第14話 ゴミを見るような無表情から始まる出会い
……誰にでも、人生で一度はやってみたいシチュエーションがある。
俺の場合は、鉄格子を握り締めて「俺は無実だ~」と叫んでみる事かな☆
「俺は無実だァァァァァァァァァッ!!」
血涙を流しながらの慟哭も虚しく、薄暗い地下牢では、俺の叫び声は元気な山彦みたいに帰って来るだけだった。
「……まったく。まさかクロエくんの変態性が、こんな所で牙を剥くとは……」
ブランさんは魔物の為か、俺とは違い、何重もの鎖や枷で厳重に縛られている。
向かい側の牢で、極悪犯罪者みたいな拘束をされながらため息をついていた。
でもブランさんってゴリラだし、こんな拘束でも簡単に引き千切れそうだよなぁ。
……なんて思ったり。
「……クロエくん。ここから出た後、覚悟の準備をしておいて欲しい」
にこやかな笑みでキレながら言われ、俺はすぐさま土下座へ移行する。
流石ブランさん。縛られていようと、放つオーラは変わらない。
「……真面目な話。この手の拘束具はスキルや魔法を封じ、身に付けた者のステータスを下げる代物だ。いくら私でも、こうまで縛られてはどうする事も出来ないだろう」
「えっ!? じゃあ俺達ここで詰んだって事!? 捕まるぐらいなら、ブランさんのパンツって言い張るか、抵抗して一旦逃げるのが正解だった?」
正直、ブランさんがいるなら捕まっても最悪どうにかなるかもと思っていたが、軽率な判断だったのだろうか。
「いや、別に心配はない。おそらく取り調べには、罪の重さを量ると言う『神装』を用いるだろう。クロエくんの潔白が証明されれば、ここからすぐにでも出られるはずだ。
あと私はあんな破廉恥なもの持ってない」
けっこう清楚なパンツだと思ってたけどブランさんの中では違うのか。パンツ界隈は奥が深いな。
……っていう冗談は置いといて。
――『神装』。
確か、色んな女神様の加護や権能を持つ聖なる装備品……だっけ?
当然ながら、俺の持っていた女神メィチス様のパンツ以外にもあったようだ。
「罪の重さを量るって言う『神装』……。ひょっとして、裁判の神様的な存在の?」
「ああ」
なるほどな。
ファンタジー世界なら、魔法の道具で罪はお見通しって訳か。
下手に逃げ回って状況をややこしくするより、一旦捕まって確実に冤罪を晴らす方が確かに良いもんな。
「だったら良かった。下着泥棒の……それも領主様の一人娘を狙った事件の冤罪で捕まるなんて、どんな罰を受けるかわかったもんじゃないもんな」
ひとまず光明が見えた事で、俺は幾分か落ち着きを取り戻した。
「……クロエくん。それはいくらなんでも落ち着きすぎではないか……?」
「ん?」
リラックスがてら、鉄格子を使って軟体遊びをしていたらブランさんに突っ込まれた。
「……ていうかブランさんこそ何やってるんだよ」
「これか? 拘束下でもできる筋トレだ」
「やる意味あんのかそれ」
そんな感じで取り調べの時間まで互いに暇つぶしをしていると――。
「ひっひひっひっ……」
斜め前方の格子から、まるで老婆のような笑い声が聞こえてきた。
「ん?」
「そこに誰かいるのか?」
俺とブランさんが声をかけると、声の主は牢の奥から姿を現す。
その人物は、老婆のような笑い声に反して、見た目は若々しく、中華風衣装の妖艶なお姉さんだった。
「失敬。ワタシ、薬師やら占いやら色々やってる、チィディと言う者ネ。よろしくアル」
どうやら俺たち以外にも誰か捕まっていたようだが……。
そのお姉さんはエセ中国語っぽい口調で喋っており。
牢の中であるのにどこから持ち込んだのか、キョンシーのような長い袖でキセルをすぱー、と吹かせながら格子に身を預けている。
……異世界でエセ中国語とか何だよと思うかもしれないが、【言語理解:EX】で自動的に訳された言葉がそう聞こえるんだから、仕方ない。
「……この街を騒がす下着泥棒事件。……あれはたぶん、想像以上に根の深いものの前振りネ。今はまだ笑える範疇で済んでるけど……はやくしないと、この街が滅びてしまうかも……アル」
「はぁ……」
チィディさんは、意味深な笑みを浮かべながら、胸を格子に押し付ける格好で、煙を色っぽく吐き出している。えっちだ。
……まあ、建物内でタバコはやめて欲しいけど。
「……って街が滅びる云々ってのは聞き捨てならないよな。いったいどういうことなんです?」
チィディさんに尋ねると。
