第五十章 総勘定の清算、多次元の動揺
轟――!!!
無数の市井の因果が凝縮して生まれた金色の巨龍は、あの白い審判巨刃を引き裂いたあとも勢いを失わなかった。
そのまま「最終審判裁決艦」の秘銀製シールドへと、真正面から激突する。
轟音。
巨大な審判戦艦全体が、激しく揺れた。
艦首に並んでいた数千人の審判官たちは、悲鳴を上げる暇さえなかった。
純粋で荒々しい人の世の息吹が、彼らを数里もの彼方へと一気に吹き飛ばす。
高次元秘銀と白骨で造られた装甲板が、金色の光の中で一枚、また一枚と剥がれ落ちていく。
耳をつんざくような軋みが、無光の海に響き渡った。
戦艦の中央。
そこに座していた首席裁決長が、勢いよく立ち上がった。
その身体を取り囲んでいた金色の法則の鎖が――
一本。
また一本。
次々と断ち切られていく。
そして。
永遠に変わることがないと思われていた威厳ある顔に、初めて隠しきれない怒りと重苦しい緊張が浮かんだ。
「林野……!」
首席裁決長の声が響く。
それは何千万もの雷鳴が一斉に無光の海で炸裂したかのようだった。
「貴様……本当に至高編劇会の底層法則を揺るがすつもりか!」
「たかが数枚の破損した原稿で――」
「多次元宇宙そのものの秩序を覆せると思っているのか!?」
「秩序?」
林野は「終焉号」の前方、虚空に立っていた。
片手には無刃聖剣。
その口元には、これ以上ないほどの嘲笑が浮かんでいる。
「お前らのどこが秩序だ?」
林野は笑った。
「他人の歴史を紙屑みてえに扱って、好き勝手に書き換える」
「一つの支流が積み上げてきた因果まで、自分たちの私物みてえに勝手に奪う」
林野の目が鋭くなる。
「そんなもんを秩序なんて呼ぶんじゃねえ」
「ただの――」
「悪質な料金踏み倒しだ」
そして。
「強盗と同じだろうが!」
林野は反対の手で帳簿を空中へと広げた。
バッ――!
そこから放たれた金色の光が、無光の海の大半を昼間のように照らし出す。
林野は帳簿を片手に、堂々と言い放った。
「今日は浮世書斎の規則で――」
「お前ら、高いところから偉そうにしてる踏み倒し屋どもに、きっちり教えてやる」
帳簿の頁が風もないのに次々とめくれていく。
「天網恢恢、疎にして漏らさず――」
林野はニヤリと笑った。
「それから、延滞金は倍だ!」
その言葉が落ちた瞬間。
林野の体内に刻まれていた――
第77号支流。
第108号支流。
そして北境総館。
そこに結ばれたすべての因果契約が、一斉に暴れ始めた。
二枚の「初期原稿」の残片と帳簿が、これまでにないほど激しく共鳴する。
次の瞬間。
二本の眩い光柱が、星海を貫いた。
その光は真っ直ぐに――
「最終審判裁決艦」の中枢制御系へと叩き込まれる!
轟隆々々――!!!
耳をつんざくような爆音。
戦艦の主制御中枢が、真正面から強引に貫かれた。
編劇会の最高権力を象徴する無数の暗号化データストリームが、金色の光の中で次々と崩壊していく。
そして――
完全に停止した。
巨大な戦艦の船体が、無光の海の中で制御を失う。
そのまま落下し――
轟然と、無数の平行宇宙の残骸へと激突した。
轟――!!
宇宙の残骸が次々と砕け散る。
やがて。
瓦礫と化した戦艦の上に、一人の男が半膝をついていた。
首席裁決長。
その黒金の礼装は、もはや原型を留めていない。
至るところが破れ、黒い布地の隙間から傷ついた機械構造が覗いている。
赤く染まった瞳が、空中から歩み寄ってくる林野を睨みつけていた。
林野はゆっくりと、その目の前へ降り立った。
無刃聖剣の切っ先が――
静かに。
相手の喉元へと触れる。
その後ろから、レインと墨清も続いて着地した。
一方。
列車の車内に縛り付けられていたカールは――
もはや恐怖に耐えきれず、床へと崩れ落ちていた。
顔面は完全に血の気を失っている。
林野は、多次元宇宙の生殺与奪を握っていたはずの男を、上から見下ろした。
そして。
ゆっくりと帳簿を開く。
最後の頁。
そこへ目を落としながら、林野は静かな声で言った。
だが、その声には一切の反論を許さない強さがあった。
「帳簿の計算は終わった」
一枚の頁を指先で軽く叩く。
「結果は――はっきりしてる」
林野は首席裁決長を見つめた。
「お前らは、破産だ」
そして。
無刃聖剣の切っ先を、ほんの少しだけ押し当てる。
「さあ」
「多次元宇宙の物語総権限と、残りの原稿を出してもらおうか」
林野の目が冷たく光った。
「それができねえってんなら――」
「お前らの最後の一片の因果の残滓まで、きれいさっぱりゼロにすることくらい――」
「俺は別に構わねえぞ」




