクターの横にあるブランデーボトルがひび割れる。
「……君はいつか後悔するよ」
この男が鏡にうつる自分のようで思わず目を逸らす。
結局また、空虚な忠告しかできないまま、僕は王宮を去った。
後悔先に立たず【こうかいさきにたたず】……物事が終わった後で悔やんでも、もう取り返しがつかないという意味。




