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東の魔女は魔法が使えない~逃げたい魔女と一途な王子~  作者: けん


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第三章 (8)後ろ髪を引かれる

ここまでお読みいただきありがとうございます!本当に嬉しいです!

 宝石店でリュカに会ったあとから、テオ様の様子が変わり始めてしまった。


 最初はアンヌか自分のためのアクセサリーを探しているのかな、と思いながら横で眺めていたけれど、どこか必死で先程まで彼がまとっていた空気と違う。



 緑色の髪留めを探していたはずのテオ様は、店員から翡翠の指輪を見せられると「ああ……美しいな、これにしよう」と呟くと、私の左手を取り、薬指にはめようとしてきた。



「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! アンヌ様への贈り物ではないんですか?」



 私は自分の左手の指先を右手で掴み、指輪をされるのを阻止した。



「急にどうされたのですか? 私は指輪を買う予定はありませんよ」



 テオ様はピクリと眉を動かし、拒まれた自分の右手を一瞬だけ見つめた。

 傷ついたような、あるいは酷く冷ややかな色をその瞳に宿らせたが、それは一瞬のことで。


 テオ様は無言で私の青いガラス細工の髪留めを外し、ショーケースの上に置く。



「リアは買う必要はない、私からのプレゼントだ」



 聞き分けのない子どものようになってしまったテオ様に戸惑う。

 思わずかつてのように彼を嗜めようとしたけれど、彼が纏う異様な空気に困惑し、上手く言葉が出てこない。



「な、なぜですか?私たちはそのような関係ではございません」



 そこまで言うと、テオ様の瞳がゆらゆらと揺らいでいるのが分かった。不安げでどこかほの暗い。



「私からの贈り物は迷惑なのか?」


「迷惑というか……」



 店員が困ったように、こちらを見ている。私はテオ様から指輪をそっと取り上げ、店員に返した。


 店員は気まずそうな表情を浮かべ、そのままスッとその場を離れていった。

 無数に広げられていた緑色の宝石たちも、もうそこにはない。


 私を置き去りにするように、青いガラス細工の髪留めがキラキラと照明に反射している。



「一度、お店を出ましょう、ね?」



 私はテオ様の手を引こうと手を伸ばしたけれど、何もつかめず空を切った。

 当たり前に感じていた彼の温かい体温は、指先に伝わることはなかった。


 ガラス一枚隔てたような冷たい沈黙が、私たちの間に流れる。お店の外の、市場の賑やかな喧騒が急に遠く感じる。


 彼がスッと体を引き、私から離れたという事実を理解するのに時間がかかった。



「え……」



 今までテオ様から避けられたことがなかった私は、突然の拒絶に驚いて、行き場のない手をギュッと握りしめた。



「すまない。少し調子が悪いようだ。今日はもう帰ろう……」



 そういうと、テオ様は店を先に出て行ってしまった。


 馬車までの道のり、テオ様と私は距離を保ちながら歩いた。


 チラリと様子を伺うと、テオ様はいつもの様子で優雅に歩き、道行く人の視線を奪っていた。


 歩調は私に合わせてくれているが、その表情からは何を考えているかは読み取れなかった。



 馬車に乗り込むときは少し困ったような表情でそっと手を差し出してくれた。良かった、怒っているわけではないようだ。


 しかし、馬車の中ではまた沈黙が流れていった。テオ様は窓から見える景色をずっと眺めていた。




「さっきは突然変なことを言って申し訳なかった」



 レスト家に着き、私を馬車から下ろすと突然、テオ様が謝罪をしてきた。



「いえ、大丈夫です」


「今日はとても勉強になった。ありがとう」



 こんなときにまで私の教えである「ごめんなさい」と「ありがとう」をきちんと言うテオ様に困ってしまう。


 王族であり、未来の国王である彼は、簡単に謝罪してはならないと教えられている。


 昔、私はテオ様に付いていた帝王学の教育係に「王子殿下に余計なことを教えないでいただきたい」と釘を刺されたこともある。


 当時の私は人として大事なことを教えたつもりでいたけれど、果たして国王になる彼に、それは必要だったのだろうか。


 たかが田舎の男爵令嬢にまで謝ってしまうなんて、やはり私の教育は間違っていたのかも……と不安に駆られる。



「それでは失礼するよ」



 そう言うと、テオ様は馬車に乗り込み、そのまま私のほうを見ることなく、帰って行ってしまった。




 私はただ、馬車が見えなくなるまで見送ることしかできなかった。




 玄関を入ると、クロエとララが出迎えてくれた。



「リアちゃん、大役お疲れさま。先にお義父様とディランに報告する? それとも少しお休みする?」


「リアねぇね、おかえりなさ〜い。一緒におやつ食べよ?」



 クロエとララの優しい声に泣きそうになる。



「そうだなぁ。ちょっと疲れちゃったから夕食まで部屋で休むことにする!」



 私はグッと涙を堪えて二人の手を引きながら家の中を歩いた。





 自分の部屋に戻ると思わずベッドに倒れ込んでしまった。


 近づきすぎたら私が魔女だとバレるのは、時間の問題だと思う。


 初代国王の魔法が発動しても、呪いをかけられてもいずれにせよ厄介なことが起こる気がする。


 何がきっかけでそれが起こるかわからない。

 私たちはもう、会わないほうが安全だ。お互いが平和に暮らすためには仕方のないことだと思う。


 テオ様には立派な国王になってもらって、私は遠くから応援していればいい。ただ、それだけだ。


 枕に顔を埋めると、勉強してきたことがぐるぐると回り、結局はテオ様のゆらゆら揺れる緑の瞳が、脳裏をよぎる。



「……勉強がんばったんだけどなぁ……」



 私の呟きは黄昏と共に消え入った。





 ―――――




【オーレリア・ド・レスト(リア)】


 見た目16歳、中身26歳のラペデュール王国の元・東の魔女。現在はレスト男爵令嬢。テオ様の自分に対する態度のあまりの激変に大困惑。



【テオドール・ド・クレマン(テオ様)】


 ラペデュール王国の第一王子。17歳。

 前回目覚めた「どす黒い独占欲」が今回ついに暴走。勢いで翡翠の指輪をリアの薬指にはめようとするも、秒で阻止される。乳母のアンヌへの贈り物の件はすっかり忘れている模様。



【クロエ&ララ】


 オーレリアの兄・ディランの妻と、5歳の娘。

 クロエは誰もが振り返るほどの超絶美人。

 ララは天使のような可愛さでレスト家の癒し。


後ろ髪を引かれる【うしろがみをひかれる】……心残りや未練があり、きっぱりと思い切れずになかなかその場から立ち去れない気持ちを表す言葉。

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