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東の魔女は魔法が使えない~逃げたい魔女と一途な王子~  作者: けん


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第五章 (1)憎まれっ子世に憚る

第五章はじまりました!

「……ねえ……起きて……」



 遠くで誰かの声が聞こえる。




 昼間、私は強い陽射しを浴び続けて、今夜はとても疲れていた。

 なのにテオ様のことを思い出すとドキドキしてしまって、なかなか眠りにつくことができなかった。




 今、(ようや)く夢の国に行けそうなのに、こんな夜中に一体誰?




「……ねえ、起きてよ……東の魔女……」




 聞いたことがあるような気のする声だけど、誰かさっぱりわからない。



 それよりも今現実に戻ったら、頭が割れるように痛くなる。本当に無理。




「ねえ! 起きろってば!!」




 パッと目を開けると、目の前に銀髪の美女……?



 いや、違う。男の……人??




「(キャーーーー!!)」



 叫んだつもりが声が出ない。それに急に目を覚ましたから頭が痛い。


 私が声にならない声で呻いていると、目の前の美少年? 美青年? は嫌そうな顔をする。




「僕の顔を見て叫ぶ人間なんて、何百年も生きていて初めて会ったよ」




 何か言おうとしても声が出なくて、口をパクパクさせるばかり。




「ああ、叫びそうだったから思わず声を封じちゃったよ。もう、叫ばないでね」




 そう言いながら、パチンと指を鳴らす。




「……びっくりしたぁ」




「びっくりしたのはこっちの方だよ。僕ちゃんと『テオドールに惚れてはならない』って言ったよね!」




 ん? この人、もしかしなくても魔塔主?


 もっと大人の男性だと思っていたので、想像してた姿との違いに戸惑う。




「あの……魔塔主様ですか?」




「当たり前でしょ? 君、僕よりキレイな男なんて見たことないでしょ?」



 おや? なんだ? 魔塔主は美青年というのは世界の常識か何かなの?




「……それは好みの問題だと思います」




 小さな声で反論する。




「何か言った?」




「何でもないです」





 魔塔主というので黒や白のローブでも着てるかと思いきや、白シャツにトラウザーズというテオ様がよくする平民風の服装だった。

 彼はソファに座ると「ちょっとこっちに座って」と顎で促してきた。態度が悪い。




 私は渋々ベッドから這い出て、一人掛けソファに座る。





「なんでしょう」




「君、昼間にテオドールと会ったの?」




「会いましたよ」




「何かあったでしょ?」




「な、何かって……魔塔主様には関係ないですよね?」




「関係あるよ! あるからわざわざこんな所まで来たんだよ!」





 こんな所とは失礼な。





「なぜ関係あるのですか? そもそも『惚れてはならない』と言われる意味がわかりません」





 ずっと思っていた疑問をそのままぶつける。





「うるさいな! 君は僕の言う通りにしてればいいの!!」





 魔塔主は急に声を張り上げた。





「ちょっと静かにしてくれませんか? 我が家には生まれたばかりの赤ん坊のジュールがいるんです。あなたの声で起きたらどうするんですか」





 三週間前に、クロエが待望の第二子を出産したばかりだ。




 もちろん女神のようなクロエが、天使のようなジュールを産んだわけだが、出産の際に「ああ、もう! 痛いって言ってるじゃない!!」と叫んでいるのを聞いて、出産は人格すら変えてしまうと妙に感心してしまった。




