第16話 下着泥棒ってどんなやつ〜?
「……悪魔憑き?」
俺たちは場所を移して、夕陽に照らされた城郭都市の街中を四人で歩いていた。
大きな街だけあり、街は行き交う人々の活気で賑わっている。
それに、明日からはエーテル教のお祭りがあるらしい。
広く信仰されている宗教の祭日ともなれば、近隣の町村からかなりの人が集まっているのだろう。
「ああ。なんか中華風の自称占い師お姉さんがそう言ってたんだけど――」
忘れかけていたが、今晩は下着泥棒リュパンツ・ザ・サートルとやらが、この街に住む領主様の一人娘のおパンツを狙っているでパンツ。
冒険者ギルドが緊急招集をかけて人員を集めており、俺とブランさんも、下着泥棒の疑いを晴らしたければ協力しろ、という状況らしいでパンツ。
……まあ、元々俺たちは協力するつもりだったから良いんだけふんどし。
なので、ミーティングも兼ねて冒険者ギルドの酒場で話し合うことになり、移動がてら、俺は牢屋の中でチィディさんに聞いた話を共有していたでパンティ。
「クロエくん。さっきからクロエくんの思考がやかましいのだが」
「思考がやかましいって何だよ」
「魔物使い様。先程から存在がやかましいのですが」
純然たる言葉の暴力ッ!!
「失礼な! 俺のどこがやかましいでパンツ」
「「今まさに」」
女性陣はツッコミ適性が高いようだ。
「……話を戻そう。悪魔憑きは、人間に憑りついた悪魔が、宿主の秘めた欲望を増幅させる。件のリュパ……ンツとやらが、悪魔に憑かれて犯行に及んだという線はないのか?」
ブランさんがパンツ呼びに照れながら、俺の言葉を補足する。
すると、シルヴァのおっちゃんはふぅむと唸る。
「なるほど。それは確かにありえるかもね。――けど、悪魔憑きとは言え、教会に設置されてある、魔物除けの結界を潜り抜けるのは難しい。リュパンツは既に予告状をバラまくため、この街に侵入している。もし無理矢理通ったとしたら、教会側がそれに気づくはずだよ」
シルヴァのおっちゃんがちらりとユノリアを流し見ると、彼女は無表情のまま返答する。
「はい。こちらでは結界の異常は感知されていません。先刻、そちらの首無し騎士様が弾かれた時以外は。……つまり泥棒が悪魔憑きであると仮定した場合、考えられるのは――」
「――内部からの手引き、か? 悪魔を直接街の中に召喚すれば、結界を無視して侵入できる――違うか?」
ブランさんが目を細めると、その場に沈黙が走った。
――チィディさんは言っていた。
下着泥棒事件は、想像以上に根の深いものの前振りだと。
つまり、下着泥棒とは別に、悪魔を呼び寄せた黒幕が、この街に潜んでいる可能性がある。
「――おじさん的には、認めたくない話だねぇ。魔物除けの結界はまだ実用化されてから歴史の浅い魔道具で、欠点も多い。内部犯でなく、何らかの抜け穴を利用して普通に侵入したんじゃないかな? ――魔物使いの契約紋、とか」
おっと! そこで疑いが俺に向くのかよ!?
「シルヴァ様。そもそも件の泥棒が本当に悪魔憑きであると決まった訳ではありません。想像を絶する変態とは、純粋な人間であっても存在するものかと」
「なぜかユノリアが俺をガン見しながら言ってるけど、そうだぞおっちゃん。まだ確定してない情報に踊らされるなんて――ひょっとしておっちゃんが黒幕、とか?」
「――くくく、ばれたか」
えっ。
俺を疑った意趣返しのつもりで言ったのにマジで!?
「……なーんてね! 冗談だよ冗談! びっくりした?」
「――シルヴァ殿、と言ったか。あまり笑えない冗談を言うものではないぞ。あやうく真に受けて、貴殿の首を後ろからきゅっとするところだった」
「うわこわ!? いつの間におじさんの背後に!? あとデュラハンちゃんの指から鳴っちゃいけない系の音が鳴ってるけど何するつもりだったの!?」
シルヴァのおっちゃんがビビりながら俺の背後へ回り、ウザ絡みで抱きついて来る。
「魔物使いちゃ~ん。おじさん、腰抜かしちゃって立てないからおんぶして~」
ちょっ、男が抱きつくんじゃねぇ!
前々回ウィン夢の語録ネタを使っちまったから、色々と勘違いされるだろ!
ここはハッキリと否定しなくては!
