第四十九章 帳簿の名のもとに、局面を打ち破る
轟――!!!
林野が一切遠慮のない「破産清算」の宣言を叩きつけた、その瞬間。
無刃聖剣から迸った眩い市井の金光が、「最終審判裁決艦」を包む見えざる防御波紋へと真正面から激突した。
轟音が無光の海を揺さぶる。
無数の、編劇会によって強引に抹消された平行宇宙の残骸が、荒れ狂う因果の波紋の中で粉々に砕け散っていく。
その中央に座していた首席裁決長の表情が、ついにわずかに変化した。
それまで古井戸の水のように静まり返っていた瞳に――
初めて、因果論理が大きく乱されたことへの驚愕と、冷たい怒りが浮かんだ。
「大言壮語を!」
首席裁決長が冷たく鼻で笑う。
両手を宙へと掲げた。
すると――
最終審判裁決艦に乗る数千人の審判官が、一斉に手にした因果の鎖を一つに束ねた。
無数の鎖が絡み合い、一本の巨大な白い審判の刃へと変わっていく。
その刃は星海を横断するほど巨大だった。
多次元宇宙の底層論理そのものを完全にリセットしてしまうかのような、恐ろしい威圧をまとい――
林野へ向かって、真正面から振り下ろされた!
この一撃だけで、反抗の意思を抱いた支流なら、一瞬にして無へと帰すことができる。
「林野!」
墨清の目が鋭くなる。
断剣が完全に鞘から抜き放たれた。
冷たく澄み切った剣罡が一気に広がり、天を覆う巨大な剣幕となって、白い審判巨刃を正面から迎え撃つ。
同時に。
レインも列車の二重因果シールドを限界まで展開した。
機械義肢が過負荷で火花を散らし、車体の屋根からバチバチと激しい音が響いている。
「持ちこたえろ――!」
「頼むから、持ってくれぇぇぇ――!!」
轟――!
轟隆々々――!!!
二つの天を滅ぼし地を砕くほどの力が、無光の海の中心で真正面から激突した。
凄まじい光が爆発する。
その輝きによって、周囲数十万光年にも及ぶ暗闇さえ色を失った。
荒れ狂うエネルギーの嵐が「終焉号」を数千丈もの距離にわたって強引に押し戻す。
だが――
墨清の剣罡も。
レインの因果シールドも。
二人が持てるすべての力を注ぎ込んでいるというのに。
至高編劇会を代表する首席裁決長の最終審判の力を前にして――
白い審判巨刃は止まらない。
一寸。
また一寸。
ゆっくりと、しかし確実に押し下がってくる。
列車の隅。
カールが耐えきれず、甲高い狂笑を上げた。
「無駄だ!」
「絶対の秩序の前では、どんな反抗も無意味だ!」
「すべては――因果の泡にすぎない!」
「そうか?」
その一言が落ちた。
千鈞一髪。
林野は慌てなかった。
むしろ――
ゆっくりと目を閉じた。
白い審判巨刃と正面からぶつかろうとはしない。
代わりに、両手を胸元の分厚い帳簿へと強く押し当てる。
その瞬間。
林野の意識の中に、いくつもの光景が浮かび上がった。
第77号支流を濡らしていたネオンの雨。
第108号支流に広がっていた鏡の世界。
そして――
第七街区の張じいさんが営む豆腐屋。
朝から晩まで働き、生きていくために汗を流す、名もない無数の人々。
どれも決して大きなものではない。
世界を支配するような力でもない。
だが。
確かに重い。
そんな「人の世の息吹」が――
二枚の初期原稿の残片を橋として。
この瞬間、完全に一つへと繋がった。
林野は知っていた。
帳簿というものは――
神々のルールを記録するための道具じゃない。
ましてや、権威ある者が正しさを証明するためのものでもない。
それは。
高みに座り。
約束を踏みにじり。
人の世から奪うだけ奪ってきた者たちを――
最後に清算するための証拠なのだ。
林野が、ゆっくりと目を開いた。
「よく見とけ――」
その瞳の奥で、二つの金色の炎が燃え上がる。
次の瞬間。
林野は片手で無刃聖剣を宙へ放り投げた。
同時に両手を伸ばし――
帳簿の最新頁を、一気に開く。
轟――!!
多次元宇宙の深奥から響いてきたかのような、重々しい轟音。
その瞬間。
帳簿の中から、声が聞こえ始めた。
一人。
また一人。
そして、億万もの生き物たちが――
生きるために上げた叫び。
抗い続けた声。
奪われまいと踏ん張った声。
それらすべてが重なり合い、帳簿の奥から一気に溢れ出した。
次の瞬間。
純粋な「市井の因果」だけで形作られた巨大な金色の龍が、帳簿の中から咆哮しながら飛び出した。
そして――
白い審判巨刃へ向かって、逆流するように駆け上がっていく!
カシャン――!
轟隆!!!
金色の龍と審判巨刃が、真正面から激突した。
だが。
林野が予想していたような、力と力のぶつかり合いによる相殺は起こらなかった。
それどころか――
編劇会が何紀元もの歳月をかけて築き上げてきた絶対審判の刃が。
人の世の息吹に満ちた荒々しい力に触れた、その接触点から――
ひびが入った。
一本。
また一本。
そして――
寸断される。
崩れ落ちる。
瓦解していく。
「こ……こんな……!」
首席裁決長の、永遠に変わることがないはずだった威厳に満ちた顔が、ついに大きく揺らいだ。
「あり得ない……!」
「たかが一人の市井の店主ごときが……!」
「どうして、多次元底層支流の集団因果を動かせる!?」
その声には、初めて隠しきれない驚愕が滲んでいた。
林野は答える。
「何も――」
無刃聖剣が空中から落ちてくる。
林野は片手を伸ばした。
その柄を、確実に掴む。
そして、そのまま宙を踏んだ。
一歩。
二歩。
林野は空中を歩きながら、巨大な最終審判裁決艦を見下ろした。
その口元に、冷たい笑みが浮かぶ。
「不可能なんてことはねえ」
無刃聖剣を肩に担ぐ。
「金を借りた奴が返さねえ」
「だから、貸した側が取り立てに来る」
林野は静かに言った。
「それだけの話だ」
そして。
その声が、無光の海全体へ響き渡る。
「それが――道理ってもんだろ!」
林野の目が鋭く光る。
「今日のこの総勘定――」
「編劇会総本部よ」
「そろそろ、元金も利息もまとめて――」
「きっちり俺に清算してもらおうじゃねえか!」




