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東の魔女は魔法が使えない~逃げたい魔女と一途な王子~  作者: けん


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第四章 (6)悪事千里を走る

ここまでお読みいただきありがとうございます!

 遡ること五日前、私は内廷会議の場にいた。



 議題は『レスト男爵及びレスト男爵令嬢オーレリア、平民リュカ・ルフェーブルによるテオドール王子殿下に対する不敬について』という実にふざけた内容だ。




 例の文官のひとりである文書記録官が、国王を前にこれでもかというほど大仰に先日の出来事を説明する。





「こともあろうか王子殿下のお召し物に大量の血を付けたんですよ! レスト男爵はそれを咎めることもなくそのままでいたのです!」





 周りからは貴族たちの「これだから新参の成り上がりは」「金のことしか考えてないのでは?」と囁く声がする。




 国王は何も言わず、その様子を眺めている。宰相に至っては書類に目を通しながら聞き流しているようだ。





「私が問題ないと言っただろう」





 静かに私が発言すると、顔を真っ赤にしながら文書記録官は反論する。





「あのような無礼を赦したら、王家の尊厳を揺るがす大問題ですぞ!」





 何が無礼だくだらない。





「レスト男爵に王宮の文書や年代記に使う紙を卸す権利を与えるなんて、もっての外です!金の亡者であるあの男に、これ以上力を持たせるのは賢明ではございません!」





 古文書管理官も追随するように発言する。本音があからさまで呆れて物も言えない。





「金の亡者……それではそなたたちは献身的に王国に忠誠を誓っていると?」




「当然でございます。古くから伝わる神聖な羊皮紙同様、変わることはありません」





 そこでスッとロランが立ち上がり、国王に書類を渡す。貴族たちはその様子を視線で追う。レスト領で仕入れてきた紙のしなやかで柔らかい音だけが室内に響く。




 国王は一通り読み終えると、表情も変えず、そのまま書類を宰相に渡す。

 宰相はうっすらと笑いながら「ほう」と呟く。





「ところで、君は随分と高級なワインを飲んでいるんだな。俸給から考えるとなかなかの贅沢だな」




「王子殿下、と、突然何を」





 古文書管理官が明らかに動揺する。





「ああ、それとクロディーヌという女性は知り合いか? 文書記録官」




「へ?」





 文書記録官は間抜けな声を出して目を泳がせる。





「あなたはとても羽振りがいいと嬉しそうに教えてくれましたよ。美しい女性ですが、愛人にするなら口が堅い女性のほうがいいですよ。ちなみに私も口説かれて、断るのに苦労しました」





