第三章 (1)縁は異なもの味なもの
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「レスト男爵、突然の訪問を許してくれ。明日訪ねる予定だったのだが、魔法使いが座標を間違えてしまったようだ」
皆が魔法使いに目を向けると、いつぞやの『おじさん魔法使い』がそこにいた。
反省する様子もなく、仕事ぶりは相変わらずのようだ。座標を間違えるなんて、王族相手にとんでもないことをする。
私はなるべく目立たないように、家族の後ろに並ぶ家令やメイドの真ん中あたり、見つかるか見つからないかの境界線に陣取った。
服装も、孤児院で勉強を教えていたときの控えめなワンピースのまま。私ほど真っ黒な髪の持ち主はいないが、こげ茶色の髪をしたメイドなら、レスト領にはたくさんいる。
――お願いだから私に気づかないで……!
メイドの帽子を借りてくれば良かったと後悔する。
無駄だと思いつつも、じりじりと後退し、メイドに紛れようと試みる。
両親と兄、義姉のクロエに挨拶を終えると、テオ様はしばらく黙り込んだ。妙な緊張感が走る。
「……そちらのご令嬢は?」
気配で、明らかに自分に向けられた言葉だとわかった。テオ様が近づいてくる。
俯いた私の視界に、彼の足元が入る。
「……娘のオーレリアでございます」
「娘……? 男爵には子息しかいないと聞いていたが、宰相すら知らないこともあるんだな」
「珍しいこともあるもんだ」とテオ様は呟いて笑った。
「オーレリアと申します……」
囁くような小さな声で、俯いたまま挨拶をする。声を聞いても、名前を聞いても、特別な反応はない。
――もしかしたら、テオ様はあの日に明かした私の名前も顔も覚えていないのかも……
俯く私に、テオ様は優しく声をかけた。
「しばらくレスト領に滞在することになったんだ。世話になることがあるかもしれない。良かったら、顔を見せてくれないか?」
恐る恐る顔を上げると、テオ様は私の瞳を見つめたまま、ゆっくりと手を伸ばし――何かを言いかけた。
「王子殿下、本日は急な訪問ですし、そろそろ別邸に向かわれては?」
テオ様の後方に控えていたロランが告げる。ハッとしたように手を下げ、テオ様は私から視線を外すと、父の方に向き直った。
目が合った瞬間に彼の瞳に浮かんだ熱は、冷水を浴びたかのように一瞬にして消えた。
「あ、あぁ、そうだな。忙しいところ済まなかったな、男爵。それでは我々は失礼する」
私たちは少し離れた場所から見送りをする。おじさん魔法使いの力で転移するようだ。
魔法を唱えている間、テオ様はずっと私を見つめていた。
☆☆☆
久しぶりに会ったテオ様は、以前より痩せてしまったように見えた。
美しい緑の瞳の下にはくっきり隈ができていた。事件の後遺症なのだろうかと心配になる。
じっとしていられず、解毒効果のある薬を差し入れようかと悩む。
けれど、テオ様は私を見ても何も言わなかった。何か言いたそうにしてはいたけれど、他人の空似程度に思っているかもしれない。
そうなると、素性も知らない令嬢が用意した薬を、王子殿下が飲むわけがない。
ロランが笑顔で受け取ってすぐさま捨てる運命の薬を作ったところで意味がないのだ。
それならば自分が魔女だと告げようかと思った。
けれど、テオ様が私を魔女だと認識した瞬間に初代国王の魔法が発動してしまう可能性がある限り、それは良策とは思えなかった。
「どうしたら良いのよ……」
暗い気持ちで家の中をうろうろしていると、メイドたちに指示を出していた母に声をかけられた。
「リア、ちょうど良かったわ。少し手伝ってほしいことがあるの」
「うん、何をしたらいい?」
「料理長が、明後日の夕食会のメニューで悩んでいるみたいなの。急な上に初めてのことで、焦ってしまっているみたい。助けてあげてちょうだい」
☆☆☆
料理長は、調理室の隣にある休憩室で椅子に座り、腕を組んで目を閉じ、唸っていた。
私が「大丈夫?」 と声をかけると、ビクリと肩を揺らして困った様子で話しだした。
「お嬢様……私は長年、レスト家の皆様のために料理を作り続けてきました。皆様が私の料理を美味しいとおっしゃってくださる。しかし、私は今、気づいてしまったのです。それは皆様の優しさであって、すべての人がそうではないかもしれないということに……」
ここ数年、父は平民でありながら取引相手の貴族を招くことはあった。
けれど『王族』を相手にするとなるとその重圧は桁違いだったようだ。
悩みすぎた料理長は、自分の実力を全否定し始めてしまっていた。これはまずい。
「そんなことないわ! 誰が食べても、料理長の料理は素晴らしいと言うはずよ!」
普段、とんでもなく大きなフライパンを振る、体の大きい料理長が、今日は随分と小さく見える。
自分をまるごと肯定してほしい乙女のようになってしまっている。厄介な感じが否めない。
けれど、大丈夫。私は『褒めて伸ばす』ことに関しては大得意なのだ。
幼い頃のテオ様に「勉強を間違えても魔女は嫌いにならない?」と縋られたときも、最近だと「魔女くらいダンスが苦手な女性と練習すれば上手くなれる」と誘いを受け、練習に付き合ったときもそうだった。
私は、料理長の料理を思いつく限り褒めまくった。
「……というわけで、私が家に戻ってきて、また料理長のご飯を食べられるのは、幸せ以外の何ものでもないわ」
息切れしながらそこまで言い切り、私が力強く頷くと、料理長は目に浮かんだ涙を拭いながら立ち上がった。
「お嬢様! ありがとうございます! 自信が湧いてきました! これからもレスト家の料理長として、誇りを持って生きていく所存でございます!」
「そ、そう。私も嬉しいわ」
「あ! コースメニューが頭の中に下りてきました!」
料理長は必要な材料を紙に書き出し始めた。
まるで神託を授かったかのような勢いだったけれど、なんとか危機を脱したようで、ほっと一安心する。
材料のメモを横から覗き込みながら、私はふと名案を思いつき、料理長にお願いした。
「料理長、作ってもらいたいものがあるんだけど、いいかしら?」
―――――
【オーレリア・ド・レスト(東の魔女)】
ラペデュール王国に仕える魔女だった。実際は26歳だが見た目は16歳のまま。帰ってきたら男爵令嬢になっていた。
【テオドール・ド・クレマン】
ラペデュール王国の第一王子。17歳。ダークブロンドの髪に緑色の瞳。
【料理長】
レスト家に長年仕える料理人。
縁は異なもの味なもの【えんはいなものあじなもの】……男女の結びつきはどこでどうなるか予想がつかず、不思議なものであり、かつ、趣深いものであるという意味。
第三章スタートしました!
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