第20話:母
父の部屋は、そのままだった。
作業着。
ヘルメット。
工具。
壁の時計は三時十七分で止まっている。
電池を替えれば動く。
でも、誰も替えない。
リビング。
母は洗濯物を畳んでいる。
畳む。
重ねる。
畳む。
母「テレビ、見た?」
みことは黙る。
母「あなたの名前、出てた」
静かな声。
母「止められたかもしれないって」
みことの胸が固まる。
母「助かる方法があったの?」
縋る声ではない。
疲れ切った声。
母は、ぽつりと続ける。
母「あの人ね、怖がりだったのよ」
みことは知っている。
父は怖くないふりをするのが、下手な人だった。
だからこそ、先に現場へ向かう人だった。
母は笑おうとして、崩れる。
母「強い人じゃなかった。 ただ、逃げなかっただけ」
母「責めたいわけじゃないの」
母「でもね」
母「待つの、つらいのよ」
息が詰まる。
母「電話が鳴るたび、心臓が止まりそうになる」
母「玄関の音がすると、走るの」
母「でも違う」
涙が溢れる。
母「終わってほしいの」
母「この“待つ時間”を、終わらせてほしいの」
みこと「そんなものない!」
叫ぶ。
みこと「ないって言ってるでしょ!」
声が大きすぎる。
母が泣く。
母「未確定が一番残酷なのよ」
母「希望があるから終われない」
母「終われないから壊れていくの」
洗濯物が床に落ちる。
みことの喉が焼ける。
母「あなた、知ってる顔してる」
その言葉で、何かが裂ける。
みこと「……」
言えない。
語る=終わり。
終わらせるのが自分なら。
耐えられない。
みことは立ち上がる。
何も言えないまま。
自分の部屋へ駆け込む。
ドアを閉める。
鍵をかける音が、やけに大きい。
ベッドに倒れ込む。
息が荒い。
胸が痛い。
涙が、止まらない。
声にならない嗚咽。
布団を握りしめる。
みこと「ごめん……」
誰に向けた謝罪か分からない。
父か。
母か。
世界か。
“語る”。
その言葉が頭を巡る。
終わらせる勇気。
終わらせない残酷さ。
どちらも地獄だ。
みことは、泣き崩れる。
父の笑顔が浮かぶ。
「助ける側に回れ」
今は、刃だ。
ベッドの上で、小さく震える。
時計は止まったまま。
時間だけが、進んでいる。