「――俺、おっぱいのデカい娘しかおんぶしない主義なんで」
「クロエくん」
「魔物使い様」
女性陣から熱い視線が注がれるが、そんなに見つめられると照れを通り越して照り付ける眼差しで冷や汗が止まらないぜ。Wow Wow!
「……クロエくん。何か言う事は?」
「怒られてる途中でふざけ倒してすんませんでした」
そんなこんなで、俺たちはこの街の冒険者ギルドに到着した。
――冒険者ギルド支部、『紅日の山巓』亭。
それがこの大きな酒場の名前らしい。
年季の入ったテーブルがあちこちに並び、夕暮れ時であるのに、客足は多い。
どうやら大衆食堂としての側面もあるようで、冒険者以外もここを利用しているようだ。
「こういう店に来ると、なんだか全メニュー制覇してみたくなっちゃうんだよなぁ」
「……クロエくん。今の私達は食事の為に来たのではないぞ。泥棒確保の為のミーティングが先だ」
「分かってるって。でもさぁ、ブランさん。そろそろ夕方だし、いい匂いするしで、お腹すいちゃったんだよな……」
なんて、切ない気持ちでお腹をさすっていると――、
「いいよ。今日はおじさんの奢りだから、食べながらでも話そうか。皆、好きなモノを頼んじゃってねぇ」
マジか!
シルヴァのおっちゃん、めちゃくちゃ良い人じゃん!
「ユノリアちゃんも。遠慮せず食べなよ。エーテル教は、善意で誘われた食事ならいくら食べても問題ないんでしょ?」
「……ありがとうございます」
なんてやり取りを交わしながら、俺たちは空いたテーブルへ腰かける。
いやぁ、本場の中世ファンタジー世界の料理、楽しみだなぁ!
「俺はこの、『コカトリスの高級唐揚げ定食』と『数量限定、黄金卵のスープ』、ドリンクに『スコーリオ地方特産、搾りたて厳選果実ジュース』のセットで」
「……魔物使いちゃん? 遠慮なく高そうなのぶっこんで来たね……?」
俺がメニューを見ながら店員のお姉さんに注文すると、横からブランさんも顎に手をやりながら便乗する。
「では私はこの『フルーツ菓子盛り合わせ』をお願いしたい」
「……えっ。デュラハンちゃんも頼むの? っていうか、首無いのに食べれたの? おじさん、流石にこの人数は予想してなかったよ……?」
シルヴァのおっちゃんの笑みに大量の冷や汗が追加される。
まあ、俺も初めて知った時は驚いたよ。
頭と胴体が繋がってないデュラハンが食べれるなんて、普通は思わないよな。
「申し訳ない、シルヴァ殿。実は私も、そろそろ魔力を補充したくてな」
なんでも本当に飲み込んでる訳では無いらしく、食事を口内に取り込む事で、魔力に変換して自身のエネルギーに変えてるらしい。
アンデッドモンスターとして、人を襲わずに魔力を保つのに擬似的な食事が適してるんだとか。
まあ、料理の味を楽しむ目的もあるらしいが。
そうこうしている内に料理が運ばれて来て、湯気だった香りが鼻腔を刺激する。
ユノリアはシスターらしく、質素な料理を。
シルヴァのおっちゃんは、意外にもヘルシーそうな料理を頼んでいた。
運んできた店員を見た途端、ユノリアは何かを思い出したようにシルヴァのおっちゃんへ視線を投げた。
「――シルヴァ様。そう言えば先刻、ツケを咎められたばかりでしたよね。お金はちゃんとあるのでしょうか」
「今回もツケだよ」
「…………」
……食べていいのか、これ。
その場に微妙な空気が流れていると。
「――まったく。結局、貴様のツケを肩代わりするのはワシになるのだからな」
数人の騎士を引き連れ、老け顔の男性が俺たちの前に現れた。
「やあ領主様! こんな所で奇遇ですねぇ」
「何が奇遇じゃ馬鹿もんが! こんの悪タレが、ちっとも悪びれておらんようだな!」
「でもでも~、おじさんのツケならいつでも払ってくれるって言ったのはどなたでしたっけ~?」
「ぐぎぎぎぎ……!」
何やらシルヴァのおっちゃんと仲が良さそうだが、いったいどういう関係……って、今、領主様って言ったか。
「……ひょっとしてこの方が?」
「ああ。みたいだな」
ブランさんに尋ねると、小声で返ってくる。
そのままブランさんはゆっくりと席を立ち上がり、騎士らしくその場に膝をついた。
