第六話:少しのハプニングと彼女の日常
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
17:31からスタートした一挙投稿も、この第六話にてついに結末となります。
美女の部屋に隠された「鴨川の石」と「壁一面のポスター」。
駆と莉子、そして妹の柚葉の3人で挑む「お片付け」の結末、そしてお風呂上がりのドキドキハプニングの結末を、どうぞ最後まで見届けてやってください!
気まずい朝の空気をやり過ごしたところで、俺は本題を切り出すことにした。食器を綺麗に空にしたタイミングで、居住まいを正して彼女に提案する。
「莉子さん。昨日話していた、あの部屋のことなんだけど……今日、帰る前に少し片付けない?」
「片付け……?」
「うん。実家の寺の息子――宗佑ってやつにさっき相談してみたんだ。そしたら、やっぱりあの部屋の状態は精神的にもかなり良くないって言われて。だから、まずは原因になりそうなものを整理しよう」
俺は具体的な解決案を並べた。
「まず、ベッドの足元にある鴨川の石。あれは一旦、すべて部屋から出して、ベランダにでも置いておこう。ゴミとして捨てられる機会があれば、その時に処分する。それから、壁と天井のポスターだけど……」
「……捨てるのは、ちょっと寂しいかな」
莉子さんが少し寂しそうに声を落す。
「捨てる必要はないよ。ただ、これだけの数が貼ってあると、脳が常に圧迫感を感じてリラックスできないんだ。だから、外したポスターは綺麗に巻いて、表彰状を入れるような丸い筒型のケースに入れてクローゼットで保管しよう。部屋に貼るのは、本当にお気に入りの数枚だけにする。あとは、窓を開けて、カーテンも大きく開いて、光を入れて空気を思いっきり入れ替えよう。どうかな?」
莉子さんは、俺の具体的な提案をじっと聞き、やがて深く頷いた。
「うん……! 分かった。駆くんの言う通りにする。手伝ってくれる?」
「もちろん」
朝食を片付け、俺たちは意を決して、玄関脇のあの「ドア」へと向かった。ドアを開けると、昨日感じたあの肺を刺すような極寒の空気は、カーテン越しに差し込む朝の光のおかげか、幾分か和らいでいるように感じられた。
まずは鴨川の石の撤去だ。
ベッドの足元に敷き詰められていた、灰色や黒の丸みを帯びた川原の石。
俺たちはそれをバケツに詰め、何度も往復してベランダの隅へと運び出した。石を全て部屋の外へと出した瞬間、部屋の足元からじわじわと這い上がってきていた、あの奇妙な「底冷え」が、まるで嘘のようにふっと消え去った。
次に、部屋の窓を大きく開き、淡い色のカーテンを端に寄せた。
九月の、まだ少し熱をはらんだ夏の朝の強い光が、不気味な暗がりに包まれていた部屋の中を一気に照らし出す。直射日光こそ入らない北向きの部屋だが、それでも十分に明るい。
不思議なことに、昨日あれほど俺の生存本能を狂わせた「悪寒」や「鳥肌」は、もう全くと言っていいほど出なくなっていた。
「よし、次はポスターを外そう」
ダイニングから持ってきた丸椅子を使い、高い壁や天井に貼られたポスターに手を伸ばす。
俺が椅子の上に立ち、画鋲やテープを慎重に剥がしては、下で待つ莉子さんへとポスターを丸めて手渡していく。
「莉子さん、はい。これ次ね」
「あ、うん。ありがとう」
莉子さんが手を伸ばし、俺からポスターを受け取る。
――その時だった。
椅子の上という高い位置から見下ろす形になった俺の視界に、莉子さんのエプロンの隙間から覗く、ふっくらとした胸元が不意に入り込んできた。お風呂上がりの無防備な姿の記憶が脳内でフラッシュバックし、俺は激しく動揺した。
(おっと、ヤバい――!)