 ロランがにこやかに答える。





「羊皮紙を卸している商会の帳簿と王宮の帳簿の数字が違うな。差額は商会のほうには『調味料代』ということだが…… 随分と贅沢な味付けを好む商会のようだな?」





 宰相が書類から視線だけを文官たちに向けて質問した。やけに嬉しそうな表情だ。




 私は席を離れ、文官たちの背後に立ち静かに告げる。





「少しくらい甘い蜜を吸うのは黙認したが、今回は国の文書の偽造を防止するための技術を取り入れようという話だ。国の利益を損なうのはそれだけで大罪だ」





 そして、貴族たちに視線を送る。相変わらず宰相とロランは笑顔のままだ。

 国王もまた、ゆっくりと貴族一人一人を見透かすように見つめる。





「国王陛下に忠誠を誓う君たちは、まさか国の利益を損なうようなことに手を貸したりしていないだろう?」





 これまで黙認されていたことに甘んじていた貴族たちは、自分たちも例外ではないことを、冷たい視線と共に悟る。




 彼らは動揺しながらも「当然です」と頷いている。





「詳しくはあとでまた聞こう。 連れて行け」





 私が指示を出すと、控えていた王宮騎士が腰に帯びた剣の鞘を鳴らしながら、文官たちを連れ出す。

 彼らは「やめろ」「触るな」と騒いでいるが、力で騎士に勝てるわけがない。




 彼らがいなくなると、室内が静まり返った。





「陛下。レスト男爵、オーレリア嬢、リュカ・ルフェーブルの不敬については不問ということでよろしいですね?」





 私が問うと、(ようや)く国王が答える。





「この件についてはお前に(ゆだ)ねる」




「ありがとうございます。それでは続けて、王宮文書の偽造防止技術についてお話いたしましょう」






 レスト領の持つ、紙の偽造防止技術については、先程とは打って変わって国王も宰相も興味深い様子で多くの質問をしてきた。




 透かしの入った様々な紙のサンプルを国王と宰相は隣合いながら「美しいな」「なかなか丈夫ですね」などと顔を寄せ合い見比べている。

 まるで玩具(おもちゃ)を手にした子どものようだ。




 その様子に貴族たちも呆気にとられつつ、感心するふりをしている。





「これはなかなか真似できる技術ではないですね」





宰相がシャンデリアに紙を透かしながら、いろいろな角度から眺める。





「ええ。王国の紋章を入れることができるとレスト男爵に確認済みです」




「ほう。素晴らしいな」





 国王は親指と人差し指で顎を挟むようにして、ゆっくりと撫でた。




 ラペデュール王国の紋章は八芒星に剣、サイドに獅子とグリフォンが描かれている。なかなか複雑なデザインなので、これを透かしの技術で描くのは、普通では真似できない高度な技術だと思われる。





「王子殿下、私もレスト領でその技術を是非とも見たいですね」





 ウキウキとしながら宰相が尋ねる。

 正直、宰相がレスト領に来るのは勘弁していただきたい。





「門外不出の技術なので、実際には見られないですよ」





 ロランが付け加える。彼も宰相には来てもらいたくないのだろう。





「では、王宮文書用と年代記にも使える丈夫で長持ちする紙を作るように男爵に伝えてくれ。ああ、すまない。意見を聞いていなかったな。皆は、どう思う?」





「どう思う?」とこの状況で国王に聞かれて反対できる人間がいたら会ってみたい。




 そうして無事、王宮に紙を卸す権利がレスト男爵に移ったのだった。






 ☆☆☆






 レスト領に戻る前日、執務室にいると宰相がやってきた。





「王子殿下、先日はお疲れ様でした。文官たちは洗いざらい話したようですね、お見事です」




「……宰相、すべて知っていたのでは?」





 宰相はニコニコしながら答える。





「まさかまさか、知っていて私が放っておくわけがないでしょう」





 あまりに疑わしくて思わず目を細めてしまう。





「……ところで何か用か?」





 宰相は「ああ!」と言いながら胸の内側のポケットから小箱を取り出し、こちらに差し出してきた。





「これは?」




「『隠密魔法道具』です。少し前に購入したんですけどね、このサイズでこのくらいの広さの部屋の話をこっそり聞くことができるんです」




「こっそり話を聞く?」




「はいそうです。このように机の目立たないところに貼ったり、持ち物に潜ませたりして使えます。今回の件の前にお渡ししていれば、幾分調査も楽だったかもしれませんね」




「……」





 何となくだが倫理観に欠ける気がする。





「今まではサイズもこれより大きくて、一回の魔力注入で一日が限界だったのですが、サイズも小さくなり、なんと!一ヶ月も持つようになったんです」




「……まさか、今まで色々なところで使っていたのか?」




「今回、王子殿下のご活躍に感動いたしましたので、差し上げます」





 あからさまに話を逸らされた。

 言いたいことだけ言うと、宰相は部屋から去って行った。





 (てのひら)の上に残った『隠密魔法道具』を見つめる。





「テオ様」





 一部始終を見ていたロランにいきなり声をかけられて、驚きのあまり大きく肩を震わせてしまった。





「なんだ」





 ロランは無言で掌を差し出してくる。





「それ、渡してください」




「え、なぜだ?」




「『なぜだ』じゃ、ありません。魔女様に使おうと考えましたよね?」




「なっ……そんなわけないだろう!」




「なら、はい。渡してください」




「いや、宰相が……」




「それを使ったら、私はテオ様の側近を辞めて伯爵領に行くことにします。さあ、どうしますか?」





 ロランは無表情で詰めてくる。





「何かのときに役立つかもしれないだろう?」




「……お気付きではないかもしれませんから、敢えて申し上げます。最近のテオ様は魔女様が望んだ品行方正な王子様の仮面が剥がれかけていますよ」





 ここで彼女を使うとは卑怯な。





「今だって品行方正な王子のままだ。無礼なことを言うな」




「別に品行方正でいて欲しいとは言いません。しかし、こんな物を持ってると魔女様が知ったらどう思われますかね」





 ロランは掌をこちらに向けたまま一歩も引かない。





「私はこれを変なことに使わないし! お前は本当に不敬だからな!!」





 机の上に隠密魔法道具をバンッと置くと、ロランは気にする様子もなく回収して「わかればいいのです」と言った。





 クソっ、惜しいなんて本当にこれっぽっちも思ってないからな!


悪事千里を走る【あくじせんりをはしる】……悪い行いや悪い噂はあっという間に世間に知れ渡ってしまうということ。

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