第四十七章 無光の海の取り立て対峙
轟――!
轟隆――!
「終焉号」因果専列車は、燃え上がる黄金の刃のように、「無光の海」と呼ばれる高次元禁区へと真正面から突き刺さった。
ここには、通常の法則も、正常な時間の流れも存在しない。
周囲に浮かんでいるのは、至高編劇会によって強引に抹消され、半分だけ残骸として取り残された無数の平行宇宙の断片だった。
砕けた惑星。
断ち切られた時空橋。
そして、帰る場所を失った無数の因果の残魂。
それらが、墨を流し込んだような濃密な暗闇の中で、悲鳴にも似た、凄惨で重苦しい声を上げ続けている。
だが。
二枚の「初期原稿」の残片が列車の中枢で眩い金色の光を放った瞬間――
数万光年にも及ぶ範囲の暗闇が、まるで力ずくで押し退けられたかのように後退した。
荒れ狂う乱流の中に、一筋の金色の航路が強引に切り開かれる。
「この無光の海……因果の圧制が強すぎる!」
レインは両手で列車の主操舵盤を必死に握りしめていた。
額には細かな汗が浮かんでいる。
計器盤では危険を示す赤い光が狂ったように明滅していた。
「林野!」
レインが叫ぶ。
「周囲の時空磁場が因果定位を狂わせてやがる!」
「このままじゃ編劇会総本部に着く前に、列車の動力中枢がこいつら残骸に引きずり潰されちまうぞ!」
その瞬間。
墨清が勢いよく立ち上がった。
手にした断剣が鞘から半寸だけ抜かれる。
キィン――!
澄んだ剣鳴りが響いた。
その音とともに、目に見えない護体剣罡が広がる。
列車へ奇襲を仕掛けようとしていた数本の時空乱流が、瞬時に斬り裂かれた。
「自然の磁場じゃない」
墨清の目が鋭くなる。
「前に……何かがいる」
言葉が落ちた、その直後。
果てしない暗闇の彼方で――
突然、一つの真紅の探照灯が灯った。
目を焼くほどの赤い光。
続いて。
無光の海の濃霧の中から、息が詰まるほど巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。
それは――
惨白い高次元の白骨と、冷たい秘銀を幾重にも組み合わせて造られた、巨大な審判戦艦だった。
艦名は――
編劇会総本部直属、
「最終審判裁決艦」。
戦艦の艦首には、数千人にも及ぶ高次元審判官が整然と並んでいる。
全員が黒金の礼装を身にまとい、手には因果の鎖を握っていた。
そして。
戦艦の中央。
そこには、無数の金色の法則の鎖に取り囲まれた、威厳に満ちた人影が座していた。
編劇会総本部――
首席裁決長。
カールが口にしていた、遥か高みから多次元宇宙を見下ろし、世界の生殺与奪とフォーマットを司る、本当の権力者だった。
戦艦の拡声器から、冷たく威厳に満ちた声が響き渡る。
その声は、無光の海全体を轟かせていた嵐のような音さえ、一瞬で押し潰した。
「林野」
「浮世書斎の――違法な店主よ」
首席裁決長の声には、人間らしい感情が一切なかった。
まるで高みに座す神が、足元の小さな存在に運命を言い渡しているかのようだった。
「お前たちは第77号支流へ不法侵入し、第108号鏡中宮殿を破壊した」
「そして、二枚の初期原稿を強奪した」
「その罪――許されるものではない」
声が、無光の海に冷たく響く。
「今すぐ原稿を引き渡せ」
「因果を自ら封じ、中央審判廷において永久抹消契約へ署名しろ」
「そうすれば……」
「お前たちの残魂を一片だけ残し、無光の海の辺縁で自生自滅することくらいは許してやろう」
その圧倒的な威圧を前に。
甲板に立つレインと墨清の表情が、わずかに強張った。
これまで感じたことのない、恐ろしいほどの圧力。
さすがに二人も、その存在の異常な重さを肌で感じ取っていた。
だが――
その最前列に立つ林野は、笑った。
恐れるどころか。
林野は無刃聖剣を肩に担ぎ上げると、懐の帳簿を軽く叩いた。
そして。
心底馬鹿にしたような鼻笑いを一つ漏らす。
「永久抹消?」
林野は首を傾げた。
「随分と偉そうな肩書きだな」
そして、一歩前へ出る。
声そのものは大きくない。
だが、その言葉には相手に一歩も引けを取らない、市井の因果が込められていた。
無光の海の暗闇を、真正面から切り裂くように響き渡る。
「俺はここまで来る間に、金を借りて返さねえ奴の言い訳をいくらでも聞いてきた」
林野は笑った。
「だが、お前みたいに堂々とふんぞり返って、最初から自分が大大家みてえな顔してる奴は、そう多くねえな」
無刃聖剣の切っ先を、巨大な裁決艦へ向ける。
「御託はいい」
「編劇会総本部が、何紀元も前から多次元宇宙に溜め込んできた総勘定を出してもらおうじゃねえか」
林野の目が鋭く光った。
「今日、清算証明書を出せねえってんなら――」
その口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
「人も船もまとめて、そっちのボロ戦艦ごと――」
「正式に差し押さえてやるよ!」




