第二章 (2)憂いは心にあり
王宮行きを決めた理由は簡単だった。王宮に行かないことで、自分自身にも家族にも何かあったら嫌だな、という結論に至ったから。
それに魔法を一度使えば良いだけなら、さっさと終わらせて帰って来られると思ったのもあった。
父と母と兄に「すぐに帰ってくるから」と挨拶をして、使者が用意してくれた真っ黒なローブとヴェールを身につけ、私は出発した。
使者は王宮への道中で説明すると言ったくせに、魔法を使って王宮の前に瞬間移動した。
一ヶ月何もせず居候していたおじさんは魔法使いだった。当然と言えば当然だけど、騙された気分になった。
国王への謁見は尋常ではないくらい緊張した。しかし目の前の王から威厳の中に優しさが感じられて少しホッとした。
「魔女の人生を王宮に縛り付けて申し訳ない」
早く帰る気満々の私は、謝られてしまって何と答えて良いかわからなかった。
そしてそのまま、自分が住む部屋と『魔女の家』と呼ばれる小さな可愛らしい家に案内された。
使者はそこまでついてくると、「あとは歴代の魔女の日記を読めば、だいたいのことはわかるそうです」と言い残して去っていった。
最後まで仕事をしない人だった。魔塔主はなぜあのおじさんを使者にしたのだろうか。
きっと魔塔主もろくでもないやつに違いない。
言われた通り、本棚にずらりと並ぶ日記らしきものを手にする。
見たことのない文字のはずなのに、意味がわかる。すごく変な感覚だった。これも魔法? 特殊能力?
私は初代魔女の日記を読み始めた。
☆☆☆
魔女の日記は、ラペデュール王国の初代国王と出会う前から始まっている。
『魔塔主は本当に人使いが荒い。薬を作って売って来いだの、占いをして稼いで来いだの、そもそも人間と関わるのが苦手な私に無茶なことばかり言う。そのくせ自分はよくわからない魔法の研究ばかりして腹が立つ、自分で稼いで来いと言ってやりたい。』
魔塔主はいつの時代も横柄なんだな、と思う。
しばらく読み進めると、初代国王らしき人物との出会いが書かれていた。
『酔っ払いの若い男がやってきた。やたらと明るく、自己紹介のように短時間でいろいろと話してきた。聞けば領主の息子だという。悩みなどなさそうだったが、占ってほしいと言われたので星詠みをしてみた。威勢が良すぎて、行動を焦ると良くないことが起きる星回りだった。自分と同じくらいの年齢の人間が不幸になるのは可哀想だ。少し落ち着いて行動するように伝えておいた。』
『また領主の息子がやってきた。先日の占い通り行動したら良いことがあった、と笑っていた。私の占いも役に立つのだと少し嬉しかった。また占ってほしいというので、北の方角に気をつけるように教えておいた。』
『しばらく来ていなかった領主の息子が久しぶりにやって来た。長い間、戦いに出ていて無事に勝利したそうだ。占いに来てから良いことばかりだと喜んでいた。』
『領主の息子は名をヴィクターといった。野心家なのか、一国の王になりたいと子どものような夢を語っていた。あまりに壮大で笑ってしまったが、私に身寄りがないことを知ると、一緒に来てほしいと言われた。私を哀れんでいるのか、もしくは協力者を探しているのだろう。「考えておく」とだけ伝えた。』
『またしばらくしてヴィクターはやってきた。暗い顔をしていたので「どうかしたのか?」と尋ねたら、父である領主が亡くなったそうだ。威勢が良かったヴィクターが初めて弱っている姿を見せた。私は思わず「力になる」と言ってしまった。』
それからは魔女とともにヴィクターが次々と勢力を拡大していく様子と、二人の幸せそうな様子が日記には書かれていた。
しかし途中から二人の関係は様子を変えてくる。
『ヴィクターから隣国の姫を妃に迎えたいと話があった。ヴィクターは恥ずかしそうに「どう思う?」と聞いてきた。私は二人を占ってあげた。私が嘘を吐いて「あの姫はやめておいたほうが良い」と言えば諦めるのだろうか。結局、私は「何も問題ない」とだけ伝えた。』
『ヴィクターはついに国王となった。バルコニーから国民に手を振る様子は堂々としたものだった。けれど隣に立つのは私ではない。そもそも光の当たる場所は私には似合わない。部屋の中の私とバルコニーにいるヴィクターは、実際の距離よりはるかに遠く離れているようだった。私はいったい何を望んでいたのだろう。よくわからなくなってきた。』
『しばらくヴィクターと会っていない。占いも必要ないのだろう。王妃も私の存在が邪魔のようだ。当然だと思う。なるべくこの家から出ないようにと通達があった。私は何のためにここにいるのだろうか。』
『魔塔主と連絡をとった。私の代わりにこの国で星詠みの出来る魔法使いか魔女を呼ぶことは出来ないかと聞いてみた。魔塔主は「あんなヤツのためにまだそんなことを言うのか、愚かだな」と呆れていた。』
『魔塔主から連絡が来た「魔女を用意した」それだけを伝えてきた。私はここから去ることにした。』
初代魔女の日記はそこで終わっていた。
なんだろうこれ、この国の初代国王はなんてヤツだと思い始めてきた。乙女心を利用するなんて酷い。
次のページからは、二代目の魔女が書いたものだった。
『国王は、前の魔女さんがいなくなったことも気づいていなかった、ふざけたヤツだった。あー最悪。ムカついたから「あんたに愛想が尽きたんだよ」と言ってやった。目を見開いて驚いてた。ざまぁみろだ。』
『国王に「私は星詠みは出来ないから」と言ったら「そんなものは必要ない」と返された。前の魔女さんの書置きに、国王が望むなら星詠みをして欲しいとあったのに。』
『国王が前の魔女さんの居場所をしつこく聞いてくる。知らないものは知らないっての。前の魔女さんを自分のものだと思ってんのか。王妃との関係も悪くなっているってメイドちゃんが噂してた。』
『王子がやってきた。「僕の願いはお父様の願いを叶えることなんだ」と言ってきた。この前教えた契約をもう使いたがっている。まだ八歳なのに。様子がおかしくなっている国王を心配しているんだな。困ったことになった。』
『国王に「願いは何?」と聞いてみた。落ち窪んだ目で私をギロリと見て鼻で笑ってた。国王は「願いねぇ……」とつぶやいただけで何も答えなかった。なんなんだ、あいつ、話にならない。』
『国王が亡くなった。私にとっては、どうでも良いことだったけど。魔塔には連絡しておいた。』
『メイドちゃんが「王妃様から預かりました」と言って、国王の手記を持ってきた。
所々で前の魔女さんへの執着を感じる。こんなものは外には出せない。この部屋で保管しておこう。』
日記を読み進めると、その後はしばらく二代目魔女と王子の和気藹々とした日々が綴られていた。
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【オーレリア・ド・レスト(東の魔女)】
ラペデュール王国に仕える魔女だった。実際は26歳だが見た目は16歳のまま。帰ってきたら男爵令嬢になっていた。
【魔女】
ラペデュール王国の建国に関わった初代の魔女。
【二代目魔女】
初代魔女の代わりにやってきた。
憂いは心にあり【うれいはこころにあり】……悩みや苦しみは、実際の状況よりも自分自身の心の持ちようによって生まれるという意味。




