第三章 (2)今泣いた烏がもう笑う
今回はテオドールのターンです。
初ブクマをして下さった方に感謝を込めて。本日より6月9日まで毎日投稿します!
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「ロラン……ついに私はおかしくなってしまったようだ」
別邸である元・子爵邸に着いてからソファに横になり、私はずっと頭を抱えていた。
これでもかと金糸の刺繍が施された、悪趣味なほどに豪華なクッションに顔をうずめる。
つい先ほどの自分の行動を思い出しただけで、叫び出したくなる。
「初めて会った令嬢が魔女に見えてしまった。しかも捕まえようとして手を伸ばしかけたんだ。これはきっと心の病気だ。私がここにいては令嬢が危ないかもしれない、早く帰ろう」
仰向けになり、これまたギラギラとしたシャンデリアを見ながら困惑していると、ロランは紅茶を用意しながら鼻で笑った。
キッと睨むと、彼は片眉を上げてチラリとこちらを見た。
紅茶に蜂蜜を入れすぎだし、鼻で笑うとは無礼極まりない。
「落ち着いてください、テオ様。あのご令嬢は間違いなく魔女様ですよ」
ロランの言葉に驚いて、勢いよく起き上がる。
「……そう、なのか?」
「私もテオ様と同じくらい、魔女様と一緒に過ごしたんですよ。目の形、気の強そうな太眉、珍しい黒髪、声、背の高さ……。総合的に見て、他人だったら逆に怖いです。良かったですね、見つかって」
「総合的……。私は瞳の色ばかりに気を取られていて、少し冷静ではなかった」
「瞳の色ですか? まぁ……きれいな琥珀色ですが、特段珍しいわけではありませんからね。それだけで気づいたなら、それはそれで……」
「それはそれで何だ」
最後まで言わないロランを睨む。
「しかし、魔女は自分は魔女だと伝えてこなかった。やはり私から離れたいのだろうか?」
「テオ様が魔女様を探すことをやめていたように、彼女にも事情があるのかもしれませんよ。しばらくは気づかないふりをして接したほうがよろしいかと」
ロランの意見に素直に頷きながら、魔女の美しい琥珀色の瞳を思い出す。
「オーレリア……可愛らしい名前だな」
はにかみながらそう呟くと、ロランは心底嫌そうに「気持ち悪いですね」と言い放った。
☆☆☆
翌日、別邸の管理人に勧められて市場の視察にやってきた。護衛がつくと目立つので、ロランと二人で見て回る。
レスト領は男爵のおかげで治安も良く、平和そのものだった。とはいえ身分が身分のためブーツに短剣を仕込んでいる。
市場には見たことがない物ばかり溢れていた。ハンドルのないカップや、美しく染められた頑丈な紙。
聞けば男爵が東の国から特別に仕入れた物ばかりだそうだ。
最近では長年、東の国で修業した職人が領地に戻り、紙や布の生産を始めたという。
「ロラン、見るだけではわからないことだらけだな。近いうちに男爵に同行を願いたい」
「そうですね。明日の夕食会で聞いてみてはいかがですか?」
ロランが辺りを見回す。
「何か探しているのか?」
「茶葉の専門店がないかと思いまして」
「……私の体調なら大丈夫だと言っただろう。魔女の安否も確認できたんだ、そのうち眠れるようになる」
言い終える前に、ロランはすたすたと目的の店に向かって行った。主を置いて行くなど、どういう了見だ。
茶葉の清々しい香りが漂う店内に入ると、艶やかな黒髪が目の前に飛び込んできた。
「いらっしゃい。初めてのお客さんだね、何をお探しだい?」
店主の声に、黒髪がサラリと揺れて振り返った。私と目が合った瞬間、オーレリアは明らかに固まった。
「レスト男爵令嬢、奇遇ですね」
オーレリア同様、固まってしまった私に代わってロランが口を開く。
「……王子殿下、ロラン様。お目にかかれて光栄でございます」
「オーレリア嬢は買い物か?」
やっとのことで発した言葉は、あまりにも平凡すぎて自分でも驚いた。
「あ、はい。そうです」
彼女は俯きながら答える。ロランがすらすらと会話を繋いだ。
「私たちも茶葉を買いに来たんです。珍しいものが多いですね。令嬢は茶葉に詳しいですか?」
「少しなら……」
「そうですか。では、寝つきが良くなるお茶はありますか?」
そこまで言うと、オーレリアは勢いよく顔を上げ、私を見た。
「眠れていないんですか?」
一歩二歩と近づいてきて、眉間にしわを寄せながら私の表情を観察してくる。琥珀色の瞳に吸い込まれそうな感覚になる。
「いえいえ。殿下ではなく、不眠なのは私の方ですよ」
ロランの言葉にハッとして、お互い一歩ずつ下がった。
「ラフマ茶がおすすめです。夜、お休みになる前に召し上がると効果がありますよ」
「ありがとうございます。店主、そのラフマ茶をもらいたい」
店主が用意している間、気まずい空気が流れる。
「オーレリア嬢は一人で来たのか?」
「あ、はい」
「護衛もなしで来たのか? 危ないではないか」
彼女はびっくりした様子でこちらを見上げ、それから、くすりと笑った。
「ご心配には及びません。私は元々平民ですし、今日は近くに御者も待たせていますから」
「そうか……それなら良いが」
結局、御者の元まで送り届けることにした。
その間、市場にいる人々が「妖精様だわ、今日も美しいわね。素敵な男性と一緒だわ、誰かしら?」「妖精様を狙う人だったらどうしよう」と囁くのが聞こえた。
彼女を見送ると、我々は帰路についた。
馬車に揺られながら、穏やかな景色を眺める。
「ロラン、皆が『妖精様』というのはオーレリアのことだろうか?」
「そのようですね、なぜかはわかりませんが……。そして、私たちを見る目が若干、警戒心を帯びるようになりましたね」
「お前もそう感じるか」
先程までは割と好意的だった視線が、オーレリアと一緒にいるところを見られてから明らかに変わった。
領民に好かれているのは構わないが、あまりの好奇な視線の多さに、彼女を昔のように黒いローブで隠したい気持ちに駆られる。
「それにしても、オーレリア嬢はやはり魔女様でしたね」
意地悪そうに笑いながらロランが言う。彼女は名乗ってもいないロランの顔と名前を知っていた。
そして、躊躇することなく名前で呼んだ。かろうじて敬称は付いていたけれど。
「魔女があの調子だと、いつまで気づかないふりを通せるか……」
私はここ最近で一番深い溜め息を吐いた。
―――――
【テオドール・ド・クレマン】
ラペデュール王国の第一王子。17歳。ダークブロンドの髪に緑色の瞳。
【オーレリア・ド・レスト(東の魔女)】
ラペデュール王国に仕える魔女だった。実際は26歳だが見た目は16歳のまま。帰ってきたら男爵令嬢になっていた。
【ロラン】
テオドールの側近。髪は茶色く肩まで伸びている。
今泣いた烏がもう笑う【いまないたからすがもうわらう】……いま泣いていたと思ったら、機嫌をなおしてもう笑っているという例えで、変わりやすい子ども心をいう。
次回は6月5日21時です!またお会いしましょう♪




