第15話 仮釈放
「……以上で取り調べを終わります」
それからしばらくの問答を経た後。
そろそろ座りすぎでお尻の痛くなってきたタイミングで、俺はようやく取り調べから解放された。
ユノリアは最終的に善の方へ傾いた天秤をちらりと流し見、無表情のまま小さく息を吐いた。
心なしか、ものすごく精神的に疲弊したようにも見える。
いったい誰が、こんなひどい事を……。
「……誠に懐疑的ではありますが、天秤はあなたに下着泥棒としての罪を示しませんでした。示されたのは、あなたは一般的に「うざい」と思われる迷惑な人種であるという結果だけです」
「ああ。面と向かって無表情で言われると精神的に来るものがあるな」
少しはっちゃけすぎたか。
万人に受けるクールな主人公を目指している身としては、皆様から「うざい」だの「主人公変えろ」だの言われないように気を付けないとな。
「ではこれに懲りましたら、悔い改めるようにお願いします。ひとまず釈放です。念のため、冒険者のどなたかが監視につきますので、それまでそこでお待ちください。接収した所持品は問題の無いものだけ、後でお返ししますので」
それだけ言うと、ユノリアはその場から静かに立ち上がる。
「あっ、ちょっと待ってくれよ。俺から取り上げた女神メィチス様のパ……『神装』はどうなるんだ?」
俺はあわてて彼女を呼び止めた。
あんなのでも、俺がこの世界で生きていくために必要なチートアイテムだ。
物が物なので、きっちり返してくれるという保証がなければ困る。
「こちらは我々教会の者が預かっておきます」
ユノリアは、無表情ながらどこか嫌そうに、小さな小箱をポーチから取り出す。
どうやらあの小箱に、女神様のパンツが入っているらしい。
「天秤はあなたが嘘をついているとは示しませんでしたが、なにかの思い違いをされている可能性もございます。
――あなたが本当に、女神メィチス様より『神装』を託されたお方なのか。それはこれからの行いをもって判断させていただきます。では」
そう言って、ユノリアは今度こそ取り調べ室を後にする。
周囲を取り囲んでいた衛兵も撤収したので、この場は俺一人だけになってしまった。
しばらくした後、俺は独りでに呟く。
「……はぁ、やっぱりパンツは没収かぁ――」
どうしよう。
異世界モノでチートアイテムを取り上げられた主人公ってどうすりゃいいんだ?
今からでもパンツじゃなくて、別の物で無双する作品に路線変更した方がいいのだろうか。
考えてみりゃ、パンツがチートアイテムとかお下品この上ないからな。
よし。
この際、タイトルも変えてみるか。
「――異世界ゴリラ女騎士無双。よし、これで行こう」
「……何で行こうと言うんだ? クロエくん」
――気づけば、背後から異常な怒気を纏った優し気な声が聞こえてきた。
俺はギギギ……と汗まみれの顔で振り返り、般若のようなオーラを纏ったにこやかな笑みを浮かべる美人のお姉様に挨拶を交わす。
「命だけはお助け下さい」
俺にとって、命乞いとは挨拶に等しいほど慣れた行為だった。
「――ふむ。一部のアイテムは没収か」
なぜかたんこぶを作ってその場に正座している俺を気にもとめず、ブランさんは返ってきた俺たちの所持品を見て、気難しそうに腕を組む。
「この分だと、私の剣も返してくれそうにないな」
ブランさんの剣……『呪剣アダマス』とか言う奴か。
俺はその場から立ち上がりながらブランさんに尋ねる。
「なんか物騒な代物らしいけど、なんなのアレ?」
「使い手は非業の死を遂げるタイプのいわくつきな呪いの装備だ。実際、その通りになったしな。ははは」
ちっとも笑えないんですがそれは……。
「簡単に言うとだな。エーテル教と言う、このあたりで広く信仰されている宗派の聖典――そこで記されている、女神様が統治される前の主神――男の神を滅した呪剣だ。元は聖剣であったようだが、神の血を浴びた事で、強い呪いを帯びてしまった」
「思いっきり物騒な代物じゃねぇか!?」
神を殺した剣!?
なんでそんな曰くつきの物を、聖騎士だったブランさんが持ってたんだよ!
