第六章 烈火、残頁と新たな同盟
轟――!!!
金色の烈火が、一輪の灼熱した太陽へと変わり、「浮世書斎」を中心として、凄まじい勢いで天へと突き抜けた。
その瞬間。
第七街区の上空に、まるで目に見えないガラスの天幕が存在していたかのように――
それが、何かに叩き割られた。
キィィィン――!
耳をつんざくような悲鳴が、夜空に響き渡る。
それまで幽青色の鎖に操られ、虚ろな目をしていた近所の住人たちが、金色の光に包まれた瞬間、全身を激しく震わせた。
唖叔の手から木杓子が落ちる。
両目に浮かんでいた幽青色の光が、まるで潮が引くように消えていった。
代わりに戻ってきたのは――
戸惑いと、正気だった。
「俺……俺はいったい、どうしたんだ……?」
唖叔は激しく痛む頭を押さえながら、目の前の惨状を見回した。
その顔には、明らかな恐怖が浮かんでいる。
唖叔だけではなかった。
張じいさんや、他の近所の住人たちも次々と我に返った。
そして、空中に立つその姿を見上げる。
無刃の聖剣を手にし、全身を血で染めた若い店主。
「林……林の坊主?」
「いったい何が起きたんだ? 天でも落ちてきたのか!?」
「みんな、早く中へ!」
林野は片膝をついたまま、荒い息を繰り返していた。
「避難しろ! この通りから離れるんだ!」
手にした聖剣は、すでにほとんど透明になるほど、その輝きを失っている。
先ほどの一撃で、林野の身体に残っていた力は完全に使い果たされていた。
もし胸の奥に残った執念だけで身体を支えていなければ、とっくに意識を失っていただろう。
近所の住人たちは、そんな林野の姿を見ると、もはや躊躇している余裕などなかった。
互いに支え合いながら、転びそうになり、時には這うようにして、書斎の裏手にある地下貯蔵室や、さらに奥の路地へと逃げていく。
そして――
夜空に浮かぶ、巨大な虚構の書。
それは「至高編劇会」が持つ、世界をリセットする権限そのものを象徴していた。
しかし。
林野の命を懸けた一撃を受けたその表面には――
目を疑うほど巨大な亀裂が走っていた。
書頁が激しくめくれ上がる。
その隙間から漏れ出していた冷たい幽青色のコードが、無数の光の粒となって夜空へ散っていく。
遠くの中心区から、押し殺されたような怒りの鐘の音が響いた。
ゴォォン――。
明らかだった。
編劇会は予想していなかったのだ。
こんな小さな底層坊市に――
規則によるフォーマットに真正面から抗える、「変数」が存在しているなど。
「ゴホッ……ゴホッ……」
その時。
内の部屋から、激しい咳の音が聞こえてきた。
墨清だった。
彼女は肩の激痛をこらえながら、よろめくようにして扉枠に手をつき、外へ出てくる。
そして、辺り一面に散らばった書物や木片を見渡した。
それから、地面に片膝をついている林野へと視線を移す。
その目には、言葉にできないほど複雑な感情が浮かんでいた。
これまで生きてきた中で、墨清は数え切れないほどの天才的な宗門強者を見てきた。
だが、彼らですら。
編劇会の絶対的な規則の前では、灰となって消えていった。
それなのに――
目の前にいるのは、修仙者としての門すら本当の意味ではくぐっていない、ただの書斎の店主だ。
そんな青年が一本の「刃なき剣」だけで、天幕そのものに亀裂を刻みつけた。
「あなた……怪物なの?」
墨清は林野の隣まで歩み寄ると、彼の身体を抱えるようにして無理やり立たせた。
そして、呆れたように言う。
「死にかけてるくせに……よく笑っていられるわね」
林野は口元を歪めた。
身体中が痛む。
それでも、無事に安全な場所へ逃げていった近所の住人たちを見て、嬉しそうに笑った。
「いてて……もう少し優しくしてくれ。肩が取れる……」
「俺はただ、財産と客人の安全を守っただけだよ」
そして、墨清を横目で見る。
「それよりさ――」
「お前、指名手配されてる身分で、なんでふらふら出歩いてるんだ?」
林野は壊れた入口を見た。
「せっかく直したばかりの門枠まで、また巻き込まれたじゃないか」
墨清は思わず笑ってしまった。
そして、何か言い返そうと口を開きかけた。
だが――
突然、その表情が変わった。
遠くの夜空。
雲中坊市の権力そのものを象徴する、中心高塔。
その頂上に――
第二波となる幽青色の光柱が、急速に集まり始めていた。
それは先ほどよりも明らかに巨大だった。
そして。
先ほどとは比べものにならないほど恐ろしい高次元の威圧が、黒い雲のように空から押し寄せてくる。
「編劇会の『審判廷』が……完全に怒った」
墨清の声には、かすかな絶望が滲んでいた。
「私たち二人だけじゃ、第二波の洗浄は止められない」
「雲中坊市そのものが……もうすぐ完全に消される」
林野はカウンターに身体を預けた。
額から流れる血を拭いながら、壊れた門枠の向こうへ視線を向ける。
その先。
黒い雲に覆われた都市。
林野は、何も言わなかった。
ただ、手にした刃なき聖剣を握り直す。
すると――
先ほどまでほとんど消えかけていた刀身に、再びごく弱い金色の光が灯った。
その瞬間だった。
書斎の裏手。
雑物が積み重なった瓦礫の中から――
カチン。
かすかな金属音が響いた。
続いて。
古い墨の香りを漂わせる一枚の欠けた書頁が、瓦礫の中から自ら浮かび上がった。
そして、ゆっくりと林野の掌へ落ちてくる。
その瞬間。
林野の脳裏で――
轟然と、新たな光景が弾けた。
それは、雲中坊市の地下で数千年もの間眠り続けていた、本当の基盤。
そして――
この世界で唯一、編劇会の「究極フォーマット」に対抗できる可能性を秘めたものだった。
林野はゆっくりと身体を起こした。
隣に立つ、傷ついた墨清を見る。
そして、誰もいなくなった浮世書斎へ視線を向けた。
やがて。
林野の口元に、鮮やかで、揺るぎない笑みが浮かんだ。
「誰が、俺たちが止めるって言った?」
林野は手の中の残頁を握り締める。
「このボロい坊市の古い脚本が、もうとっくに腐り果ててるっていうなら……」
「だったら――」
「俺たちで、徹底的にひっくり返してやろう」
そして。
「新しい結末を書き直すんだ」




