第一章 (13)恋は曲者
「……?」
理解が追いつかなくて、言葉が出ない。
「オスカーは王妃……ソフィーの姉、エマの子だ」
☆☆☆
ソフィーの二歳上の姉エマは、幼い頃から現在の国王であるマリユスの婚約者候補だった。
公爵家という家格、他の貴族とのバランス、マリユスとの年齢の近さを考えても、選ばれるのは時間の問題だと思われていた。
エマ自身もマリユスに淡い恋心を抱いており、未来の王太子妃になるための努力は人一倍惜しまなかった。
しかし、なかなか婚約者が発表されない状況の中、突然父であるノアイユ公爵から「妹のソフィーが王太子の婚約者に選ばれた」ことを告げられたのだ。
それに伴い、エマが公爵家を継ぐことになった。
エマは常に、自分が妹であるソフィーに一歩及ばないと感じていた。
能力も、容姿も、そして誰かに愛されることも。
後継者としての勉強を始めたがなかなか身が入らず、気分が落ち込むことが多くなった。
そんなある日、公爵家に一人の吟遊詩人がやって来た。
美しい赤髪に甘い風貌。情熱的な恋物語を歌い上げる男に、エマは瞬く間に恋に落ちた。
しかし、男にとって若い令嬢をその気にさせるなど造作もないことで、それは単なる火遊びに過ぎなかった。
一方のエマは、彼こそが自分を愛し、自由な世界に連れ出してくれる救世主だと思い込んだ。
しかし、男は数週間の滞在の後、何事もなかったようにエマを置いて去っていった。
短い恋の終わりに泣いて暮らしていたエマは、やがて自分が子どもを身籠ったことに気がついた。
その頃からエマは精神的に不安定になり、父親であるノアイユ公爵に妊娠を知られたら殺されてしまうと、唯一信頼できる侍女に訴え続けた。
侍女がどれだけ言い聞かせても聞き入れず、公爵家から逃げ出す準備を始めた。
「ソフィーなら王妃だから私を守れるわ」そう言って侍女を連れ、馬車に乗り込んだ。
ソフィーはエマに会うなり異変に気がついた。そしてその日のうちに、エマと共に離宮に移りたいとマリユスに申し出た。
最初は反対したマリユスだったが、家族思いのソフィーが姉を見捨てることはできないとわかると、仕方なく承諾した。
ノアイユ公爵には「エマが体調を崩した。感染症の恐れがあるため、離宮で静養させる」と伝えた。
そして対外的には「王妃の産後の体調不良」を発表し、ソフィーの公務を休ませた。
ソフィーは姉の心を安定させようと努めたが、お腹が膨らむにつれてエマの妄想は加速した。
「赤ちゃんは彼に似た赤髪かしら? 彼に似た赤ちゃんを見たら彼も戻って来てくれるわよね?」
そう言い出したのだった。
「お腹の子の父親がいなくても幸せに暮らせるように協力する」とソフィーと侍女は毎日のようにエマに励まし続けた。
しかし、その声がエマに届くことはなかった。
マリユスは離宮にほとんど人を入れずに引きこもるソフィーを定期的に訪ねた。
王宮内にはソフィーの体調に関する悪い噂が流れ始めていたこともあり、侍女に任せて王宮に戻るように何度も提案していたが、ソフィーが首を縦に振ることはなかった。
そして季節が巡り、オスカーが産まれた。立ち会ったのはソフィーと侍女、そして先代魔女のみだった。
無事に出産は終えた……はずだった。
生まれた赤ん坊は輝くような金髪で、うっすら見えた瞳は青かった。
エマは絶望したように泣き出した。
三人はエマを落ち着かせようと必死で宥め、その日はなんとか寝かせた。
しかし次の日、エマは変わり果てた姿で発見された。自らの手で命を絶ってしまったのだった。
先代魔女に呼ばれたマリユスは、絶望するソフィーを抱きしめながら、侍女に抱かれ元気に泣く赤ん坊を見た。
ソフィーは泣きながらマリユスに訴えた。
「この子を、私の子として育てさせてください」
ソフィーはかつてテオドールを自分の手で育てられなかったことで、激しく落ち込んだ過去がある。今、この赤ん坊まで奪ったら彼女も壊れてしまう。
そう恐れたマリユスは、それを許した。半年近くソフィーは外に出ていない。この事実を知るもので口外する者はいない。
マリユスはノアイユ公爵を呼び寄せ、彼には事実を伝え今までの嘘を詫びた。
そして赤ん坊を自分たちの子として育て、ゆくゆくは公爵家を継がせることを提案した。
公爵は提案を承諾し、エマの過ちを謝罪した。
そもそも公爵は、妊娠を知った程度で娘を殺すような男ではない。
だが、心が壊れたエマには、それすらわからなくなっていたのだった。
公爵はただ静かに、涙を堪えて頭を下げていた。
☆☆☆
「……オスカーは知っているのですか?」
「本当は成人したら話そうと思っていたんだ。しかし、今回の事件で話さざるを得なくなった」
「どうしてですか?」
「……今回の犯人が、エマについてきた侍女だったからだ」
突然の事実に、私は息を呑んだ。
―――――
【テオドール・ド・クレマン】
ラペデュール王国の第一王子。17歳。ダークブロンドの髪に緑色の瞳。
【マリユス・ド・クレマン(国王)】
ラペデュール王国の国王。テオドールは国王に似ている。
【ソフィー・ド・クレマン(王妃)】
ラペデュール王国の王妃。ブロンドに青い瞳。
【エマ・ド・ノアイユ】
ソフィーの姉。ノアイユ公爵家の長女。
恋は曲者【こいはくせもの】……恋は人の分別や理性を失わせ、思いがけない行動をとらせる恐ろしい力を持つという意味。




