第四章 (3)触らぬ神に祟りなし
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「テオ様、魔女様、軽食をお持ちしました。見ているこちらが恥ずかしくなるので、さっさと召し上がってください」
そう言いながら、ロランはワゴンからテーブルに食事を並べている。さらにはお茶まで用意する、相変わらずの手際の良さだった。
「今のお二人にピッタリのお茶です」
口元だけの嘘っぽい笑顔とともに、ティーカップをずいと差し出す。
香りからして鎮静効果のあるラベンダーのハーブティーのようだった。
「落ち着きなさい」という意味だとわかり、私とテオ様は揃ってロランを睨む。
「甘い雰囲気にでもなっていたら下がろうかと思っていましたが、まったくの杞憂でしたね」
私たちの鋭い視線など、ロランは意に介していない様子で肩をすくめる。
なによ、甘い雰囲気って。
私はベッドから降り、二人掛けのソファに座った。テオ様は当たり前のように横に座る。もう!さっきまで少し怒ってたんだからね!
「随分と仲がよろしいようで」
ロランがいつも通り片眉を上げて意地悪を言う。
あの眉毛を捏ね繰り回してやりたい衝動に駆られるけれど、私は去年の王宮舞踏会を思い出して自重する。
あの日、横に立っていたロランの髪に、糸くずが付いていることに気がついた。
「ロランちょっと屈んで」と言って糸くずを取ると「キャー」という悲鳴が聞こえた。
何事かと思い周りを見ると視線は私に向いており、令嬢たちが今にも泣きそうな顔をしている。
そこに宰相様のご令嬢が駆け寄ってきて「私は魔女様は特別だと承知しておりますから……」と涙目で告げられた。
令嬢たちの涙に怯んだ私は「ロランに触ってごめんなさい……」とよくわからない謝罪を生まれて初めてしてしまった。
とはいえ、私がロランの人気を甘く見ていたことに原因があるので猛省した。今だって令嬢たちはいないがあの日の反省と教訓は忘れない。
☆☆☆
「ところで魔女様に事件のことはお話されたんですか?」
ロランがテーブルの食器を下げながら、テオ様に聞く。
テオ様は「うーん」と唸りながら、こちらをじっと見つめる。何か、私には話しにくいことでもあるのだろうか。
「少し長くなるけど、聞く元気はある?」
「……はい。大丈夫です」
「うん……では、オーレリアが去ってからのことをすべて話すよ」
テオ様は私が消えたあの日以降に起きたこと、知ったことをすべて話してくれた。
淡々と、まるで他人事のように話す彼の姿に、胸がギュッと苦しくなる。
王妃様の侍女の話になると、膝の上で祈るように組んでいた両手に力が入ってしまった。
するとテオ様は私の手に自身の右手を重ね、赤ちゃんを落ち着かせるようにとんとんとゆっくりと叩いた。
自身の指先から少しずつ力が抜けていくのがわかる。
テオ様は王妃様とオスカー様の話に及ぶと、幾分嬉しそうな困ったような顔をしていた。
その様子に私は彼の中で大事な人が増えたことに気づき、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「……で、おそらく宰相の企みに気づかないまま、レスト領にやって来たんだよ」
「宰相様は私がレスト領にいることをご存じだったのでしょうか?」
「レスト男爵はそもそもかなり昔から、やり手の商人として有名だったみたいだからな。しかもリアの髪色は男爵譲りだろう?」
たしかに父は今でこそ髪に白い物が混ざっているが、昔は艶やかな黒髪だったはず。
「国王様も王妃様も、私を探していたということですか?」
「どうだろうな。まあ……このままだと私が一生独身でいるか、気が狂うかのどちらかだと思ったんじゃないか?」
「ははは」とテオ様は笑っているけれど『全然笑えない』とロランの表情が物語っている。
「まずは目の前の問題から解決しようかな」
テオ様は話し終えると私ににこやかにそう言った。
すると次の瞬間にはスッと温度をなくしたようにロランに指示を出す。
「ロラン、あの文官たちの実家と、現在王宮に紙を卸している商会を持つ貴族の元に新しい監察官を送れ、その中に影も数人入れておくように」
「かしこまりました」
影? 影とはなんだろう?まさか物騒で真っ黒い仕事をするような人たちだろうか。
それ以上にそもそも私は仕事をしているテオ様を、あまり見たことがないことに気づく。
「影ってなんですか?」
素朴な疑問をテオ様にぶつけてみる。
キョトンとした表情のあとにテオ様はこれ以上ないほどに甘く、そして妖しく微笑む。
「これは秘匿性が高い話だからな……リアが王子妃になるというなら今すぐ教えてあげるよ」
そう言いながらウインクをする。やっぱりテオ様とオスカー様は従兄弟などではなく、本当の兄弟だと私は思った。
☆☆☆
翌日、額の傷を覆う包帯の代わりにワンピースに合わせた淡い黄色のスカーフを頭に巻いて商会に出勤した。
エリーズは切なげに私を見ると、そのままそっと抱きしめ「きっと大丈夫」と囁いた。
私より小柄で心優しい彼女はとても温かかった。
倉庫に向かうと私と同じく謹慎中のリュカがいた。謹慎中で商談もままならず、雑用をこなしているようだった。
「リュカ……私の不注意のせいで巻き込んでしまってごめんなさい」
「気にするなって、それに王子殿下が対応してくださっているんだろ?」
リュカは額の汗を拭いながら爽やかに答える。
文官たちが軽々しく彼を「処刑する」と言ったことに怒りが収まらない。
「いざとなったら国外逃亡も可能だぞ、そうなったらリアも連れてってやるよ」
国外逃亡か……皆が無事でいられるなら、それもなんだか悪くないような気がしてくる。
「惚れてはならない……好きにならなければいいだけ……」
そう呟くと、リュカが「どうした、大丈夫か? 今のはちょっとした冗談」と心配そうな顔をしている。
「惚れてはならない」と魔塔主は言うけれど、今だってテオ様のことは大好きだと思う……少なくとも後先考えずに助けてしまうほどには。
「国外逃亡か。なかなかいいアイデア――」
笑顔で答えようとした瞬間、後ろから抱きすくめられる。
「今のは聞き捨てならないな。オーレリア」
耳元で囁く声の方へ振り返る。至近距離で見たテオ様のグリーンの瞳は、輝きをどこかに忘れてきてしまったようだった。
触らぬ神に祟りなし【さわらぬかみにたたりなし】……面倒なことや厄介な相手には、余計な手出しや口出しをしない方がよいという意味。




