第三章 (6)阿吽の呼吸
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「……お嬢様!オーレリアお嬢様!」
メイドの声が遠くで聞こえる……
「オーレリアお嬢様! 王子殿下との約束に遅れますよ!!」
ハッとして起き上がる。
目の前に双子のメイド、マロウとメリッサがいる。
「お嬢様、おはようございます。昨日お帰りになったままの姿で、お休みになられたので、入浴をするようにと奥様より仰せつかっております」
しっかり者の姉のマロウが言った。
「入浴の前に軽くお召し上がりになるための食事をお持ちしました」
おっとりした妹のメリッサがスープとパンがのったトレイを持ってくる。
実を言うと、戻ってきたときに最初に出会ったメイドがメリッサだ。
普段はおっとりしているのに、あの慌てようは相当驚いたのだろう。今思い出しても、申し訳ない気持ちになる。
でも悪いのは物置にしたお父さんだから。
「私、昨日どうやってここまで来たんだっけ?」
自分の服装を見ると、昨日の勉強会のワンピース姿のままだ。
「お嬢様は帰りの馬車の中で眠られてしまったので、御者がディラン様を呼びに行ったのですが……」
マロウが気まずそうに答える。
「何度声をかけてもお嬢様が『もう眠らせて』とお答えになられるばかりでしたので、ディラン様が馬車から引きずり出しておりました」
引きずり出すって……。メリッサ、もう少しぼかして表現してよ。
「そのあとに奥様もいらっしゃいまして、お二人に手を引かれて部屋まで戻られました」
「そこはお兄ちゃんが抱きかかえて連れていくところだと思うんだけど……」
マロウが「ふふ」と上品に口元を隠す。
「最初は挑戦されていたのですが……」
「『僕には無理だ』とおっしゃっていました」と、メリッサがスープのトレイをテーブルに置きながらおっとりと言い添えた。
お兄ちゃん体を鍛えてないものね。別に私は重くないはず。
私が朝食を食べている間、マロウとメリッサがクローゼットからワンピースを出して並べる。
「お嬢様、王子殿下とのデートはどのお召し物にされますか?」
「でっ! デートじゃないわよ!」
危うくスープを吹き出すところだった。
「「違うのですか? 私どもはてっきり……」」
まるで一人の人間が喋っているかのように息の合った双子の追及に、私は居心地が悪くなる。
「私はただの案内係よ。服装もシンプルなワンピースでいいわ。その青い服にする」
すると、マロウがグリーンのワンピースを広げながら、残念そうに呟く。
「青……ですか? こちらのグリーンではなく?」
「うん、動きやすくて好きなの」
☆☆☆
「ちょっと市場を歩くには派手じゃない?」
入浴を済ますと、マロウとメリッサは二人がかりで私の支度をしてくれた。
普段は髪は下ろしているだけのことが多いけれど、今日はサイドを編み込まれている。
「髪留めはどちらになさいますか?」
「これにするわ」
小さな青いガラス細工のついた髪留めを選ぶ。
「こちらもおすすめですよ」
エメラルドがついた華やかな髪留めをついと出される。
今日はやけにグリーンを推してくる。
そこで私は、貴族の令嬢におすすめされた恋愛小説を思い出す。
「テオドール様の瞳が緑だからって緑色の物を身に付けたりしないわよ! もう!」
「「左様でございますか……」」
あらかじめ示し合わせていたかのように、同時に肩を落とす二人に、私は少し罪悪感を覚えた。
実際、私が緑色の物を身に付けていてもテオ様は何も思わないだろう。
テオ様は今まで多くのご令嬢から秋波を送られていても、表情に変化がなかった。
気づいていないのか無視しているのか曖昧だけれど、女性からのそういった視線に反応している姿を見たことがない。
以前のお茶会でご令嬢たちのはしゃぐ様子を見ても、気にしている様子がなかった。
王妃様が婚約者探しをする気持ちが少しわかるくらいに、彼はほとんどの人間に無関心だった。
私を探さなかったということは、私のことも関心がなかったのかもしれないけれど……。
☆☆☆
青い紫陽花の花束を抱えて、テオ様は我が家に現れた。
「今日のオーレリア嬢のワンピースにぴったりだな」
子どもの頃のように嬉しそうに微笑む姿を見て、青いワンピースを選んで正解だったと自分を褒めたくなった。
テオ様は市場で目立つことを避けるためにシンプルな白シャツにトラウザーズという出で立ちだった。
ちなみに領民たちはテオ様が滞在していることを知らない。
「領民のありのままを見たい。王子だと知ったら緊張させてしまうだろう?」と笑っているが、彼から滲み出る気品はどうにも隠せないというものだ。
市場に着いてから馬車を降りると、案の定、道行く老若男女がテオ様をチラチラと振り返る。
「今日はロラン様はいらっしゃらないんですか?」
「ああ、自分がいると余計な口出しをしてしまいそうだと言っていたよ。アンヌへの贈り物だからね。二人で探せば意見が割れて決まらないのが目に見えている。最悪、喧嘩になりかねないから、と」
「なるほど……」
テオ様もロランもアンヌをとても大事に思っている。思いが強すぎるあまり、意見が割れて収拾がつかなくなる二人の様子がありありと思い浮かび、私は小さく苦笑した。
「まずは、招待状に使うレターセットでも探そうかな」
そう言うと、テオ様は左肘を軽く曲げ、差し出してきた。
一瞬、間があいてしまう。それがエスコートの仕草だと気づき、私は慌ててそっと右手を添えた。
そのエスコートの動きがあまりにも様になっていて――なんだか遠い世界の人を見ているような、少し寂しいような、不思議な気持ちになる。
昔は私の横にぴったりくっついていただけだったのにな、とまるで親のような感慨深さに一人浸っていると、テオ様は満足そうに頷いた。
そして慣れた様子で私の歩調に合わせつつ、半歩先を歩き出す。
―――――
【オーレリア・ド・レスト(東の魔女)】
ラペデュール王国に仕える魔女だった。実際は26歳だが見た目は16歳のまま。10年ぶりに実家に帰ってきたら、いつの間にか男爵令嬢になっていた。
無自覚に服の色とプレゼントの花束をリンクさせてしまう。兄が自分をお姫様抱っこできないことに、地味に納得がいっていない。
【テオドール・ド・クレマン】
シンプルな白シャツ姿でも隠せない気品が駄々漏れているラペデュール王国の第一王子。
サラッとエスコートの手を差し伸べるなど、色んな意味で成長著しい17歳。
【ディラン・ド・レスト】
オーレリアの兄。妹を馬車からお姫様だっこで連れていこうと挑戦するが、秒で断念。「僕は筋力で勝負しない」が信条。
【マロウ&メリッサ】
レスト家に仕える息の合いすぎる双子メイド。
主人のデート(仮)に全力でテオドールカラーをねじ込もうとする策士たち。
阿吽の呼吸【あうんのこきゅう】……二人以上で一緒に行動したり物事を進めたりする際、互いの息やタイミング、気持ちがぴったり合っている状態。