「あの時は私も青かったからな……。エンシェントドラゴ――魔物に街が攻め込まれた時、手頃な武器がなくて、教会に収められていたアレをつい――」
「“つい”で神殺しの呪剣を手に取ったのか……」
ブランさんはまるで自身のヤンチャ話を思い出すかのように、少し照れながら頬をかく。
……なんかエンシェントドラゴンとか言いかけてた気がするけど、通常の武器じゃ歯が立たない相手だったから仕方なく……って感じだったのかな。
「たとえこの身が呪われようとも……守りたいものがあった。きっと、かつて神を滅したという最初の使い手も同じ気持ちだったのではないだろうか」
そう言って、彼女を遠い目をしていた。
……人に歴史ありってことか。
これ以上深堀するのは野暮だろう。
それとなく話題を逸らすか。
「――ちなみに神様の血って俺の中では神聖なイメージがあるんだけど、どこを斬ったらそんなに呪われるんだ?」
「…………男の人の大事なトコロ」
「そりゃ呪われるわっ!!」
ブランさんはちょっと恥ずかしそうにボソっと答える。
ダメだ。この話題も変えよう。男として、これ以上は聞くに聞けない。
「ブランさんがテイム状態の時、剣が光り輝いてたけどアレは?」
「呪われているとは言え、元は聖剣だからな。聖なる魔力を強く込めれば、一時的に聖剣としての機能を取り戻す。錆びているように見えるのは呪いの影響で、別に本当に錆びついている訳ではない。刀身は常に清潔だから、調理の際は重宝するぞ?」
そっか……。
でも男の人の大事なトコロを斬り落とした剣を包丁代わりにするのはなんか嫌なので、次からは勘弁して欲しいな。
「――にしても、ひどい話だよなぁ。取り調べの最中、ブランさんの正体を誰も信じてくれなかったなんて」
ブランカ・リリィベル――ブランさんの逸話は、このあたりだと有名らしい。
それも……悲劇の定番として。
旧王国に尽くし、国に殉じた女騎士。
親友であり、幼馴染であった王女は、救援に現れることなく。
ブランさんの守っていた街は、ジャック率いる死神執行部隊によって無惨にも攻め滅ぼされた。
――旧王国。ブランさんの国は、既に現代では存在していない。
だからこそ、この時代の人は恐れているのだろう。
滅びた国の亡霊。それも、親友に見捨てられた――その時代最強と謳われた女騎士。
そんな存在が、この世を恨んでいないハズがないと。
「看守の反応だと、世間的にはブランさんはレイスナイトとして魔物化してる扱いなんだな」
ここにいるブランさんはデュラハンだ。
無論、レイスナイトとしても存在していたが、あちらはブランさんの残留思念から生まれた怨念。
こっちのブランさんは優しい美人のお姉様のまま。
「……ああ、そういえば思い出したぞクロエくん。看守の方から聞いたが……取り調べの最中、随分とふざけ倒してくれたようだな」
「やっべ」
笑顔だけ優しい美人のお姉様だ。
「――まあ、真面目な話。私の存在が恐れられているのであれば、正体は知られないままの方が良いだろう。――薄々分かってはいたが、マリィの愛した国が既に滅びているのは……少し堪えるがな」
そう言って、寂しそうに笑ってみせた。
「……だがまぁ、今はクロエくんの事がある。君が立派な勇者に成長するまで、私は成仏するつもりはさらさら無いからな」
「だから俺は勇者になるつもり無いってば。あるのは変態という意味での勇者――」
「私の前でそのようなふぬけた事を言う勇気。大したものだ。まずはその根性から鍛えるべきだろうか」
「あ、これ地獄の筋トレ生活24時が始まるパターン?」
……等と、そんな事を言い合っていると――、
「……お待たせしました」
取り調べ室の扉が開き、シスター・ユノリアが誰かを連れて入って来た。
俺たちを監視する冒険者……だろうか?
「どもー。元・S級冒険者のシルヴァおじさんでーす」
何やら胡散臭そうな笑みを浮かべたおっちゃんが、ひらひらと手を振って挨拶してきた。
……って、元・S級!?
なんか随分凄そうな肩書がやって来たが――。
「そこのデュラハンちゃん、『呪剣アダマス』の使い手だって言うじゃない? 本気で暴れられたらこの街の冒険者が束になっても勝てなさそうだけど――ま、一応フットワークの軽い最大戦力を監視に充てるって方向で、おじさんとユノリアちゃんが選ばれた訳よん」
シルヴァと名乗ったおっちゃんはペラペラと喋りながら軽快に笑う。
見た目は軽装で、武器らしいものは見当たらない。
魔法使い系の後衛職だろうか?
「――なるほど。暗器を隠し持っているな。暗殺者の類か。私に勝てない場合を想定し、いざとなれば術者であるクロエくんを葬る算段だな」
ブランさんはシルヴァのおっちゃんと油断なく視線を交わす。
おっちゃんは胡散臭い笑みを浮かべながらも、おどけた調子を崩さない。
「御名答――と言いたいところだけど、ちょっと違うかな。どうやらおじさんの“切り札”は、デュラハンちゃんの時代には存在しなかった武器らしいね」
「ああ。何かの魔道具のようではあるが、構造まではさっぱりだ」
なんだか強者どうしのやり取りっぽい風格だ。
戦う前から戦いが始まってる、みたいな。
――それにしても暗器、か。
ナイフとか針とかの隠し武器を仕込んでるのか?
じゃあ、目の前のだらしなさそうな佇まいはフェイクって事か。
「――えっ。って事は俺、このおっちゃんに命狙われてんの!?」
「反応が遅いぞクロエくん。命を狙う云々は、あくまでも私たちが街に害成す存在であった場合の話だろう。ちゃんと真面目にやっていれば心配はないさ。これを機にクロエくんは少し真面目になりなさい。いやマジで」
ブランさんはジト目で俺の肩をポンと叩く。
真面目にやらないと俺は殺されてしまうのか。
しょうがない……。
俺はブランさんにグッと親指を立てる。
「ブランさん。俺の墓は、女の子の着替えが良く見えそうな場所に建ててくれ……」
「おい」
だって俺、真面目にやろうとしてもどっかでポカやらかしそうだし……。
そんな俺たちを見て、先程まで無言だったシスターが、ボソっと呟く。
「わたしも、御一緒……ですか」
無表情だが、すげー嫌そうな感情が伝わって来る。
「あらら~嫌われちゃったねぇ魔物使いちゃん」
「シルヴァ様とも普通に嫌です」
「おじさんも!? おじさん超ショック!」
どうやらこのメンバーは、一癖も二癖もありそうだ。
まあ一番マトモなのは俺だろうけどな。
「「「それはない」」」
おっと、既に息ピッタリじゃんね。




