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世界が答えを求めた日。私は、語らなかった。  作者: 冴統 亜弥惟智


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22/22

第21話:千里

翌朝。

みことは、母が起きる前に家を出た。

玄関を閉めたとき、家の中は静まり返っていた。

昼下がりの研究室。

曇り空。

蛍光灯の白が冷たい。

キーボードの音が規則的に響く。

その中に、弾む声が混ざる。

千里だ。

千里「えー、ほんと? お母さんまたそれやったの?」

笑い声。

明るい。

自然だ。

千里「だから言ったじゃん、ちゃんと高いところに置いといてって」

電話の向こうからも笑い声が聞こえる。

食器の触れ合う音。

テレビの音。

誰かが戸を閉める音。

犬の鳴き声。

生活が、動いている。

少し間。

千里「……うちは助かったね」

向こうで、母の声。

千里は返事ができない。

沈黙。

“助かった”。

その言葉が重い。

それでもすぐに戻る。

千里「今度帰ったら一緒に片付けるよ」

笑う。

その笑いは、本物だ。

無理に作ったものじゃない。

みことの指が止まる。

胸の奥が、硬くなる。

嫌いじゃない。

むしろ、救われる音のはずだ。

でも。

それは、“続いている世界”の音だ。

もし。

もし、あの夜。

自分が選択していたら。

千里の家は。

あの笑いは。

食器の音は。

犬の鳴き声は。

消えていたかもしれない。

みことの喉が乾く。

千里「あ、うん聞いてる聞いてる!」

また笑う。

その笑い声が、みことの胸に落ちる。

選ばなかった。

だから、ここにある。

でも。

東の港は沈んだ。

父は戻らない。

自分の家は、止まったままだ。

千里の家は、進んでいる。

みことの家は、待っている。

その差は、自分の意思と結びついている。

千里「じゃあまたね」

電話が切れる。

千里は、まだ少し笑顔のまま。

その笑顔が、少しだけ曇る。

みことと目が合う。

千里「……」

何か言いかける。

やめる。

その優しさを、みことは見逃さない。

でも。

距離が、できる。

みことは、キーボードを打つ。

規則的な音。

曇り空。

蛍光灯の白。

千里の笑い声は、まだ耳に残っている。

それは、

自分が選ばなかった世界の音だ。

その事実が、静かに胸を締めつける。


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