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東の魔女は魔法が使えない~逃げたい魔女と一途な王子~  作者: けん


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第三章 (4)藪をつついて蛇を出す

今回もお読みいただきありがとうございます!

6日間限定毎日投稿3日目です!

「テオドール殿下、お忙しい中、レスト領へお運びいただき、身に余る光栄でございます」


「こちらも急な話で迷惑をかけた。それに魔法で移動したから大した手間ではなかったよ。もう少し旅の雰囲気を味わいたかったくらいだ」



 父とテオ様は和やかな雰囲気で挨拶を交わしている。


 一昨日の不意打ち訪問には屋敷中がパニックに陥ったが、今日は緊張感の中にもどこか余裕が感じられた。


 それはさておき、今日のテオ様は珍しく全身黒で統一していた。いつもは白か臙脂えんじ色を着ていたはずなのに、どうしたのだろう。


 ロングジャケットを羽織る姿も稀だ。シャツの胸元のフリル襟(ジャボ)は華やかで、中央にはエメラルドのブローチが輝いている。


 会わない間に服の好みが変わったのだろうか……。見慣れない装いのせいで、まるで別人を見ているようで落ち着かない。


 テオ様が急に大人になってしまったように感じて、胸の奥がざわつく。


 アンヌも、ロランが成人した頃「すっかり大人になっちゃって」と寂しそうに呟いていた。


 そうだ、きっとその感情と同じだ。子離れをしようとする母親のような心境に違いないわ。

 でなければ、胸の奥が締め付けられるはずがないもの。


 心を落ち着かせようと、テオ様の後ろに控えるロランに目を向ける。相変わらずのクールな表情だ。妙に安心感を覚える。


 すると、ロランがこちらをチラリと見た。目が合うなり、彼は得意の『余所(よそ)行き』の微笑みを浮かべる。

 普通のご令嬢なら頬を赤らめるところだけれど、思わず私は無表情になってしまった。


 ロランと私が無言の攻防戦を繰り広げること数秒、不意に目の前にテオ様が立った。



「オーレリア嬢、庭に咲いていた花なんだが、これを君に……」


「へ……?」



 あまりに唐突なことで、変な声が出てしまった。

 見ればテオ様が、色とりどりの芍薬しゃくやくの花束を従者から受け取り、こちらに差し出している。



「しゃ……芍薬ですね! 芍薬の根は、収斂しゅうれん・消炎・鎮痛・抗菌・止血・浄血・抗痙攣作用がある万能薬になるんですよ! 見た目が美しいだけではなく、根まで薬になるなんて本当に素敵ですよね!」