彼女は胡散臭い笑みを浮かべて、格子からキセルを持った右手を突き出した。
そして、なにかを催促するかのようにひらひらと振っている。
「……えっ。お金取んの? 牢屋の中で?」
「違うアル。火が消えそうだから、そっちの牢の灯りから点けて欲しいネ」
「ああ……。はいはい」
向こうの牢は真っ暗なあたり、灯りはついてないようだ。
俺は牢の隙間からぐにゃぐにゃっと身体を出すと、チィディさんからキセルを受け取る。
そして、何食わぬ顔で自分の牢へにゅるんと戻ると、壁に備えられた灯りへキセルを近づけた。
キセルの点け方とか知らないが、適当でいいだろ。たぶん。
「……なあ、クロエくん。いまさらっと牢を抜け出さなかったか?」
「気のせいある。細かい事は気にしないね」
「ワタシの話し方パクんなアル」
……さっき軟体遊びをしてる時も思ったけど、なんかこの牢、格子が緩い気がするんだよなぁ。
あれかな。中世ファンタジー風の世界だから、設備のレベルもそこまで高くないのかも。
「はい。キセルに火、点けましたよ」
「謝謝~♪」
相変わらずエセ中国語っぽい喋りで受け取ると、チィディさんは満面の笑みでキセルを咥える。
……そのまますぱー、と、だらしなく頬を緩めながら煙を吐き出した後。
「……悪魔憑き、という現象は知っているかしら?」
――途端に真面目な表情となり、静かに唇を開いた。
いや普通に喋れんのかよ。
「悪魔憑き……」
何やらブランさんは知ってそうな反応を見せるが、名前の通りなら、この街に悪魔とやらが潜んでいるって事か……?
俺たちの疑念をよそに、彼女は話を続ける。
「――この街に潜む悪魔たちの気配。恐らく狙いは、呪いの血族……」
そのままチィディさんの次の言葉を待っていた瞬間――。
「――おい。クロエ・ユキテルとか言ったな。出ろ、取り調べの時間……うわキモっ!? なんだその軟体遊びは!?」
タイミング悪く看守がやって来て、チィディさんの話は中断された。
……そういやさっきから軟体遊びのポーズのままだったな。
「ああ、すんません。いま抜け出すんで、ちょっと待っててください」
ぐにゃぐにゃっ。
にゅるん。
すぽっ。
ぴちょんぷす。
「なんか今変な擬音混じってなかったか?」
「気のせいあるブランさん。細かい事は気にしないね」
そうやって格子から抜け出すと、俺は看守さんの肩に手を置いた。
「さ、取り調べっすよね。行きましょう」
「いやあの……まだ鍵……開けてないんだけど……」
……おっと、いけねぇ。
囚人が勝手に牢から出てきちゃ駄目だよな。
「すんません看守さん。もっかいさっきのシーンからやり直しましょう。俺が看守さんの役をやるので、看守さんは囚人役としていったん牢屋に入ってください」
「さらっと立場逆転させないでくれるか?」
「看守さんは欲張りだなぁ。分かりましたよ。配役はそのままでやり直しますね」
「……なぁ。なんで普通に職務を全うしようとしてる自分が囚人に怒られてるんだ? というかやり直す必要あるのか?」
「うちのクロエくんが本当に申し訳ない……。――あとで説教だな」
なんか怖い事言ってるブランさんは置いといて。
俺は何食わぬ顔でもう一度牢屋に戻り、「――おい。クロエ・ユキテルとか言ったな。出ろ、取り調べの時間……うわキモっ!? なんだその軟体遊びは!?」のシーンからやり直すことにした。
「……はぁ……もう考えるのはよそう。……なあ、大したスキルやステータスも無いようだから拘束はしていないが……、抵抗すれば、自分の首を絞める事になるからな? 頼むから俺たちの仕事を増やすなよ? いやマジで」
「へーい。んじゃ、行ってくるよブランさん」
「クロエくん。頼むから取り調べは真面目に受けるんだぞ。いやマジで」
俺はドン引きしながら先導する看守さんに付いて行く形で、ジト目のブランさんに手を振りながら地下牢を後にする。
……と、そうそう。チィディさんにも声をかけとくか。
「チィディさんも。よく分かんないけど忠告ありが……」
……あれ?
「おい、どうした。はやく歩け」
「……いや、その……。さっきそこの牢に、中華風の妖艶なお姉さんが……」
「……? 何を言っている? その牢はしばらく罪人なんて入っていないぞ?」
……えっ。
ゾワッとしながら牢を二度見すると、そこにいたはずのチィディさんは姿を消して――。
「い、いない……!?」
さっきまでそこにいて会話していたハズなのに!
いつの間にか、幻のように姿を消して……!
