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東の魔女は魔法が使えない~逃げたい魔女と一途な王子~  作者: けん


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第二章 (5)得手に帆を揚げる

今回はテオドールのターンです。

 ――ラペデュール王宮・応接の間



 魔女から何の連絡もなく、早一ヶ月。


 私の気分はどん底よりさらに深くまで落ち込んでいたが、ロランの「今から応接室にお越しください」という言葉に、何の疑いもなくついてきてしまった。


 ドアが開いて固まる。私は学習しない男ではない。ただ少し、素直なだけだ……。


 部屋で待っていた人物が立ち上がる。乳母のアンヌとロランの天敵エドモン・ド・ロベールだった。

 挨拶のあと、私は二人に着席を促した。


 ロランは会話が弾まないことを見越して、勝手に私を立会人にしたようだ。

 チラリと横目でロランを見ると、素知らぬ顔で二人を見ている。


 アンヌは王都に来てから、ほぼ私の看病に当たっていた。

 一方のエドモンは、王都にある実家のタウンハウスで過ごしていたそうだ。


 私が感謝を伝えると、アンヌは「テオ様がご無事で何よりです」とうっすら涙を浮かべていた。



 そんなわけで、ロランと二人との対面は今日まで保留になっていた。


 最初は私が伯爵領の近況について、たくさん質問した。私は空気の読める王子なのだ。ひたすらに場の潤滑油として働く。

 アンヌはアンヌ・ル・ボン女伯爵として、領地経営も社交も順調にこなしているようだった。



「テオ様、体調は本当に大丈夫ですか?」



 話題も尽き、本日三回目の同じ質問をアンヌがしたところで、ようやくロランが口を開いた。



「その質問は先程も聞きました」


「ロラン、アンヌにその態度は――」



 ロランをたしなめようとした瞬間、エドモンが緊張した面持ちで話し出した。



「ロラン様、本日はお伝えしたいことがあって参りました」


「……」



 室内に緊張した空気が流れる。



「私は伯爵家の財産を狙っているわけでも、アンヌ様の心を弄んでいるわけでもありません。私は……アンヌ様の何事にも一生懸命なところ、王子殿下とロラン様を慈しみ大切に思う姿、慎ましくも大事なところでは意見をしっかりと述べる聡明さ――」



 その後、十五分ほどエドモンはアンヌについて語り出した。アンヌは顔を真っ赤にして下を向いている。

 何の拷問だろうか。


 それに、私も乳母アンヌが素晴らしい人間だと理解はしているが、目の前でこれほど褒め倒されると、気恥ずかしくて逃げたくなってくる。


 エドモンは一通り語り尽くしたようで、急に場が静まり返る。



「そんなことはわかっています」



 ロランがゆっくりと口を開いた。

 アンヌを称賛する意見に、おおむね同意ということだろうか。

 冷静に聞いていられるロランに、妙に感心してしまう。

 私は羞恥に負けそうになり、話の内容はほとんど頭に残っていない。



「ロラン様が以前から、私がアンヌ様について行くことに反対なさっていたのは存じています。ロラン様の気持ちを無視して行動に移してしまったことは、本当に申し訳なく思っています」



 エドモンは深々と頭を下げる。



「やめてください。頭を上げてください」


「結婚を認めて欲しいなどと、図々しいことは言いません。ただ、アンヌ様を傍で支えることを許していただきたいのです」



 エドモンが真剣な眼差しでロランを見る。



「あなたが母を大切に思ってくださっていることは、もう何年も前からわかっておりました」



 ロランが諦めたように言う。態度とは裏腹に、ちゃんとエドモンのことを理解していたんだと知る。


 ただ、幼い頃に描かれた家族の絵を、ロランが大事に部屋に飾っているのを私は知っている。

 ロランは自分と同じように、母親であるアンヌにも、ずっと父親を大事に思っていてほしいのだと思う。


 しかし、アンヌの幸せを考えると、ここで自分が折れなければならないこともロランは一番よくわかっている。



「私は……テオドール様に忠誠を尽くすことが使命だと思っています。テオドール様がいらっしゃる限り王宮を離れることはありません」



 ロランの手は固く握られ、膝の上に置かれている。



「……ですから、私は母の近くにいることはできません。それに……母は結婚もしないままあなたをずっと傍に置くなどという酷な真似をできる人ではありません。ですから……どうか……一番近くで母を支えてあげてください」



 私の知らない間に固めていたであろう決心を口にして、ロランが頭を下げた。

 ロランがそう言うのならば、私は何も言うまい。



 穏やかな雰囲気になり、しばらく和やかな会話が続いた。すると唐突にアンヌが言った。



「そういえば昨日、宰相様のご令嬢に偶然お会いしたら『未来の妻としてはロラン様のご意見を尊重しなければなりませんが、心の中ではエドモン様とのこと、応援しております』とおっしゃっていたわ。ロラン、ご令嬢と結婚するのね」



 ロランと私は二人してお茶を吹き出しそうになった。


 絶対に偶然ではなく待ち構えていたと思う。



「……結婚などしませんし、そもそもご令嬢とはそんな話になったこともありません」



 アンヌは「あら、そうなの?」と心底不思議そうにしている。



「宰相様も『アンヌとエドモンの結婚式はいつ頃かな?予定を空けておかなくてはならないですからね』とおっしゃっていたわ」



 結婚式など、普通は親族しか出席しないものだ。いったいどの立場で参加しようとしているのか。


 深い溜め息を吐くロランをよそに、アンヌに質問した。



「それで、結婚式は?」


「そうですね……何も考えていません。私は再婚ですし、どうしましょう」



 アンヌが困ったように頬に手を当てて考え込んでいると、エドモンはすらすらと答える。



「今からですと早くて秋ですね。涼しくなって爽やかな青空の下のアンヌ様は、さぞ素敵でしょう。まずは教会に連絡を入れて、ドレスの準備もありますし、最低でも半年はほしいです。それか、ゆっくり時間をかけて準備するなら一年後も良いですよ。暖かい季節に色とりどりの花に囲まれるアンヌ様は女神のようでしょうね。早く結婚したい気もしますが……アンヌ様のためなら、いくらでも待てますよ」


 早口でまくし立てたあと、最後の部分はアンヌを見つめながら、たっぷり溜めて囁いた。


 なんだろう、私は辱めを受けるためにここにいるのだろうか。


 傍にいられるなら結婚はしなくてもいいと言っていたはずなのに……。許しを得られたら浮かれるのも仕方がないか、と思う。


 所々に入るアンヌの称賛はともかくとして、半年か一年後か……と思考を巡らせる。

 半年以内に魔女から連絡はあるだろうか。きっとアンヌの結婚式には、魔女も参加したいはずだ。


 無事に過ごしていてくれればそれでいいと、毎日自分に言い聞かせているのに、どうにかして魔女を探す口実を考えてしまう。



 私はいつか、前に進むことができるのだろうか。





―――――





【テオドール・ド・クレマン(テオ様)】


ラペデュール王国の第一王子。17歳。ダークブロンドに緑色の瞳。



【ロラン】


テオドールの側近。髪は茶色く肩まで伸びている。



【アンヌ】


テオドールの乳母兼教育係だった。ロランの母。茶色い髪。



【エドモン・ド・ロベール】


ロベール侯爵家の三男。経営学の造詣ぞうけいが深い。


得手に帆を揚げる【えてにほをあげる】……自分の得意な分野や力を発揮できる絶好のチャンスが訪れた際、その勢いに乗って調子よく物事を進めること。

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