俺も慌てて彼女にならう。
「お初にお目にかかります。私はこちらの少年に仕える騎士にして、死の淵より蘇りし魔物――デュラハン。そして彼は、この街で冒険者を志す若き魔物使い、クロエ・ユキテルと申します」
「よ、よろしくお願いします……ぐえっ」
お辞儀の角度が足りなかったのか、ブランさんが俺の頭を軽く押さえて下げさせる。
そんな俺達を見て、老け顔の男性――この地方の領主様は、快活に笑ってみせた。
「ああ――いい。畏まらんでもよい。どうぞ座ってくれ。料理の代金もシルヴァ以外はワシが出そう」
「えっ。おじさんは?」
「お主は後でワシの屋敷の掃除でも手伝え。それでチャラにしてやる」
……どうやらおっちゃんのツケは、この領主様が尻拭いしてるようだ。
領主様は改めて俺達に向き直ると、シンプルなポーズで一礼をする。
「今のワシは領主としてではなく、一人の父親としてこの冒険者ギルドにやって来たのだ。そちらの魔物使いの少年――クロエ君と言ったか。報告には聞いておるが、どうも根っからの悪人には思えん。お主が女神メィチス様より『神装』を賜ったという話、ワシは信じておるよ。……まあ、物が物なのでにわかには受け入れがたいが」
すんませんでした。
女神様のパンツでイキっててホントすみません。
でもまあ、この街の全員が俺達を疑っている訳では無さそうだな。
領主様、優しそうな良い人じゃないか。
お付きの騎士たちの立ち振る舞いからも、心からこの人を慕っている感じが伝わってくる。
「それで領主様。ここへ来たって事は、下着泥棒の件について何か進展があったので?」
俺達が席に戻るのを見計らい、シルヴァのおっちゃんは領主様に尋ねる。
「うむ。エリク教祭父とも協議した結果、件の泥棒は悪魔憑きの可能性が高いという話になってな。娘を一晩、安全な場所へ匿う事になった。本当は教会が一番なのだが、あそこは孤児院も兼ねているため、万が一子供たちに危険が及んではいけない。なので、この街の冒険者ギルドの上役を交えて相談し、これから匿う場所を決めるのだ。――戦闘になる事を視野に入れてな」
……戦闘。
当然ながら、下着泥棒が本当に悪魔憑きだった場合、その取り憑いてる悪魔と戦う事になる。
確かに、チィディさんの言う通り、あんまり笑える事態じゃ無くなってきた感じだ。
「ところで我が娘――クリスティアも呼んで、共に話し合うつもりであったが――遅いな。てっきり護衛の騎士達と共に、もうギルドに着いていると思ったが――」
領主様があたりを見回すと――、向こうの席で、誰かが勢いよく椅子から立ち上がった。
「――お、お父様!?」
領主様の姿を見るや、駆け寄ってきたのは、ブロンドのウェーブがかった髪を靡かせた、可憐で清純なお嬢様――、
「おお、クリスティア!」
「お父様!」
護衛の騎士たちと共に領主様の元へやって来ると、仲睦まじい様子で、親子は愛の抱擁を交わし――、
「……クリスティア。お主、さてはこっそり食べておったな」
「ぎくっ」
そのお嬢様は華のような笑みのまま固まり、気まずそうに明後日の方を向いた。
……何か甘い香りがする。
よく見ると、口元にお菓子のあとが残っていた。
「あっ……! す、すみません。いけないと思いつつも、ついつい食べすぎてしまって。はしたないですよね。あはは……」
慌ててお菓子のあとを拭き取り、華のような笑みを浮かべる。
彼女が座っていたテーブルには……山盛りのフルーツ菓子がこれでもかと積み上げられていた。
……く、食うのか……アレを。
この細いお嬢様が……?
「――クリスティア・シャイン様。シャイン伯爵家はエーテル教の布教に尽力されていてね。彼女自身もエーテル教の敬虔な信者であり、祭日で女神様へ捧げる聖唄をその美声で詠み上げるんだよ」
「クリスティア様の詠み上げる聖唄は、スコーリオ地方の至宝とも称されております」
おっちゃんとユノリアが小声で俺達に解説をくれる。
……そうか、あのお嬢様がリュパンツに狙われてるクリスティア嬢だったのか。
……確かにものすごい美少女だ。
こんな美少女のパンツを狙うなんて、うらや……許せねぇぜリュパンツ・ザ・サートル!!