「ZZZZ……」
「……って、寝てるだけかよ!?」
びっくりした!
急に横になったから、消えたように見えたんだな!
「あっ……この女、また勝手に宿屋感覚で牢に忍び込んで……! 前に大きな地鳴りがあってから、ここの牢屋は外に繋がるようになっちまってなぁ……」
「それで罪人を入れないようにしてたのか。出入り自由で意味がないから」
「まあ……」
なるほどな。
チィディさんの牢に灯りが無かったのも、そもそも使われていない場所だったからか。
……となると、俺の牢の格子が緩んでたのも、ひょっとしてその地鳴りのせいだったり?
「……うーむ。大丈夫なのか? この街の警備は……」
根っから真面目なブランさんは、自分が捕まってる事そっちのけで、この牢屋の将来を憂いていた。
取り調べ室へ通された俺は、数人の衛兵に取り囲まれたテーブルへ座るよう促される。
言われるがまま着席すると、向かい側には無表情の美少女シスターが、人形のような緋色の瞳でこちらを見つめてきた。
「……どうも」
軽く会釈をするが、反応は返ってこない。
……だぶん、年齢は俺と同じか一つ二つ下くらいだと思うが、えらく無口なシスターだなぁ、と感じる。
べールから流れる闇色の髪に、生気の感じぬ可憐な緋色の瞳。
そして、ラインの出にくい黒の修道服からでも分かる程のスタイルの良さ。
ロリ巨乳ってまさにこんな感じの娘を指すんだろうなぁと、ひそかに思ったり。
「邪な視線を感知しましたが」
「気のせいある。細かい事は気にしないね」
……この喋り方、そろそろマンネリしてきたな。
俺の内心を知ってか知らずか。シスターは抑揚のない声で話し出した。
「わたしはシスター・ユノリア。これからあなたの取り調べを担当するC級冒険者のプリーストです」
ユノリア――そう名乗った少女は、次にテーブルの上に置かれた物に手のひらを向ける。
「こちらの天秤は、善悪を測る女神ティユース様の権能を秘めた『神装』です。
審判の対象となる者はまず、こちらの天秤に手を触れていただき、魔力を少し込めてもらいます。こちらからの質問に答えるたび、善の秤と悪の秤が傾いていき、最終的に善悪の比重によってあなたが罪人であるか否かが決定されます」
概ねブランさんの予想通り、取り調べには『神装』が使われるようだ。
テーブルの上に置かれた天秤には何も置かれておらず、左右均等に揃って鎮座している。
分かりやすく天秤の皿は白と黒で分かれており、そのまま白が善、黒が悪を意味するようだ。
「それでは取り調べを行いますので、まずは魔力を込めてください」
抑揚のない事務的な声に促され、俺はそっと天秤に手を触れる。
――が、そこで一つの重大な事実に気が付いてしまった。
「……えっと。まず、魔力を込めるってどうすりゃいいんですかね?」
…………。
その場に沈黙が痛いほど流れる。
……すんません。
たぶん、この世界では当たり前に誰もができる事なんでしょうけど。
生憎と俺は、魔法とは無縁の世界で生まれ育った身なもんで。
スキルの発動はなんとなくで出来たが、こうして道具に魔力を込めろとか言われても、どうすれば良いのか分からないのが現状であった。
――そんな俺の痴態を見て、目の前のシスターは無表情のまま息を吐く。
「……赤ん坊でも出来る事をとぼけてゴネる、と」
「おい!? いま悪の秤に分銅置きやがったな!?」
シスターはテーブルの引き出しから分銅を取り出すと、天秤の悪を示す皿の方にためらいなく置いた。
天秤はわずかに傾き、俺の罪を示す重さが加わってしまう。
「天秤の効果が発動する前からあなたの審判は始まっております。今後も不要な事をすれば、こちらの分銅であなたの罪がかさ増しされてゆくことでしょう」
くそっ……いきなり冤罪が強まってしまった。
すまねぇブランさん。これに関してはホントにごめん。
でも本当に魔力の込め方なんて分からないんだってば!
尚も歯噛みする俺を見て、シスターは無表情の瞳をかすかに細める。
「……まさか本当に知らない……。……。……では今からわたしの言う通りに。身体の力を抜いて、腕を流れる血流が、指先へ集まるような感覚で」
言われた通りにしてみると……淡い光が、俺の指先からかすかに溢れ始めた。
そして、それぞれの天秤の皿に白と黒の炎のようなものが浮かび上がる。
「おおっ! なんか出た! これが俺の魔力なのか!」
「よっわ」
「弱い言うな!!」
……まいった。
俺、このシスターの娘、苦手だ。
その無機質な緋色の瞳に射貫かれると、まるでゴミを見るような目で蔑まれているかのように錯覚してしまう!
