第二話 浴槽の二人
ちょっとえっちぃ表現があります。
お嫌いな方は逃げ帰ってください。
アナスタシアが揺り椅子を押して風呂場に着くと、マルグリットは言った。
「降りるわ。アナ、杖になってちょうだい」
「はい、マルグリット様。どうぞお身体をお預けください」
アナスタシアが揺り椅子を固定し、マルグリットの前に回り込んだ。それを受け、マルグリットはまだ健在な右足と左手を使って椅子から倒れ込むように降り、アナスタシアによって抱き留められた。
良い香りがする、と、それぞれが思った。
「上手よ、アナ。それじゃあ教えるから、湯を沸かして」
「恐れ入ります。ご指導のほど、よろしくお願いします」
「もう。そんなに距離のある受け答えは、やっぱり寂しいわ。いっそ妹だと思って?」
マルグリットは羞恥に少し頬を染めながら、アナスタシアへの甘えを囁いた。
身体を杖として支えたアナスタシアは密着しすぎており、その表情までは分からなかった。しかし、その甘い声色と、脳髄を痺れさせるような、マルグリットの発する甘い腐敗臭が、心のどこかに変化を生じさせた。
「わかりました。小屋では、姉様とよく呼ばれていました。アナでも、姉様でも、何でも。好きな呼び方で呼んでください。わたくしは、ただマルーと呼びます。良いですね?」
柔らかく微笑みながらそう告げるアナスタシアの表情は慈愛に満ちていた。その表情と言葉を受け、マルグリットは自分が受け入れられたと、この時ようやく思った。内心は、ずっと怯えていたのだった。
そしてマルグリットは、アナスタシアが選ばれた理由と、軍部の聖女管理局の強さを改めて理解した。
「じゃあ、アナ姉様。今日はそう呼ぶ。ねぇ姉様。抱き締めて?」
「ええ、もちろん。こうすると、暖かいですね」
アナスタシアは自分より少し背の低く痩せた身体のマルグリットを優しく抱きしめた。
「アナ姉様は、柔らかい。私とは違うわね」
「はしたない身体に育ってしまったとは、多少自覚しています。けれどこれはこれで、まだ赤子のまま預けられた子を安心させるために便利だったりと、レヘム神がそのように、わたくしをお作りになられたと思っています」
アナスタシアは丁寧に伸ばされた長い亜麻色の髪と碧の目、小屋を出る時に妹達から貰った碧の髪留めが印象的だが、教会横の小屋の食生活の割によく発育した身体を持っていた。自分の大きめの乳房が、幼い妹達にとって、母代わりになる事は経験から知っていた。
マルグリットは細く美しい金糸の髪に、王族の象徴たる赤い瞳。甘ったるい香りと、痩せた細い体。背は元から小さく、失った右手と左足の膝下のせいで、更に小さく見える少女であった。そんなマルグリットにとって、前任者とは違う瑞々しく豊満なアナスタシアの身体は、強い好奇心の対象となった。
「さて、と」
抱きしめ合いながらマルグリットが説明を始める。
「燃料はそこ、着火はそっちの機械式の物を使って。それでお湯を沸かして、浴槽に水と混ぜて入れるの。私は少し熱めが好き。アナ姉様は?」
「マルーに合わせますよ。熱いお風呂、小屋ではそもそも水浴びしかできず、冬に公衆浴場まで残り湯を貰いに行った事しかないので、初めてなんです」
「そうなのね。じゃあ、一緒に楽しみましょう。私はここで座っているから分からないことがあったら聞いてね」
「マルー、ありがとうございます。そのために、揺り椅子から降りてくれたのですね」
「違うわ。気分よ」
マルグリットの本心は、ただアナスタシアと離れたくないと言うだけであったが、羞恥心が勝り、そうとは言えなかった。
両の手足を自由に使い、湯を沸かし始めたアナスタシアの姿は、マルグリットには眩しかった。
湯が沸くまでの間は、事務的な話をした。必要なものは書簡経由で全て手に入ること、衣類の選択など、直接的な接触を行わないことは、外部に頼める事など。
