閑話:男三人の学食談義と、最強の駆いじり
「――はぁ、なんで俺がこの二人の間に入ってレポート書かなきゃいけないんだよ……」
週が明けた月曜日の昼休み。
中央食堂の、やたらと騒がしい喧騒の一角で、俺はトレイに乗せたカツカレーを前に、深く、深くため息をついていた。
俺の目の前には、サークルの同級生であり、お調子者で世俗的なオタク気質の宮田大地。
そしてその隣には、実家が由緒正しいお寺で、やたらと整った塩顔のくせに極限のリアリストである御堂宗佑。
この二人、学部も違えば所属するコミュニティも全く異なり、普段ならこれっぽっちも接点がない。
だが、運悪く(あるいは、教授の気まぐれで)三学期に履修した共通教養の『京都の歴史地理』という講義で、ランダムに割り振られた結果、俺たち三人が同じグループになってしまったのだ。
そして課された課題は、「三人共同での、京都の特定のいわく付き土地におけるフィールドワークとレポート作成」。
「まあまあ、いいじゃんか駆! 履修登録の時に『この講義、楽単だから一緒に取ろうぜ』って誘ったのはお前だろ?」
宮田がニヤニヤしながら、大盛りのかき揚げうどんのネギを七味ごと豪快にかき混ぜる。
「それはそうだけど……。まさかお前と宗佑が同じグループになるなんて思わないだろ。というか宗佑、お前、なんでこの講義取ってんだよ。お寺の息子なんだから、京都の歴史なんて今さら学ぶ必要ないだろ」
俺が恨めしげに視線を向けると、宗佑はすました顔で紙コップのほうじ茶を口にし、涼しい声で言った。
「言っておくが、進藤。実家が寺だからといって、京都のすべてのニッチな歴史地理を網羅しているわけではない。それに、この講義はレポートさえ出せば出席点だけで優(A判定)が来る。実家の手伝いとバイトで忙しい俺にとって、これほどコスパの良い単位はないんだ」
「相変わらず極限のリアリストだな、お前は……」
「まあまあ! そこで俺たち『凡人コンビ』が、このスマートな御堂くんに頼るわけよ!」
宮田が初対面に近い宗佑に対して、持ち前の人懐っこさでグイグイと距離を詰めていく。
「御堂くん、本当に助かるわ。俺、フィールドワークなんて面倒くさいこと一番嫌いだからさ。地理的ないわくなら、お寺の知識でちゃちゃっと書けるだろ?」
「御堂でいい。……それに、レポート自体は俺が構成の骨組みを作るから、お前たちは指定した資料のコピーと清書、そして提出用のフォーマット作成を担当しろ。役割分担は明確にするのが効率的だ」
「よっしゃ! 話が早くて最高だな、御堂! 駆をハブにして、俺たちだけでレポート完成させちゃおうぜ!」
「おい、俺をハブにするな。一応、間に入ったのは俺だぞ」
カツカレーのスプーンを握りしめながらツッコミを入れるが、二人はすでにレポートのテーマについて「鴨川の水系と刑場跡地の関連性」だの「古い送り火の灰の処理経路」だの、サクサクと論理的に話し合いを進めている。
思ったより宮田の世渡り上手な性格と、宗佑の「無駄を嫌う割り切り」の波長が合っているようで、少しだけ安心した。
だが、そんな俺の安心は、宮田のニヤリとした下卑た笑みによって一瞬にして粉砕されることになる。
「……で、レポートの話はこれくらいにしてさ」
宮田は箸を置き、身を乗り出して俺の顔を覗き込んできた。その瞳には、下衆な好奇心がギラギラと輝いている。
「駆。お前さ、最近オカルトサークルの女子たちの間で、随分と面白い噂が回ってるらしいじゃねえか。……特に、ひまりから色々聞いてるんだけどよ」
「……ひまりから? 何をだよ」
嫌な予感がして、俺は食べる手を止めた。
「お前、先週の金曜日、あの法学部の超絶美女・水瀬遥さんと二人きりで、夜の法律事務所に消えていったんだって? しかも、そこで『物理的なお清め』と称して、狭い暗闇の中で何度も何度も身体を密着させながらハッスルしてたって聞いたぞ? 挙句の果てに、遥さんの白いハンカチで優しく顔を拭いてもらったとか……おい、それ何ていうエロゲのイベントだよ!」
「ブッ――!?」
思わず、口の中のカツを吹き出しそうになった。
「な、何言ってるんだよ! あれはただ、水瀬さんのお父さんの事務所で起きた『超低周波音による体調不良トラブル』を解決するために、二重壁の奥の排水管に防振テープを巻きに行っただけだ! 密着したのだって、点検口が狭かったから物理的にそうなっただけで――!」
必死に弁解する俺の横で、宗佑が少し表情を歪ませて、心底あきれたように低いため息を吐いた。