 そんな彼女は元々平民なので、乳母なしで頑張って自分の力でジュールを育てている。



 寝不足で目の下に(くま)を作っているクロエは、凄絶なまでの美しさを纏うようになってしまった。

(まるで傾国の美女ね)とわけのわからないことを考える。



 ……少し彼女のお手伝いしていた私も多分、疲れている。




「はっ、僕の完璧な防音魔法が掛けてあるに決まってるだろ」




 魔塔主は腕を組みながら、そっぽを向く。

「それならいいですけど」と前置きをして、私は苛々を抑えながら魔塔主に聞く。




「そうはおっしゃっても、一方的に言われて、こちらも『はい、そうですか』とは、なりません。せめて理由だけでも教えていただけませんか?」




「……いやだ」




 魔塔主は遂にはソファの背もたれに肘を掛けて頬杖をついている。


 ほう……そういう感じですか。





「あ、私、すごくテオ様のこと好きになってきたかも。考えただけでドキドキが止まらないわ」




「あ、おい、やめろよ」




「昼間に会ったのに、もう会いたい……どうしましょう!」




 ――ドクン……ドクン……急に鼓動が強くなる




 わざと言っただけなのに、なんだかだんだんと本当に会いたい気持ちになってきてしまう。



 あれ? おかしいな……。




「……わかった、もういい! テオドールのことを考えるな!!」




 魔塔主の顔から、傲慢そうな余裕が消える。眉を寄せ、語気も荒くなる。




「じゃあ、理由をお話してくださるのですね?」




 魔塔主がチッと舌打ちをする。

 本当にお説教したくなる。




「長くなるけど絶対に寝るなよ!」





 そうして魔塔主はゆっくりと話始めた。







「えっと……どこから話そうかな」




 魔塔主は絹糸のような髪を指に絡めたまま、がしがしと頭を掻く。




「どこからでも構いませんよ。眠気はどこか遥か遠くへ行ってしまったので」




 魔塔主はふぅと小さく息を吐く。




「僕が不老不死というのは知ってる?」




「ええ……風の噂程度に」





 ティティから聞いたとは口が裂けても言えない。三人の魔女様から恨まれるのはごめんだ。





「今からどれくらい前かな……ちょっと忘れちゃったけど、僕は普通の魔法使いだったんだ」





 普通の魔法使い……そうなんだ。





「『そこから話すの?』って思ってるな?」




「いいえ、滅相もないです」




「ふん、まぁいいや。……その昔、僕に『神』と名乗る女の声が聞こえたんだ」




「神様……ですか」




「そいつは『お前は美しい。そして強い魔力を持っている。気に入ったから、永遠に美しいままでいられる祝福をあげよう』……そう言ったんだ」





「祝福……」





「うん……最初は冗談だと思ったし、変な白昼夢でも見たと思って気に留めていなかったんだ。でも、嫌でも現実だと突きつけられることになったよ。僕を置いて、大切な人たちはみんな死んだからね」





「……」





「僕は魔塔に逃げ込んだよ。必死に魔法の研究をした。元々魔力が強いし、頭も良いから作ろうと思えば頼まれた魔法はだいたい作れた」




「……そうなんですね」




「ふふ、そこは『自慢ですか?』って言わないの?」




 魔塔主は美しい顔で笑う。





「ずっと魔塔主でいらっしゃるんだから、そうなんだろうな……と思います」




「そう……それで僕は魔塔主になった。そうすれば普通の魔法使いと違って、自分が作りたい魔法だけを作ることができるからね」




「作りたい魔法ですか?」




「うん、そう。……『僕が死ぬための魔法』だよ」




 彼は先程とはまったく違う、氷のように冷たい表情で言った。


 陽射しを浴びたことがないような透き通る白い肌。艷やかで光を吸収したかのような銀の髪。強い魔力を宿した赤く輝く瞳。


 そのすべては神が強要した姿。




「『死ぬための魔法』……」




「『神』ってやつは独善的なんだよ。自分たちと同じような不老不死が人間の幸せだと思ってるんだ。僕にとっては呪いでしかないのに……」




 魔塔主はそう言いながら窓の外を眺める、雲間から下弦の月がうっすらと彼と私を照らす。


 魔塔主は思いを馳せるように目を細め、そしてゆっくりと視線を落としていった。



 大切な人たちが土に還っていく中、彼はただ自らの終わりを望んでいたのか。




 胸の奥が、冷たい泥を飲み込んだように重く沈んだ。





「終わりが見えない摩耗するだけの毎日を過ごしてたよ……でもある日、あの子に出会ったんだ」


憎まれっ子世に憚る【にくまれっこよにはばかる】……人から嫌われるような図太い人や、憎らしい態度をとる人ほど、世間では幅を利かせて堂々と生き残るものだという意味。

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