『みたい。ではなく、実際に見られてるのでは……』
頭の中のイマジナリーブランさんが、呆れながらため息をつく。
ほっとけ。
「では、改めてあなたへの審判を始めます。こちらの質問に、正直な気持ちで答えてください。たとえあなたに罪の意識がなくとも、嘘をつけば天秤は悪の方へと傾きます。――この場で試されるのは、あなた自身のまっさらな心なのですから」
「分かりました。正直に、まっさらで、ありのままの気持ちで答えます」
「それがよろしいかと」
――言質は取った。
本当にまっさらでありのままの気持ちで応対するけど、別に構わないんだな。
いいんだな? 本当に?
「フハハハハハ!! クロエ劇場の始まりだぜ!!」
「何を笑ってらっしゃるのですか。分銅を増やしますよ」
「……」
「急に黙らないでください」
――こうして、俺への取り調べが厳かに始まった!
問1
じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?
A. 16歳です。
問2
16歳? もう働いてるの?
A. 学生です。
問3
学生? あっ、ふ~ん。
――(中略)――
えっちなこととか好き? 毎日やってる?
A. うん、大好きさ! やってますねぇ!
問4
……待ってください。勝手に記憶を捏造しないでください。
わたし、上記の質問は一切口にしてません。いい加減頭にきますよ。
A. (これ指摘したらウィン夢厨だってバレるな……)
……そんなこんなで取り調べは順調に進み。
シスター・ユノリアは、無表情ながらも、どこかゴミを見るような目で俺を見つめている。
ちなみに天秤は善の方へ大きく傾いているので、その場を取り囲む衛兵の皆様は額に青筋を浮かべながら非常にイライラされていた。
だって別に嘘はついてないしな。
――この場にブランさん(ツッコミ役)がいないおかげで、俺は好き放題ボケ倒せるってスンポーよ。
フハハハハハ!! ブランさんを隔離した事をたっぷり後悔しな! 後でブランさんにチクられでもしない限り、俺は怖いもんなんかねぇぜ!!
後でブランさんにチクられでもしない限りな!!
「……では、次の質問です。こちらの武器についてお尋ねしたい事がございます」
「うん?」
シスターが合図を送ると、部屋の外から、何やら神聖そうな衣に包まれた大剣が運び込まれてくる。
そのシルエットには見覚えがあった。
「――あ。これブランさんから取り上げた錆びてる剣じゃん。呪いの装備だとかで勝手にブランさんの所へ帰っていくらしいけど、今は大丈夫なのか?」
「こちらの聖布で全体を包み、神聖魔法の使い手数十名で封印を施しました。……もっとも、物が物ですので、数日しか保てないと思われますが」
……えっ。この剣ってそんなにヤバイ代物なのか?
てっきりブランさんが魔物化した際に元々持ってた剣が呪われたもんだと思っていたが――、それにしてはなんか取り扱いが厳重だよな。
テイム状態で白銀に光っていた状態だったとは言え、今日のお昼にブランさんがこれでスライスした果実食っちゃったけど大丈夫だろうか?
「……この剣はどちらで入手されたのですか」
「いや、ブランさん……俺のテイムモンスターのデュラハンさんが初めから持ってたから、俺に聞かれても分からない」
こっちだって知りたいよ。
またお腹壊して(およそ人体より発せられる芸術的な美しき駄音)を奏でてしまってもかなわないし。
「この『呪剣アダマス』を最後に所持していたのは、記録上では旧王国の時代に活躍したとされる女騎士、ブランカ・リリィベルと記されております。まさかあなたの従える魔物が、そのブランカ・リリィベルとでもおっしゃられるのでしょうか」
シスター・ユノリアがそう切り出すと、その場にいた人たちが、途端に目の色を変える。
「ばかなっ! ブランカ・リリィベルは死後レイスナイトとなっていたはず!」
「デュラハンと化していたなど、どこの記録にも残っていないぞ!」
おいおい。
よく分からんが、どうやらネット小説の『俺なんかやっちゃいました?』展開ができそうになってきたな。
俺は椅子の上で足を組み、意味深な笑みを浮かべながら前髪をふぁさぁ――と、かき上げる。
「……別に? 俺はただぁ……“普通に”ブランさんをテイムしただけだが……?」
その場でしばしの沈黙が流れたあと……。
――カターン。
天秤が悪の方へ勢いよく傾いた。
「おいいいいいいい!? 今の俺なんかやっちゃいましたかぁぁぁぁぁッ!?」
「不快罪とかじゃないでしょうか」
「そっかー」
ゴミを見るような無表情でそう言われると、本当にそんな罪状がありそうな気がしてならなかった。




