第五十二章 十二長老の「破産答弁」
轟――!!!
林野が分厚い帳簿を、勢いよく叩きつけた。
その瞬間。
金色の市井の因果が目に見えない衝撃波となって爆発し、瞬く間に多次元宇宙総勘定場全体を包み込んだ。
古びた金袍をまとった十二人の最高長老たちの巨影が、その荒々しく、それでいてあまりにも現実的な人の世の息吹に真正面からさらされる。
十二人全員が――
同時に。
わずかに後方へと揺れた。
その身体を取り巻いていた法則の金光も、明らかに数段階ほど弱まっている。
大広間が、完全な静寂に包まれた。
先ほどまで、まだほんのわずかな希望を抱いていた高次元の審判官たちも、今やすっかり顔面蒼白だった。
まさか。
第七街区から出てきた一人の店主が――
無光の海を単独で突破しただけではない。
今度は編劇会総本部の中枢大殿に乗り込み、十二人の最高長老を目の前にして――
堂々と「破産清算」の通告を突きつけるとは。
「無礼な……」
先頭の金袍の長老が、低く呟いた。
その顔は依然としてぼんやりと霞んでいる。
だが、その声には信じられないほどの怒りと、凍りつくような冷たさが滲んでいた。
「第一紀元に法則が生まれて以来、編劇会は多次元宇宙の物語権限を掌握し、億万の支流を裁定してきた」
「その我々が――」
「いつ『破産清算』などというものを聞いたことがある?」
金袍の長老の声が大広間に響き渡る。
「林野」
「貴様は、わずかな因果権限を盗み取っただけの一介の散修にすぎん」
「たかが一冊の破れかけた帳簿で――」
「永遠の秩序を覆せるとでも思っているのか?」
「永遠の秩序?」
林野は鼻で笑った。
反対の手で無刃聖剣を白銀の床から引き抜く。
ガキン――!
そして、そのまま肩へと担いだ。
一歩。
林野は前へ出る。
燃えるような目で、高みから見下ろしてくる金袍の長老を真っ直ぐに見据えた。
その声には、隠そうともしない嘲笑が込められている。
「『永遠』なんてもんを、盾に使うんじゃねえよ」
「お前らの言う秩序ってのは――」
「東の壁を壊して西の壁を補修するような真似をして、まともだった支流を穴だらけにしておいて」
「最後は『フォーマットした』の一言で、積み上がった不良債権を全部帳消しにすることか?」
林野は無刃聖剣を肩に担いだまま、冷たく笑う。
「そんなもん、秩序なんかじゃねえ」
「悪質な踏み倒しっていうんだよ!」
林野は剣先を上げた。
その切っ先を、十二人の金袍の長老たちへ向ける。
「今日は多次元宇宙中の面前で、くだらねえ大義だの、壮大な物語だのを俺に聞かせるな」
「帳簿には、全部きっちり書いてある」
「第77号支流の因果欠損」
「第108号支流の偽りの物語」
「それから、北境総館から強引に奪い取られた物語権限――」
林野の声が一段と強くなる。
「この一つ一つの血の代価はな」
「全部、お前らこの老いぼれどもが署名捺印して、黙って認めてきたもんだろうが!」
十二人の長老を、真正面から睨みつける。
「自分たちで最高の編劇者を名乗ってるんだろ?」
「だったら――」
「今日ここで、帳尻を合わせる方法を出してみろ」
林野の目が鋭く光る。
「それができねえってんなら――」
「浮世書斎の強制執行手続きが始まっても、文句を言うんじゃねえぞ!」
その瞬間だった。
林野の懐に収められていた二枚の「初期原稿」の残片と、手にした帳簿が――
同時に。
眩いばかりの金色の光を放った。
轟――!
環状宮殿の巨大な天井。
そこに、無数の影が浮かび上がる。
多次元宇宙の底層で生きる、数え切れない生命たち。
その声。
その願い。
その苦しみ。
そして、それぞれが結んできた無数の因果契約。
それらが幻影となって、至高審判廷の上空を埋め尽くしていく。
膨大な民意。
そして。
人の世の息吹。
その重みが、十二人の長老たちへと一気にのしかかった。
ギシッ――。
ギギギ……。
十二人の法則金身から、耐えきれないほどの亀裂音が響き始める。
その光景を横から眺めていたレインが、思わず口笛を吹いた。
「おいおい……」
そして、小さく笑う。
「昔、廃品回収やってたときより、ずっと派手じゃねえか」
レインは十二人の長老たちを眺めた。
「こいつら、何紀元も生きてきたんだろ?」
「たぶん、誰かに『破産答弁してください』なんて言われたのは、これが初めてだろうな」
墨清は断剣を握ったまま、わずかに目を細めていた。
その視線は十二人の長老ではない。
彼らの背後に広がる空間の裂け目へと向けられている。
そして、冷静に告げた。
「林野」
「彼らは、総本部に残されている最終法則兵器を、密かに動かしています」
墨清の声が低くなる。
「この者たちは――」
「帳簿を認めるつもりがありません」
「認めねえ?」
林野の口元が、冷たい弧を描いた。
「浮世書斎の辞書にはな――」
ゆっくりと帳簿を持ち上げる。
「『踏み倒しに成功する』なんて四文字は、最初から載ってねえんだよ」
そして。
帳簿を大きく掲げる。
その声が雷鳴のように大殿全体へと響き渡った。
「だったら――」
「レイン、墨清!」
「準備しろ!」
「今日はな――」
林野の目に、凄まじい光が宿る。
「この老いぼれ踏み倒し屋どもの下着まで全部ひん剥いてやらねえと――」
無刃聖剣を握り直す。
「この俺が店主を名乗ってきた意味がねえ!」
その瞬間。
十二人の長老たちの背後で――
無数の空間裂け目が、一斉に開いた。
そこから。
この総本部に残された、最後の法則兵器が――
ゆっくりと姿を現し始めた。




