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東の魔女は魔法が使えない~逃げたい魔女と一途な王子~  作者: けん


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第一章 (10)山椒は小粒でもぴりりと辛い

 そう言っていたはずなのに、やはりあれはかなり無理をしていたんだな。アンヌもそれがわかっていたようだけど。



「で、お前に会いに舞踏会に一緒に来るというわけか」



 一ヶ月後にある王宮の舞踏会に二人揃って参加するという。国王への報告もあるのだろう。



「自分で許可を出しながら、今さらダメだとは言えないだろう? お前も親離れしなきゃならないってことだよ」



 私だって、母親代わりだったアンヌが再婚することは少し複雑な心境だが、アンヌが決めたことだから間違いはないと思っている。


 私はアンヌが領地に行った日に乳母ははおや離れすることに決めたんだ。ロラン、お前とは違う。



「そんなことはわかってます」



 ロランは髪を結びながら答えている。完全に不貞腐れているな。



「お前も宰相から娘との結婚を迫られているんだろ? このままだと王宮に来るアンヌを捕まえられて、宰相に外堀を埋められるぞ」




 ☆☆☆




 この国の宰相セドリック・ド・レニエは国王に忠誠を誓う、王国のブレーンと呼ばれる男だ。


 見た目はごく普通の男で、あまり印象に残るタイプではない。



 しかし、彼は未来を見通す力に優れていた。時代の半歩どころではなく、二、三歩先を歩く人間である。

 

 彼は国内に限らず大陸中から得た情報を大量に持っており、その中から最先端のもの、流行しそうなもの、国が投資すべき事業の見極めをしていた。

 

 一度見たものは、書類の隅の染みの形まで忘れない。彼の脳内は、整理された巨大な書庫のようだと噂されていた。



 彼のその能力は結婚相手選びにも発揮された。



 彼の妻は男爵令嬢だった。勤勉で優しい女性だったが、地味な容姿に控えめな性格のため婚約者はいなかった。

 そんな彼女に、当時はまだ侯爵令息だった彼は迷うことなく求婚した。



 結婚後、夫婦揃っての公の場に現れた際、彼は美しい女性を隣に連れていた。周りは騒然としたが、その女性はもちろん彼の妻だった。


 答えは簡単だった。妻はいわゆる『化粧映え』する顔で、侯爵家のメイドの技術で美しく着飾っただけだったのだ。


 地味な顔は様々な雰囲気に変化し、会うたびに人々に違う印象を与えて驚かせた。


 そして妻は控えめだが聞き上手であった。そのため社交界で多くの情報を仕入れつつ、誰も知らない香水やドレス、装飾品を身につけ、さりげなく流行を作った。



 夫婦揃ってかなりの策士なのである。



 ☆☆☆



「俺の結婚は俺自身が決めるようにと言われているので、大丈夫です」


「そうかな。アンヌは宰相に恩があるから断れないと思うぞ」



 宰相がロランに目を付け始めたのは、なんと私たちが王宮にやって来た日に遡る。


 当時たった六歳のロランは、泣きじゃくる私の手を握り、真っ直ぐ国王を見て大人たちのやり取りを聞いていたそうだ。


 その様子に興味を持ち、宰相は「このまま乳母を続けさせるのはいかがでしょう?」と国王に進言した。



 ちなみに当時の私の印象については、「ずっと泣き続けられるのには底知れぬ力を感じました」と言っていた。


 フォローしているのか馬鹿にしているのかわからない、ギリギリの表現だ。呆れていたというのが一番正しいのだろうか……。



「それに宰相一家は、全員お前のことが好きだろ?幸せになれると思うぞ」


「好きというか……」




 宰相には三人の娘がいる。上から十八歳、十六歳、十二歳。


 きっかけは一昨年の社交シーズンのことだった。宰相が自宅でパーティーを開き、そこに招かれたのが伯爵になったアンヌと息子のロランだった。


 アンヌは長く社交界から離れていたので知り合いが少なかった。


 そこで宰相夫妻は、アンヌの人脈を広げるきっかけになればと、二人をパーティーに招いたのであった。


 そこでまず、宰相の妻と長女がロランと出会った。二人は母親を気遣い、優雅にエスコートするロランの様子に釘付けだったという。


 ちなみに、アンヌが少しでもリラックス出来るように私も招待されていたのだが、宰相の妻と長女の二人から熱を感じることはまったくなかった。長女とはダンスもしたが、その間ずっとロランの質問をされた。度胸がすごい。



 翌日、妻と長女が宰相にロランの話題を振ると、宰相はロランについて熱く語ったという。


 すると次女と三女は「絵でもいいからロラン様を見てみたい!」と願った。



 宰相は娘たちに甘かった。ならばと腕の良い画家を呼び寄せると、自分の記憶だけでロランの姿絵を完成させたのだ。



 そう、宰相の記憶力は普通ではなかった。王国のブレーンの由来は文字通りそこからきている。


 いろいろ紙一重な人間だと個人的には思っている。



 素晴らしい絵の出来栄えに感動した宰相は、その絵をこっそり私に見せてくれた。「一番側にいらっしゃる殿下の評価が気になりまして」と宰相は言った。


 私はその絵を見て震えた。そこには、私ですら年に一度見られるかわからない、ロランの柔らかい笑顔が描かれていたからだ。


「宰相はロランの笑顔を見たことがあるのか?」と尋ねたら「いいえ、まったく」と返ってきた。


 ロランの笑顔を見たわけではなく、想像だけで描かせたとしたら狂気でしかない。

 絵を描かせ始めた経緯を聞いても、いろいろ合点がいかなかった。


 そんなに手間のかかることをするなら、もう一度ロランを自宅の食事会にでも誘えば良かっただけの話だったと今でも思う。



「お前の姿絵を見たときから、宰相だけは敵に回すのはやめようと心に決めたんだ。だから味方は出来ない。断るなら自分で頑張るんだな」



 それに、ロランは先日の王妃の茶会も私に黙ってたからな。結構根に持つんだ、私は。



 そういえば、あの茶会に宰相の長女と次女も参加していたな。私のことはまったく見ていなかったが。





―――――




【テオドール・ド・クレマン(テオ様)】


ラペデュール王国の第一王子。17歳。ダークブロンドに緑色の瞳。



【ロラン】


テオドールの側近。髪は茶色く肩まで伸びている。



【セドリック・ド・レニエ侯爵(宰相)】


ラペデュール王国の宰相。記憶力に優れている。


山椒は小粒でもぴりりと辛い【さんしょうはこつぶでもぴりりとからい】……体や規模が小さくても、気性や能力が鋭く優れていて、侮れない人のこと。

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