「でもお父様、心配されすぎではないですか? 翌日の祭日に浮かれきった方が行なった、イタズラという線もあります。皆様はどうお思いでしょうか?」
こちらに話を振られたので、思っている事を正直に答える。
気分はまるで怪盗のライバル警部だ。
俺はガラガラ声で返答する。
「いんや、リュパンツは必ずここへ来まぁす。奴ぁ、狙った獲物を絶対に逃しゃぁせん」
「クロエくんはリュパンツの一体何なんだ」
「変態同士、シンパシーでも感じられるのでしょうか」
ツッコミの時だけ恥じらいを捨てるブランさんと、無表情のまま辛辣な事をズバッと言うユノリアは置いといて。
あれだけ大っぴらに予告状をバラまいたのだ。
ただのイタズラにしては、手が込み過ぎている。
「おじさ……私も、リュパンツとやらはやって来ると思いますよ、クリスティア様。あまり公にはなっていないようですが、他の街でも、リュパンツによる被害は確認されております」
シルヴァのおっちゃんも肯定し、クリスティア嬢は若干不服そうに唇を尖らせた。
「……そう。残念ですわ。私も祭日に向けた準備のお手伝いをしたかったのですのに――」
「お主の目的は手伝いではなく、それにかこつけて料理の試食をする事であろうが……」
領主様が呆れながらため息をつき、クリスティア嬢は「あ、バレた」と言わんばかりに視線を逸らした。
……クリスティアさんって、けっこうお転婆そうなお嬢様だな。
「……ほれ、クリスティア。お主は先にギルドの応接室へ行っておれ。ワシももう少しシルヴァと話した後、そちらへ向かおう。――ああ、食事の邪魔をしてすまなかったな、お主たち。シルヴァは少し借りてゆくので、気にせず食べていてくれ」
「はいお父様。……では皆様。今晩はご迷惑をおかけしますね。また後ほど――」
そう言って、クリスティア嬢は護衛の騎士たちと共に奥へ去って行った。
……その背中を見送った後、領主様はシルヴァのおっちゃんに向けて、なにやら手招きをする。
シルヴァのおっちゃんは、苦笑いしながら領主様に付いて行き、向こうでコソコソと話し始めた。
なにか秘密の話でもあるんだろうか?
「……ふむ。なるほど。そう言う事か」
二人の男性の内緒話が、魔物であるブランさんには聞こえていたのか。
何やら感心したように腕を組んでいる。
「……なんだ? 何を話してるんだ、あれ」
「知れば無粋な人情話だ。私も聞かなかったことにするさ」
「……?」
そう言って笑い、ブランさんは自分の注文したお菓子を食べ始める。
食べてる彼女は随分と幸せそうだ。
そんなに美味しいんだろうか。
「……なあ、ユノリア。シルヴァのおっちゃん達は何を話してるか分かるか?」
「……シルヴァ様のお財布事情、ではないでしょうか」
ユノリアはそう言ったきり、無表情のまま料理を口に運ぶ。
咀嚼の回数が異常に多い気がするが……何か思う所でもあるんだろうか。
目もちょっと細めてる気がするし。
……ひょっとして、この場で知らないのって俺だけ?
「――ま、考えてもしょうがないか。いただきまーす」
俺も冷めないうちに、目の前の食事にありつくことにした。
なんにせよ、悪い話でないなら、ほっといても大丈夫だろう。
――お!
この唐揚げ定食、独特な感じで美味いな。
俺の見立てでは、この不思議な食感と味こそが、高級料理である所以に違いない。
「クロエくん。そこ、食べなくてもいい部分だぞ」
「…………」
「……ふぅ、おいしかった。ごちそうさまでした」
俺たちが料理を食べ終えた頃、シルヴァのおっちゃんは、領主様と共に戻ってきた。
何やらげんなりとした様子だが、いったい何を話していたのやら。
「……それにしても領主様。御息女、あんなに食べる子でしたっけね?」
おっちゃんがため息と共に尋ねると、領主様は遠い目をしながら答える。
「育ち盛りなのだよ。最近、妻に似てどんどん美しくなってゆく。……そろそろ嫁に出さねばならぬ年齢ではあるが……正直、娘をどこの馬の骨とも分からぬ輩とくっつけたくはないっ!!」
そのままぷるぷると身体を震わせ、見事な親バカっぷりを見せつけてくれる。
「親にとって子は何よりの宝だ。この世のどんな金銀財宝にも代えられない……いや、何かで推し量る事など到底できぬ、命を賭してでも守りたい宝――」
そのまま荒い息を吐くと、領主としてではく、一人の父親として、くるりと俺たちの前に衣を正す。
「……どうか、お頼み申す。下着泥棒などというふざけた輩から、娘を……クリスティアを護っていただきたい……!」
そうして頭を下げる姿は――どこにでもいる、子供思いの父親に感じられた。
……たとえ世界が違っても、子を思う親の気持ちは同じなんだろうな。




