第三章 (10)口は禍の元
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北の魔女・イングリッド、西の魔女・シビル、南の魔女・ティティの三人組は、昨日に引き続き、令嬢風の装いでレスト家へとやって来た。
家族には彼女たちが魔女であることを隠す必要はないけれど、我が家の従者たちの手前、設定は守っていくようだ。
出迎えたクロエと私に、三人は完璧なまでの淑女の礼をとった。どこで覚えたんだろう……まさか本当に貴族のご令嬢ではないよね?
「ようこそおいでくださいました」
クロエが挨拶すると、イングリッドがずいっと前へ出た。
「こちらこそお招きありがとうございます」
そう言いながら、クロエの右手を取り、口づけを落とした。
流れるような身のこなしに止めることも叶わず、呆気にとられてしまった。
王宮の騎士たちより洗練されているところを見ると、踏んだ場数が違うのだろう。いや、どんな場数よ。
背の高いイングリッドに微笑みながら見下され、クロエは顔を真っ赤にしている。
やめて、うちのお義姉さまは押しに弱いんだから……
「はい。では今日は天気も良いので外でお茶会をしましょうね」
このままでは純粋なクロエがイングリッドに捕獲されてしまうので、引き離すように庭園に向かった。妊婦になんてことをしてくれるのだ。
私はイングリッドの「ふふ、美味しそうね」という呟きは聞こえなかったことにした。
☆☆☆
「それで、魔女様たちはなぜレスト領にいらっしゃるんですか?」
メイドたちは下がらせて、今は四人しかいない。
するとイングリッドは足を組み、シビルは髪をクルクルと指に巻きつけ、ティティはお菓子を物色しはじめた。
「魔塔主にオーレリアさんの様子を見に行くように指示されたのです」
私の鋭い視線に、シビルが観念したように言う。
「魔塔主? 彼がなぜ私の様子を?」
三人が黙り込む。
「リアちゃん、悪いけどそれは言えないんだ」
ティティがお菓子を食べながら答える。
「なぜですか?」
「言ったら私たちが罰を受けることになるのよ」
イングリッドが紅茶を一口飲む。
「罰? まさか、命を差し出すことに?」
三人は揃って首を横に振る。眉根を寄せて神妙な面持ちだ。
「魔塔で働かされるのです」
シビルが困ったように眉を下げた。
「はい?」
「魔塔で働くことになっちゃうんだよ。最悪でしょ?」
「え? 魔塔で働くことは、そんなに大変なんですか?」
「オーレリア、魔塔はね、変人の巣窟なのよ。略して魔窟よ」
いや、魔窟って。
「変人……そんなに変わった人が多いんですか?」
「彼らはですね、寝ても覚めても魔法のことを考えているんです」
「集団でいるのに互いに干渉しない主義なんだよね。だけど自分の編み出した術式の自慢はこちらの都合を無視してしゃべり倒すんだ、怖いでしょ?」
ティティがそう言って身震いする真似をすると、イングリッドが遠い目をしながら言う。
「それに、魔塔にいたら、もれなく毎日魔塔主と顔を合わせる羽目になるのよ」
そんなに嫌なのか。
「魔塔主と顔を合わせるのが嫌なんですか?」
三人の美しい顔が瞬時に歪む。
「あの方は、見た目こそ美しいけれど、中身は悪魔です」
「昔の魔塔主も性格が悪そうでしたけど、今の魔塔主も性格が悪いんですね」
「やだーリアちゃん。魔塔主はずっと同じだもん当たり前だよ」
庭園を吹き抜ける心地よい風の中、イングリッドとシビルが真顔で静止した。
「……ねぇ、ティティ。それオーレリアに言っていい話だったかしら?」
沈黙が広がる。
「え? 魔塔主はずっと同じ人なんですか?」
「えぇと、オーレリアさん、久しぶりに占いでもしませんか?」
「誤魔化しても無駄ですよ」
「どうしてくれるの。魔塔に一歩近づいたわよ、ティティ」
イングリッドが目を細めてティティを見る。
「えー。言っちゃったもんは仕方ないよ。そうだよ、リアちゃん。魔塔主は不老不死なんだ」
口を尖らせながら、ティティは答えた。
「不老不死……」
ということは、初代国王が魔法を一回だけ使えるようにした人と同じ人物ってこと?