 オスカー様のような甘い雰囲気に気圧され、私はつい早口で薬効解説をまくし立ててしまった。



「……と、先日、兄に教わりました」



 苦し紛れにつけ加えると、突然話を振られた兄はしばし固まった後「……ええ、便利な薬なんです」とぎこちなく話を合わせた。

 兄は薬草としての芍薬には興味があるが、花そのものにはさほど関心がないタイプだ。



「そうか、勉強になるな」



 テオ様は柔らかく微笑んだ。

 私は花束を受け取ったものの、気恥ずかしくてテオ様の顔をまともに見られなくなってしまった。




 ☆☆☆




 夕食会は滞りなく進んでいた。料理長がメインのラム肉のソースを悩んでいたので「ジンジャーバターソースがいいな」とさりげなく要望を出しておいたのだ。


 東の国の調味料も隠し味に入っていて、とても美味しい。生姜はテオ様も大好きだし。


 予想通りテオ様とロランの反応も良く、私は胸をなでおろした。


 実はメニューには、テオ様の苦手な芽キャベツも入れてもらっている。「ちょっと苦い」と眉根を寄せていた幼いテオ様を思い出すが、芽キャベツには高い解毒作用がある。


 あの事件から二ヶ月も経っているのに、顔色が悪いままのテオ様には、ぜひ食べていただかなくては。


 そこで、彼が好むハチミツとバルサミコ酢のソースをかけ、こんがりと焼き上げてもらった。


 さあ、召し上がれ。


 テオ様は芽キャベツに一瞬躊躇したものの、優雅に口へ運んだ。


 少し驚いたような表情を浮かべたが、あれは気に入ったときの顔だ。



「男爵、昨日市場を回らせてもらったのだが、初めて目にするものばかりで興味深かったよ。アンヌへの贈り物も選びたかったが、あまりに知識がなくて困ってしまってね。時間があるときでいい、共に来てはくれないか?」


「もちろんでございます、殿下」


「女性の意見を聞きたいですね」



 突然、ロランが会話に割って入った。



「それならば、妻のシャルロットに……」


「レスト男爵令嬢はお時間ありますか?」



 ロランが含みのある笑顔で私を見る。


 実際、両親と兄は仕事が忙しく、テオ様の案内をするとなれば大規模なスケジュール調整が必要になる。義姉のクロエは身重なので論外だ。


 家族の中で、誰が一番自由(ひま)かと言えば、間違いなく私である。


 ……おかしい。まさかロランは、私が魔女だと気づいたのだろうか。

 勘の鋭い彼のことだ、確信はないけど、疑っている可能性は高い。これはまずい。


 私は今さらながら、いつもより少し高めの声で応じた。



「私では力不足かと存じますわ」



 魔女とは別人を装うため、令嬢らしく可愛らしさを混ぜ、謙遜してみせる。


 しかし、無意識に目つきがお説教前のような鋭さになってしまう。「ロラン、いい加減になさいよ」という心の声が漏れそうだ。


 落ち着け、私。



「男爵には後日案内してもらうとして、まずは先に同行していただけませんか? ご令嬢は市場の民にも愛されているようですし」


「愛されている……?」


「ああ。市場の人間がオーレリア嬢のことを『妖精様』と呼んでいたのを耳にしたよ。……あれは愛称かな?」




 家族全員が凍りついた。



「あ、あれは……その……」



 いつも冷静な父が言い淀んでいる。王族に対して「妖精に攫われた」なんて冗談のような嘘を吐き通せるはずがない。下手をすれば不敬罪だ。



「オーレリアはその……昔…」


「喜んでご案内いたしますわっ!!」



 焦りのあまり、いつもの地声で案内役を買って出てしまった。



 ……その後、一番楽しみにしていたデザートが、まったく喉を通らなかったのは言うまでもない。


 夕食会が終わり、見送りの時間がやってきた。

 私は料理長に頼んでおいた包みをテオ様に手渡す。



「これは?」


「……緑茶のクッキーです。よろしければ、お召し上がりください」


「昨日選んでいたのは緑茶だったのか?」


「……はい」



 テオ様は緑色のリボンを指先でちょんと突き、嬉しそうに微笑んだ。



「帰ったらいただくよ。昨日のラフマ茶もとても効果があった。ありがとう」


「それは良かったですわ」



 ちらりとロランを見ると「何か?」という表情をしている。

 やっぱりロランではなくて、テオ様が飲むためのお茶だったんだわ。

 私に嘘を()くなんて!お説教ものなんだから!



「また連絡させてもらうよ」



 そう言い残すと、テオ様は颯爽と馬車に乗り込んでいった。





―――――





【テオドール・ド・クレマン】


ラペデュール王国の第一王子。17歳。ダークブロンドの髪に緑色の瞳。



【オーレリア・ド・レスト(東の魔女)】


ラペデュール王国に仕える魔女だった。実際は26歳だが見た目は16歳のまま。帰ってきたら男爵令嬢になっていた。


【ロラン】


テオドールの側近。髪は茶色く肩まで伸びている。

藪をつついて蛇を出す【やぶをつついてへびをだす】……しなくてもよい余計なことをしたために、かえって災難や悪い結果を招くことのたとえ。

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