第一章 (11)瑠璃も玻璃も照らせば光る
時は流れ、王宮舞踏会の日。国王への拝謁の列が続く。
玉座には国王と王妃が並び、王妃の隣に私が位置する。
国王の斜め後ろに宰相が控え、その隣には魔女がいる。
不思議な並びだが、ラペデュール王国では魔女の地位はそれほど高い。
ちなみにオスカーは成人していないので、ここにはいない。
貴族たちが順に挨拶をしていく。
斜め後ろから、宰相が挨拶している貴族の情報を囁く。主に功績や家門内での喜ばしい変化などで、逆に何も囁いてもらえない貴族は冷や汗ものである。
公平性を重んじる彼は、常に事実しか述べない。
私が初めて会う貴族が挨拶に現れた。
宰相が囁く。
「ダミアン・ド・レスト男爵とシャルロット夫人です。半年前に爵位を授かってからも商会を運営しつつ、子どもたちの教育、寡婦への職業支援、病院の建設などを精力的に行っております」
彼が噂のダミアン・ド・レスト男爵か……と思い出す。
☆☆☆
ダミアン・ド・レストは元々商会を営んでいた。
他国から薬の原料や珍しい反物、製紙技術などを持ち込み、幅広く商売をしていた男だ。
ダミアンの住む土地には古くから続く子爵家が領主をしていたが、領民から税を搾り取るばかりで能力の低い家門であった。
それでもダミアンは文句を言わず税金を納めていた。
が、あるとき事件は起きた。金に困った子爵が、質の悪い紙をダミアンの商会の物だと偽って高額で売り捌いていたのだ。
もちろん苦情はダミアンの耳にすぐに入った。
そしてダミアンは子爵に告げた。
「私はしがない商人ゆえ、この土地を離れて一からやり直すことができます。欲しいのであれば、これらの機械も工場も差し上げましょう。ただし、ここで働く人間はすべて私が責任を持って連れていきます」
領民は宝であるということを忘れていた子爵は焦り、すぐに詫びた。
だが、我慢を重ねていたダミアンは許さなかった。
彼を呼び寄せたい貴族は大勢いたため、この話題はすぐに宰相の耳に入った。
詐欺行為と領民を苦しめる悪政を嫌う国王は、即座に子爵の爵位を剥奪した。
その後、子爵領は王国で一時預かりとなっていた。
その間、ダミアンは元子爵領で今まで通りか、それ以上に働いていた。そして、有能な人物を好む宰相が提案した。
「領民からの信頼も厚いダミアンに爵位を授けるのも手ですね」
その提案に、国王は「奇遇だな」と笑ったのだ。
☆☆☆
レスト男爵と夫人は半年前に貴族になったとは思えないほど堂々とした出で立ちで挨拶をした。
顔を上げた瞬間、レスト男爵夫妻はチラリと魔女を見た。
初めて会う人間はその存在に緊張するので珍しいことはないが、夫人の口元が一瞬小さく微笑んだ。
しかし、見間違いだったかと思うくらい優雅に二人はその場を離れて行った。
☆☆☆
舞踏会は滞りなく進行していた。
ダンスは最初に宰相の長女と踊ることで妙な噂が立つことを回避した。彼女がロラン一筋なのは社交界全体の共通認識だったからだ。
案の定、ダンス中はずっとロランの居場所を質問されていた。
しかも踊りながら気づいたが、ドレスが微妙にロランの本日の衣装に寄せてある。怖すぎる。
そのあとは数人の令嬢と踊り、現在に至る。踊っている間、ずっと王妃の視線が痛かった。
舞踏会が始まる前に王妃には謝罪をした。
すると「何についての謝罪かしら?」と言いながら、凍り付くような微笑みを返してきた。
そういえば魔女が「男性は口先だけの謝罪をしがちですが、女性を余計怒らせるだけなのでやらないようにしてくださいね」と言っていたのを思い出す。
子どもの頃から「ごめんなさい」と「ありがとう」はきちんと言いましょうね、と魔女は言っていたが、言えばいいというわけではないと釘を刺された形だ。
魔女よ、私はおそらく失敗したようだ。
慣れない酒とダンスのせいで喉が渇く。「お酒に慣れていない殿下はお水もちゃんと飲まないとダメですからね」という魔女の教えを守ってメイドに水をもらう。
魔女は会場の端で、先日知り合った令嬢たちと話しているようだった。
嬉しいような寂しいような気持ちで魔女を遠くから見つめる。
「大丈夫ですか?」
近づいてきたロランに聞かれる。「何がだ?問題ない」と答えようとした瞬間
――――喉の奥から何かがせり上がってきた。
慌てて口元を押さえたが間に合わない。
真っ白な手袋が真っ赤に染まっていた。
☆☆☆
「すぐに医師と薬師を呼べ! 会場にいる人間を一人も出すな!」
私を控え室まで運びながら、ロランが指示を飛ばす。
「意外と馬鹿力なんだな……」
力なく言うと、ロランの表情が歪んだ。泣きそうになっている。貴重なものを見たな……。
「もう少しだけ我慢しろ」と言いながらロランがその場を離れる。
視界が狭くなり、意識を手放しそうになる。こんなことなら、魔女に思いを告げておけばよかった。
遠くで私を呼ぶ声が聞こえる。パタパタと、聞き慣れた足音が近付く。涙が溢れそうになる。
……するといきなり、頬を引っ叩かれた。
いきなりの衝撃に驚いて目を開けて見上げる。
涙で霞んで見えるがそこには魔女がいた。
「テオ様、しっかりしてください!」
「ま……じょ……」
「全員この部屋から出てください!!」
魔女が声を張る。「いやしかし」「治療を」という声を「早く出ないと全員呪いますよ!!」という叫びで一蹴した。
バタバタと出ていく音が止み、ドアが閉まった。
「いいですか、テオ様。私の言ったことをそのまま復唱してください!」
魔女が私の手を握り締める。かろうじて私は頷いた。
「私の命を救い給え、オーレリア」
「……わ、わたしの……いのちを……すくい、たまえ……オーレリ……ア?」
ぼんやりとした視界の中で、魔女は微笑んだ気がした。
そして口元のヴェールを外して、私の指先に口づけして、言った。
「仰せのままに――――」
―――――
【テオドール・ド・クレマン(テオ様)】
ラペデュール王国の第一王子。17歳。ダークブロンドに緑色の瞳。
【魔女】
ラペデュール王国に仕える魔女。黒髪に琥珀色の瞳。
【ロラン】
テオドールの側近。髪は茶色く肩まで伸びている。
【ダミアン・ド・レスト男爵】
半年前に男爵位を授けられた。
瑠璃も玻璃も照らせば光る【るりもはりもてらせばひかる】……優れた素質や才能を持つ人は、たとえどこにいても、機会さえ与えられれば必ずその真価を発揮して目立つという意味。