「……おい、進藤。水瀬の話は人伝えに聞いていたが、だいぶ増えてないか?」
「え?」
「市川さんの天井裏のネズミ駆除(お片付け)の次は、弁護士事務所の配管補修か。お前、いつから何でも屋の便利屋になったんだ。しかも、助ける相手がことごとくお前の周りの美少女ばかりなのは、どう説明するつもりだ?」
「そ、それは本当にただの偶然で……! 異臭とか不快な振動がするのを放っておけなかっただけで……!」
「いやいや、それだけじゃないよな、御堂くん!」
宮田が嬉々として宗佑の味方に回り、スマホを片手にさらに追及を重ねてくる。
「莉子さんともう一人。この前、大学の近くの居酒屋から出て、お前のマンションにお持ち帰りしてるところ、軽音部の奴らに目撃されてるぞ。全男子学生の敵として刺される準備はできてるか?」
「お持ち帰り!?」
俺は思わず立ち上がりそうになった。
「違う! あれは莉子さんがビールを飲みすぎてベロベロに酔っ払って、一人で松ケ崎まで帰れそうになかったから泊めただけだ! しかも、もう一人は彼女の妹の柚葉さんだし!」
「はぁ? 妹も一緒に部屋に入ったのか? 二人同時に、お前の狭いワンルームに?」
宮田がわざとらしく頭を抱えて、天井を仰ぎ見た。
「あのさぁ、駆。柚葉さんって、関西の陸上界隈ではちょっと名の知れた現役の有名女子高生だぞ? 陸上ユニフォーム姿がめちゃくちゃ綺麗で、ファンクラブみたいなスレまで立ってる人気者だ。そんな美少女姉妹を同時にワンルームにお持ち帰りして川の字で寝たとか……お前、本当に近いうちに五寸釘で呪われるぞ?」
「だから、本当に何もしてないって! 布団が一個しかないから、ただ真ん中に挟まれて、一睡もできずに朝を迎えただけで――」
「……進藤。お前は本当に、愚かだな」
宗佑が今度は完全に本気であきれた目を俺に向けていた。その視線は、もはや哀れみの領域に達している。
「お前の反応を見る限り、誰にも手を出す度胸がなくて、本当に何もしていない(一睡もできなかった)んだろうことは理解した。だが、お前が引き起こしている状況そのものは、完全に『女難の相』が出ているとしか思えないな」
「じょ、女難の相……?」
「そうだ。霊的な呪いや怪異のせいではないが、お前のその、異臭や不快な振動を放っておけない無自覚な『お片付け体質』が、次から次へと面倒な女を引き寄せている。これを女難と言わずして何と言う」
俺は頭を抱え、テーブルに突っ伏した。
「……僧侶レベル1の宗佑様。実家がお寺なんですから、その女難の相っていう、最高にヤバい呪いを解く方法はありませんかね……?」
俺が弱々しく懇願すると、宗佑は紙コップを静かにテーブルに置き、無慈悲に言った。
「無理だな。今の俺には、お前のその都合のいいタラシ体質を浄化するほどの法力はない。まだ、僧侶としてのレベルが足りないな」
「僧侶レベル1だからかよ……っ!」
「あははは! 御堂くん、面白いな、お前! レベル1って!」 宮田が手を叩いて大爆笑し、宗佑の肩をポンポンと叩いた。 「いいぞ、もっと言ってやれ! 駆は普段から、なんか無自覚に女の子に優しいからダメなんだよ。これで本人は普通だと思って生きてるんだから、本当に性質が悪い!」
「全くだ。本人の自覚のなさが、周囲の被害(主に男の嫉妬)を拡大させていることに、早く気づくべきだな」
「そうそう! 共同作業の時だけ、異様なリーダーシップを発揮するのもずるいよな。……よし、御堂くん、今日のレポート作成のご褒美に、後で駆の部屋の莉子さんと柚葉さんが使ったベッドの匂い、嗅ぎに行こうぜ!」
「……興味はないが、彼がどれだけ不衛生な生活をしているかの視察なら、同行してもいい」
「おい! 勝手に人の部屋に突撃する計画を立てるな! 匂いなんて、普通の柔軟剤の匂いしかしないからな!」
必死に抵抗する俺を余所に、宮田と宗佑は「こいつの扱いはこれでいいんだな」と、お互いにアイコンタクトを交わして完全に意気投合していた。
タイプは全く違うはずなのに、俺をいじるという共通の目的において、二人は驚くべきシンクロニシティを発揮している。
「じゃ、駆。フィールドワークの場所は、お前が女子たちと密会してるアパートの近くの公園にしよう。そこで不審な行動をしてるお前を撮影して、レポートの表紙にするから」
「そんな不審者レポート、教授に提出できるか!!」
食堂の喧騒の中、楽しそうに笑う二人の悪友を前に、俺はこれからのグループワークが別の意味で最高に「ヤバい」ものになることを確信し、冷えきったカツカレーをそっと口に運ぶのだった。