一瞬、視線が釘付けになり、体勢のバランスを崩しかける。
ガタッ、と丸椅子が小さく揺れた。
「きゃっ、駆くん、大丈夫!?」
莉子さんが慌てて椅子の脚を両手で支えてくれる。
その際に、彼女の柔らかい体が俺のふくらはぎに密着し、さらに俺の心拍数は跳ね上がった。
「あ、あはは! 大丈夫、ちょっと足が滑っただけ!」
必死に冷静さを装ってポスターを渡し終える。そんな小さなハプニングはあったものの、作業は極めて順調に進み、一時間後には、何百枚と貼られていた男の視線はすべて綺麗に片付き、表彰状入れの筒へと収まった。
部屋の壁に残されたのは、特にお気に入りだという三枚のポスターだけ。
風が窓から吹き抜け、カーテンが軽やかに揺れている。
そこにあるのは、どこにでもある、少し広めで明るい、女の子の綺麗なワンルームだった。
「……すごい。部屋が、こんなに広いなんて忘れてた」
莉子さんは、すっかり見違えた自分の部屋を見渡し、本当に嬉しそうに目を細めた。
あの張り詰めたような、何かに怯えるような影は、彼女の表情から完全に消え去っていた。
作業を終える頃には、ちょうどお昼時に差し掛かっていた。
やり切った充実感とお腹の虫の音に、俺たちは自然と笑い合った。
「お腹空いたね。近くにファミレスがあるから、そこでお昼食べよう」
莉子さんの提案で、マンションの近くにあるファミリーレストランへと向かった。
冷房の効いた店内で、ハンバーグカレードリアを注文し、ドリンクバーで喉を潤す。昨日の夜の張り詰めた恐怖が嘘のように、他愛のない大学生活やサークルの話で大いに盛り上がった。
食事が終わり、店を出たところで、莉子さんは俺の方をまっすぐに向いた。
「駆くん、本当に、何から何までありがとう。駆くんがいなかったら、私、今頃どうなってたか分からない。……本当に、感謝してる」
少し照れくさそうに、けれど真摯に伝えられた感謝の言葉に、俺は胸が温かくなった。
「いや、無事に解決してよかったよ。また何か困ったことがあったら、いつでも言って」
「うん! またね!」
莉子さんは大きく手を振り、修学院のマンションへと戻っていった。
俺は松ケ崎駅から地下鉄に乗り、自分のアパートがある烏丸方面への帰路についた。
ガタゴトと揺れる電車の中で、座席に腰掛け、ふぅと深い息を吐き出す。
ポケットのスマホが小刻みに震えた。画面を見ると、莉子さんと、妹の柚葉さんの両方からルインが届いていた。
まずは柚葉さんからのメッセージ。
『進藤さん、お姉ちゃんを助けてくれてありがと。今、お姉ちゃんと二人でさらに部屋の追加掃除中。これ、証拠写真!』
添付されていたのは、掃除機や雑巾を手にした姉妹が、明るくなった部屋の真ん中でカメラに向かっておどけてダブルピースをしている写真だった。莉子さんも柚葉さんも、本当に楽しそうで、仲の良さが伝ってくる。
俺は『どういたしまして。またいつでも連絡して』と返信を送った。
――それから数日後のことだ。
大学の講義を終え、サークル棟へ向かって歩いていると、スマホに莉子さんから新しいルインが届いた。
『駆くん、お疲れさま!
あの後ね、信じられないくらい、ずーっと悩まされてた肩こりと頭痛が綺麗さっぱり無くなったの!
夜も毎日ぐっすり眠れてるよ。本当に本当に、駆くんのおかげです!』
メッセージの下には、一枚の写真が添付されていた。
それは、すっかり綺麗になった明るい自室のベッドの上で、白いTシャツを着た莉子さんが、満面のひまわりのような笑顔で自撮りをした写真だった。
心なしか、血色も良くなり、お肌もツヤツヤしているように見える。
「霊感は、綺麗さっぱり無い」
五年前にそう言いきられた俺の生存本能が、どうしてあの恐怖を察知できたのか、その理由は今でも分からない。
けれど、あの優しくて、少しおっとりした莉子さんが、こうして日常の笑顔を取り戻せたのなら、それで十分じゃないか。
俺は、スマホの画面に映る彼女の眩しい笑顔を見つめながら、静かに、温かい笑みをこぼした。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
自称・霊感ゼロの駆ですが、無事に莉子さんの部屋を(物理的に)救い出し、ひまわりのような笑顔を取り戻すことができました。
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