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東の魔女は魔法が使えない~逃げたい魔女と一途な王子~  作者: けん


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第二章 (6)鳴かぬ蛍が身を焦がす

ここまでお読みいただきありがとうございます!

 事件から二ヶ月が過ぎ、王宮内は日常を取り戻していた。

 私は今まで通り公務や課題などの仕事をこなしていたが、頭の中は相変わらずだった。

 ぐるぐると考えることが多すぎて、疲れているのに眠れない日々が続いていた。


 そんなある日、珍しく宰相が私の執務室を訪ねて来た。



「テオドール様、顔色がよろしくないですね。いかがされましたか?」


「あぁ……少し寝不足なだけだ」


「ほぅ……ロランが、魔女特製の『睡眠改善茶』がどれだったのか聞き回っていたのは、そのせいですか」


「……そうなのか。それは知らなかったな」



 さっきから見かけないと思ったら、そんなことをしていたのか。



「魔女の家に置いてある茶葉は、すべて魔女しか読めない言語でラベルが書かれているので、苦戦しているようですよ。しかも茶葉をブレンドしてあるものも多いようで」


「そうか……ロランは少し過保護になったな……」



 毒の影響など無いと思っているが、私が少しでも疲れを見せると、ロランは裏で医師や薬師、料理人たちにまで指示を出していると聞く。


 私の前では今まで通り、私のことなど気にしていないように振る舞っているのだが……。



「ロランが仕事を放り投げて茶葉探しに明け暮れるのは困りましたね。わからないことは、その道の専門家に聞くのが一番です。魔女が使っていた茶葉となると、東の土地の物が多い。そうなると……ふむ……例えば、レスト商会とか?」


「そんなことまでしなくても大丈夫だ。みな心配症だな」



 私が笑うと、宰相は珍しく真剣な顔をして言った。



「しかし、ロランの目を誤魔化すのは不可能でしょうね」


「……そんなことは」


「ということで、私がレスト男爵に連絡を入れておきました。アンヌの結婚式準備の手伝いもしてもらいたいので」



 さも思いついたように話す割に、もう連絡済みなのか。相変わらず仕事が早い。



「素晴らしい式になるよう殿下もお手伝いなさってはいかがですか?レスト男爵なら、新しい物や品質の良い物を用意出来るでしょう」


「なるほどな。宰相の信頼をそこまで得るとは、すごい人物なんだな、レスト男爵は。宰相と似たタイプなのか?」



 宰相は「ははは」と珍しく豪快に笑った。



「まさか、ご冗談を。彼は私より遥かに誠実ですよ」


 「……まあ、そうだろうなとは思ったが」


「しかし残念なことに、レスト男爵は急ぎの用があって既に領地に戻ったそうです」


「そうか、残念だな。王都に商会の支店があるのだろう?そこに使いを送ればいい」



 すると宰相は目を細めて言う。



「いえいえ、テオドール様にはレスト領の視察兼療養に行っていただきます」


「療養?そんなことしなくても大丈夫だ。仕事もたくさん残っているし」


「ですから視察兼療養です。場所を変えて気分転換しながら仕事をなさってください。必要な書類は、先日私が自費で購入した魔法道具で送ることも可能ですので、お気になさらず」