「ってことは魔法の内容を知ってるんだわ!」
思わず立ち上がって大きな声を出してしまった。木々にとまっていた鳥たちがバサバサと飛び立つ。
「オーレリアさん、落ち着いてください」
「あ、はい、ごめんなさい」と言いながら着席する。
「その辺の詳しいことは直接魔塔主に聞いてよ」
「聞くと言ってもどうやって聞けばいいか」
「手紙でも書けばいいじゃない。魔法道具でポンと送りつければ読むんじゃないかしら? オーレリアの様子をうかがっていた本人だし」
「魔塔主と繋がる魔法道具なんて、高くて買えません。そもそもそんな道具が存在するかわからないですし」
「イングリッド、試されていますよ」
「リアちゃん、可愛い顔してやるねぇ」
イングリッドがしばし考える。
「仕方ないわね。可愛いオーレリアのためにここで作ってあげるわ」
「え! 本当ですか? 嬉しい!」
イングリッドの手を両手で包み、感謝を伝える。魔法の内容さえわかれば、テオ様との関係も今まで通りに戻るかも!
「ふふ、オーレリアは本当に可愛いわね」
そう言いながら、イングリッドの目が捕食者のように光る。
「イングリッド、王子殿下に命を狙われますよ」
「そうそう、今だってイングリッドがこの前売った、隠密魔法道具がどこかに仕掛けられてるかも知れないよ」
イングリッドがバッと手を離し、テーブルの下を覗く。
「驚かせないでよ」
元の姿勢に戻ってイングリッドが溜め息を吐く。
「命を狙うだなんて、テオ様はそんなことしませんよ……たぶん」
私が言うと、三人は無言で私の頭を撫でてきたのだった。
――え、まさかテオ様、今まで三人に何かしてきたの?
―――――
【リア(オーレリア・ド・レスト)】
元・東の魔女。今回は、自ら我が家を魔女の魔窟(お茶会場)に差し出す羽目になった。テオ様の重すぎる愛に漸く違和感を覚える。
【イングリッド(北の魔女)】
見た目は超絶美しい、中身はガチの極上ハンター。今回は初対面のクロエお義姉様の手を取って口づけを落とし、一瞬で真っ赤にさせた。可愛いもの・美しいものが大好きで、お礼を言ってきたリアを見る目も完全に捕食者のそれ。
【ティティ(南の魔女)】
お菓子が大好きな、魅惑のボディの持ち主。実は「魔塔主はずっと同じ人(不老不死)」という特大の機密事項を、お菓子を食べながらウッカリ口を滑らせて白状した今回の戦犯。
【シビル(西の魔女)】
髪を指にクルクル巻きつける仕草が似合う知的な魔女。魔塔主の愚痴になるとイングリッドやティティと完璧なシンクロを見せる。「あの方は見た目こそ美しいけれど、中身は悪魔です」と、これ以上ない冷たい眼差しで教えてくれた。
【クロエ】
兄ディランの妻で、リアの優しいお義姉様。街一の美女で美人に耐性があるはずのオーレリアが見惚れるほどのおっとり美人だが、押しにめちゃくちゃ弱い。イングリッドの洗練された騎士様ムーブ(手の甲キス)を正面から喰らい、顔を真っ赤にして捕獲されかけた本日の癒やし枠。
口は禍の元【くちはわざわいのもと】……うっかり言った言葉が原因で大失敗やトラブルを引き起こすため、発言には十分気をつけるべきだという意味。