「では、仕事としてはお風呂の支度と、それから、マルーの身辺を支えること、ぐらいなのですね」
「ええ、そのぐらい。アナ姉様は、私だけを見てくれていればいいの」
「ふふ。マルーは甘えん坊ですね。ずっと見ていますよ」
微笑むアナスタシアの姿に、マルグリットは嫌味なく、私なんかよりも余程アナスタシアの方が聖なる乙女であると思った。この優しい姉を犠牲に巻き込む事は辛いけれど、独占できる事。それは小屋で身を寄せあっているであろう妹達に対する優越感を齎した。
聖女とは、聞こえがいい名のついた軍事兵器である。魔瘴気を吸収して自国領を守り、魔瘴気を求める魔物を後退させる。
聖女無くしては戦争は成立しない。敵国と魔物に挟み撃ちにされてしまうからだ。おそらく、敵国も聖女を擁しているだろう。その継ぎ目が戦況を分かつ。
グツグツと湯が沸く前頃に、マルグリットは言った。
「そろそろ入れそうね。アナ姉様、火傷に気をつけて、お湯と水を入れて?」
「はい。わかりました。マルー、大人しく待っていてくださいね。すぐに戻りますから」
そう言ってアナスタシアは水の蛇口と湯の蛇口を捻り、手で温度を確かめながら風呂の用意を整えた。
「お待たせしました。衣類は、わたくしが脱がせて良いですか?」
「ええ、お願い。ひとりじゃ出来ないの」
では、と声をかけ、マルグリットの纏うローブを脱がせ、頭に布を巻いた。露わになった肢体は想像通り薄く、聖女の庭を囲む石柱なんかよりも余程白く美しかった。薄い胸に実る、まだ未発達の薄い桜色の蕾は、男であったならば生唾を飲み込んでいた事だろう。けれど、美しいことはわかっても、アナスタシアにとっては妹達の身体で見慣れているものであり、深い意味は持たなかった。
「連れていきますね」
そう声をかけ、アナスタシアはマルグリットに肩を貸し、浴槽へと運んだ。浴槽は低い位置に作られており、階段で下って入るか、坂を下って入るか、選べるようになっていた。
「このまま私を連れて行くと、アナ姉様が濡れてしまうけれど、良いの?」
「構いませんよ。先程確認した時、今日の分だけでなく、数日分の手布と寝衣は用意されていました」
そう言って階段の側から、裸体のマルグリットを浴槽へと連れ込んだ。
「ああ、温かい。アナ姉様も一緒に入って?」
「はい。少し待っててくださいね、マルー。すぐ脱ぎますので」
アナスタシアは脱衣場へと戻り、ローブを脱ぎ、髪留めを器用に使って、長い亜麻色の髪を頭上にまとめた。その身体もマルグリットと同じように白く、小さな傷は多々あれど、毛穴など無いような肌のキメ細やかさだった。全身が描く大きな曲線が艶めかしく、一際、大きな乳房が目を引いた。マルグリットはふつふつと湧き上がる感情を自覚しながら、その裸身を浴槽から眺めていた。
「お待たせしました。わたくしも入りますね」
そう一声かけて、アナスタシアも浴槽に入る。マルグリットは不自由な手足を器用に使い、アナスタシアへと寄り添った。二人で入るにも十分な広さのある浴槽であったが、マルグリットには広すぎたようだった。
「ねぇ、アナ姉様。貴女、本当に綺麗ね。王家の私の方がよっぽど貧相。いじけちゃうわ」
「マルー。貴女もとても綺麗ですよ。わたくしは、このようなはしたない身体よりも、貴女のような引き締まった身体に憧れます」
「お互い、無い物ねだりね」
マルグリットは笑った。アナスタシアが慰めではなく、本心からそう言っているような気がしたからだ。
「ねぇ、アナ姉様。身体を洗って? 髪は今日はいいから」
「はい。ここで洗えば良いですか? 石鹸は?」
「そこの棚にあるから、それを。アナ姉様も使って良いわよ。私は縁に座っているから、お願いね」
アナスタシアは浴槽を出て、石鹸を手に取る。良い香りがした。
「マルー、では洗いますね」
洗い布と石鹸を手に持ち声をかけると、マルグリットが止めた。