 なるほど、休ませる気があるように見せかけて、まったく休ませる気がないわけか。


 さらに加えて宰相が言う。


「招待状に使うレターセットやウエディング晩餐会で使う食器などをアンヌは探しているそうですよ」



 そう言われて何もしない人間なんているのだろうか。それだけ伝えると宰相は満足したように部屋から去って行った。



 どう考えてもてのひらで転がされている感じがするが、宰相に逆らったところで良いことはないだろう。

 そもそも宰相の意見には国王や王妃の意見も強く反映されている。これはすでに決定事項なのだ。




 ☆☆☆




 レスト領への出発が決まった翌日、私の私室には、朝から珍しい訪問者が二人やってきた。



「そのシャツはテオドールの魅力を出せないわ。別のシャツを持ってきてちょうだい」



 王妃が優雅に私が愛用している一人掛けソファに座りながら指示を出す。

 メイドたちが衣装部屋を出入りし、忙しなく動く。


「あぁ、確か胸元にもっとフリル襟(ジャボ)が入った華やかなシャツがあるはずですよ」


 紅茶を飲みながらオスカーが意見する。

 二人はああでもないこうでもないと言いながら、私の衣装を選んでいる。



「あの……」


「あら、それ素敵ね。これくらいボリュームのある物を何点か用意して。ジャケットはどうしようかしら」


「あの…………」


「兄上には白や黒はもちろん、瞳に合わせたグリーン系も合いそうですね」



 メイド以外にもロランもアクセサリー類をテーブルに並べ出す。

 以前、魔女がはしゃぎながら「テオ様の瞳にそっくりな色のエメラルドですね!」と言い、慈しむように眺めていたブローチも置かれる。


 幼い頃から王妃に似ていないグリーンの瞳を人知れず気にしていた私は、エメラルドによって黄緑色に輝く魔女の瞳を見て救われた気持ちになったことを思い出す。




「あの!二人とも!何をしているんですか!?」



 そこでようやく二人が私を見る。



「何って、兄上の衣装選びですよ」


「急に明日出発するなんて言うからこんなことになるのよ。準備がままならないわ」



 王妃は腕を組み、再びメイドたちの持つジャケットを見ながら答える。明日出発と言ったのは私ではなく宰相なのだが……。



「療養が目的なのでこんなにたくさんフリルが付いたシャツは要りません」


「テオドール。身なりはきちんと整えないと。いつ出会いがあるかわからないのよ」


「え?出会いですか?レスト男爵には子息しかいないと聞きました。そもそも母上は私の婚約者選びを中断したのでは?」



 王妃がすっと視線をオスカーに流す。



「兄上」



 オスカーが青い瞳をギラリと光らせる。



「運命の出会いとは突然やって来るものです。療養時の楽な格好も良いですが、着飾る場面ではちゃんとしておかないと気に入った女性が別の者に心を奪われる可能性もあるんですよ」



 オスカーはチラリとロランを見た。ロランは爽やかな仕事用の笑顔でこちらを見た。

 なんだかとてつもなくイラッとする。



「そのような女性を選ぶつもりはないから問題ない。……それよりオスカー、お前だってノアイユ公爵に勝手に結婚相手を決められるぞ」


「ご安心ください。お祖父様じいさまにはもう話をしましたから」


「どういう話を?」


「結婚相手は自分で選ぶということですよ。……そんなことより、まずは魔女様を探そうかと」


「……ダメだ!!」




 一瞬思考が止まり、次に発した声は思いのほか大きくて部屋中の人間が一斉にこちらを見る。気まずくなり、私の視線が泳いだ。



「……魔女は、きっと理由があって私たちに連絡していないんだ。勝手に探すことは許さない」



 オスカーが「はぁ」と息を吐いてから立ち上がり、冷めた目でこちらを睨んだ。



「兄上の許しなど必要ありませんから」



 そのまま、オスカーは不機嫌そうに部屋を出ていった。



「テオドール……オスカーは自分のために探そうとしているわけじゃないのよ」



 王妃にそう言われて、ハッとする。



 私は俯きながら、感情をコントロールできなくなっている自分に、ひどくうんざりした。





―――――





【テオドール・ド・クレマン】


ラペデュール王国の第一王子。17歳。ダークブロンドの髪に緑色の瞳。


【セドリック・ド・レニエ侯爵(宰相)】


ラペデュール王国の宰相。記憶力に優れている。


【ソフィー・ド・クレマン(王妃)】


ラペデュール王国の王妃。ブロンドに青い瞳。



【オスカー・ド・クレマン】


ラペデュール王国の第二王子。

王妃の姉・エマの子どもだが、王妃に育てられた。


鳴かぬ蛍が身を焦がす【なかぬほたるがみをこがす】……感情を声に出して騒ぎ立てる蝉よりも、無言でいる蛍のほうが、その心中の思い(恋心や熱意)の激しさに身を焦がすほど苦しんでいる、という意味。

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