↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浮世書斎と未亡の刃  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/56

第六章 烈火、残頁と新たな同盟

轟――!!!


金色の烈火が、一輪の灼熱した太陽へと変わり、「浮世書斎」を中心として、凄まじい勢いで天へと突き抜けた。


その瞬間。


第七街区の上空に、まるで目に見えないガラスの天幕が存在していたかのように――


それが、何かに叩き割られた。


キィィィン――!


耳をつんざくような悲鳴が、夜空に響き渡る。


それまで幽青色の鎖に操られ、虚ろな目をしていた近所の住人たちが、金色の光に包まれた瞬間、全身を激しく震わせた。


唖叔の手から木杓子が落ちる。


両目に浮かんでいた幽青色の光が、まるで潮が引くように消えていった。


代わりに戻ってきたのは――


戸惑いと、正気だった。


「俺……俺はいったい、どうしたんだ……?」


唖叔は激しく痛む頭を押さえながら、目の前の惨状を見回した。


その顔には、明らかな恐怖が浮かんでいる。


唖叔だけではなかった。


張じいさんや、他の近所の住人たちも次々と我に返った。


そして、空中に立つその姿を見上げる。


無刃の聖剣を手にし、全身を血で染めた若い店主。


「林……林の坊主?」


「いったい何が起きたんだ? 天でも落ちてきたのか!?」


「みんな、早く中へ!」


林野は片膝をついたまま、荒い息を繰り返していた。


「避難しろ! この通りから離れるんだ!」


手にした聖剣は、すでにほとんど透明になるほど、その輝きを失っている。


先ほどの一撃で、林野の身体に残っていた力は完全に使い果たされていた。


もし胸の奥に残った執念だけで身体を支えていなければ、とっくに意識を失っていただろう。


近所の住人たちは、そんな林野の姿を見ると、もはや躊躇している余裕などなかった。


互いに支え合いながら、転びそうになり、時には這うようにして、書斎の裏手にある地下貯蔵室や、さらに奥の路地へと逃げていく。


そして――


夜空に浮かぶ、巨大な虚構の書。


それは「至高編劇会」が持つ、世界をリセットする権限そのものを象徴していた。


しかし。


林野の命を懸けた一撃を受けたその表面には――


目を疑うほど巨大な亀裂が走っていた。


書頁が激しくめくれ上がる。


その隙間から漏れ出していた冷たい幽青色のコードが、無数の光の粒となって夜空へ散っていく。


遠くの中心区から、押し殺されたような怒りの鐘の音が響いた。


ゴォォン――。


明らかだった。


編劇会は予想していなかったのだ。


こんな小さな底層坊市に――


規則によるフォーマットに真正面から抗える、「変数」が存在しているなど。


「ゴホッ……ゴホッ……」


その時。


内の部屋から、激しい咳の音が聞こえてきた。


墨清だった。


彼女は肩の激痛をこらえながら、よろめくようにして扉枠に手をつき、外へ出てくる。


そして、辺り一面に散らばった書物や木片を見渡した。


それから、地面に片膝をついている林野へと視線を移す。


その目には、言葉にできないほど複雑な感情が浮かんでいた。


これまで生きてきた中で、墨清は数え切れないほどの天才的な宗門強者を見てきた。


だが、彼らですら。


編劇会の絶対的な規則の前では、灰となって消えていった。


それなのに――


目の前にいるのは、修仙者としての門すら本当の意味ではくぐっていない、ただの書斎の店主だ。


そんな青年が一本の「刃なき剣」だけで、天幕そのものに亀裂を刻みつけた。


「あなた……怪物なの?」


墨清は林野の隣まで歩み寄ると、彼の身体を抱えるようにして無理やり立たせた。


そして、呆れたように言う。


「死にかけてるくせに……よく笑っていられるわね」


林野は口元を歪めた。


身体中が痛む。


それでも、無事に安全な場所へ逃げていった近所の住人たちを見て、嬉しそうに笑った。


「いてて……もう少し優しくしてくれ。肩が取れる……」


「俺はただ、財産と客人の安全を守っただけだよ」


そして、墨清を横目で見る。


「それよりさ――」


「お前、指名手配されてる身分で、なんでふらふら出歩いてるんだ?」


林野は壊れた入口を見た。


「せっかく直したばかりの門枠まで、また巻き込まれたじゃないか」


墨清は思わず笑ってしまった。


そして、何か言い返そうと口を開きかけた。


だが――


突然、その表情が変わった。


遠くの夜空。


雲中坊市の権力そのものを象徴する、中心高塔。


その頂上に――


第二波となる幽青色の光柱が、急速に集まり始めていた。


それは先ほどよりも明らかに巨大だった。


そして。


先ほどとは比べものにならないほど恐ろしい高次元の威圧が、黒い雲のように空から押し寄せてくる。


「編劇会の『審判廷』が……完全に怒った」


墨清の声には、かすかな絶望が滲んでいた。


「私たち二人だけじゃ、第二波の洗浄は止められない」


「雲中坊市そのものが……もうすぐ完全に消される」


林野はカウンターに身体を預けた。


額から流れる血を拭いながら、壊れた門枠の向こうへ視線を向ける。


その先。


黒い雲に覆われた都市。


林野は、何も言わなかった。


ただ、手にした刃なき聖剣を握り直す。


すると――


先ほどまでほとんど消えかけていた刀身に、再びごく弱い金色の光が灯った。


その瞬間だった。


書斎の裏手。


雑物が積み重なった瓦礫の中から――


カチン。


かすかな金属音が響いた。


続いて。


古い墨の香りを漂わせる一枚の欠けた書頁が、瓦礫の中から自ら浮かび上がった。


そして、ゆっくりと林野の掌へ落ちてくる。


その瞬間。


林野の脳裏で――


轟然と、新たな光景が弾けた。


それは、雲中坊市の地下で数千年もの間眠り続けていた、本当の基盤。


そして――


この世界で唯一、編劇会の「究極フォーマット」に対抗できる可能性を秘めたものだった。


林野はゆっくりと身体を起こした。


隣に立つ、傷ついた墨清を見る。


そして、誰もいなくなった浮世書斎へ視線を向けた。


やがて。


林野の口元に、鮮やかで、揺るぎない笑みが浮かんだ。


「誰が、俺たちが止めるって言った?」


林野は手の中の残頁を握り締める。


「このボロい坊市の古い脚本が、もうとっくに腐り果ててるっていうなら……」


「だったら――」


「俺たちで、徹底的にひっくり返してやろう」


そして。


「新しい結末を書き直すんだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。