「私、肌が弱いの。洗い布ではなくて、手で洗ってくださるかしら」
「はい。わかりました。じゃあ、くすぐったいかもしれないけれど……」
石鹸を手につけ、アナスタシアはマルグリットの身体を洗い始めた。腕から始まり、上半身を。
この時アナスタシアは、改めてマルグリットの腐食し欠落して変形した、木の葉型となった耳をじっくりと見た。
アナスタシアはその耳について、伝説にある妖精のようだなと思いながら、淡々と洗い進めていった。首筋、脇や乳房などを洗う際には、マルグリットから小さな吐息が漏れた。下半身を洗う際には、更に艶かしい声が漏れた。
「アナ姉様に、全身触られちゃった。もう、私の身体は、アナ姉様のものね?」
のぼせかけなのか、上気して赤く染った頬で、マルグリットはアナスタシアに語りかけ、その腕にすがりついた。
「マルー。わたくしが貴女のものであるように、貴女もわたくしの大切なものですよ。だからそんなに寂しがらないで」
アナスタシアはそう言ってマルグリットを抱きしめ、浴槽の湯を使って石鹸を洗い流した。
そしてそのまま、アナスタシア自身の身体を洗い始めた。マルグリットに習って今日は髪を洗わない。乾かす手間を考えたら初日としては妥当な判断だろう。左腕から順に、身体を洗っていく。出来るだけ手早く済ませたかったが、大きな乳房の下は少し丁寧に洗わなければ、汗疹になるため必然的にそこを洗う時間が長くなった。
「ねぇアナ姉様。私もアナ姉様のこと、触ってみたいわ」
「構いませんよ。私の身体はマルーのものです。遠慮なく」
そう答え、アナスタシアは浴槽へと戻ると、マルグリットへと身を寄せた。
マルグリットは一度アナスタシアを抱きしめると、その左手でアナスタシアの乳房を触った。
「大きくて、柔らかい。私のはほとんどないようなものだし、私のこの左手が腐って無くなってしまったら、二度とさわれないのね。寂しいわ」
「ふふ。では、今のうちに好きなだけ触っておいてください。わたくしは、大丈夫ですよ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
一頻り、マルグリットがアナスタシアの身体を堪能したあと、二人はのぼせ上がる前に風呂を出て、寝衣に着替えた。
マルグリットの提案で、夕食は保存食そのままで良いことになり、そのまま食卓へと向かった。
アナスタシアはマルグリットを食卓に座らせると、浴槽を洗いに戻ろうとしたが、止められた。
「それは明日で良いわ。明日、私が庭に出ている時にでもやって。今夜は、一緒に食事をしましょう。良いでしょう?」
「はい。ではそのように。自分で食べられますか?」
「まだ大丈夫。でもそう遠くないうちに、食べさせてもらう事になるから、この一瞬ごとを大事にしないとね」
「それは……はい。今は共に食卓を囲みましょう。慈愛の神レヘムよ、今日の糧、今日の恵に感謝します。これからも試みに合わせず、我らを救い給え……」
二人は今夜と翌朝の動き方を話しながら、まだ固くなっていないパンと干し肉、生ぬるい水を食した。
左手だけでそれらを食べるマルグリットの姿は、事情を知らなければいっそ無作法者にさえ見えたが、アナスタシアにとっては深い同情を禁じ得ない、大切な妹の姿になりつつあった。
夕食が終わり食器を片付けていると、マルグリットが言った。
「ねぇ、アナ姉様。一緒に寝てくれる?」
「はい。もちろん。貴女は小さくて可愛らしいから、狭い寝具でも平気そうですね」
「もう。その言い方。アナ姉様じゃなかったら嫌味よ? アナ姉様と寝たら、柔らかくていい匂いがして、よく眠れそう。夜は嫌いだったけれど、今夜から好きになれそうね」
クスクスと笑いながら、マルグリットは王族の仮面を完全に剥がし、もはやアナスタシアを信頼しきっていた。
次回、ベッドイン(意味深)




