第四十六章 終焉号の最終審判航路
轟――!!!
林野の一声とともに、「終焉号」因果専列車が、多次元時空そのものを震わせるような咆哮を上げた。
車体の両側に走る、もともとは錆だらけだった歯車と因果管線が一斉に点灯する。
そして、すでに手に入れた二枚の「初期原稿」の残片が、列車の中枢で眩いばかりの金色の光を放ち始めた。
二つの残片は一つに重なり――
漆黒を引き裂く巨大なドリルへと変わる。
そして、「終焉号」はそのまま、編劇会総本部へ通じる究極の通路へと真正面から突っ込んだ。
無理やり、こじ開ける。
列車内部。
張り詰めているはずの空気には、妙な熱気まで混じっていた。
レインは車頭の因果シールドに、第77号支流から持ち帰った高エネルギー冷却ポンプを取り付ける作業に追われている。
その口からは、どこで覚えたのか分からない鼻歌まで流れていた。
「こいつはすげえな。初期原稿を二頁も積んで走るんだ」
冷却ポンプを固定しながら、レインは画面を覗き込む。
「今のこの列車の因果放射値なら、編劇会総本部のレーダーだって、直接焼き切れちまうんじゃねえか?」
その隣では、墨清が座っていた。
彼女は綺麗な白い布を使い、断剣に残る剣罡を丁寧に拭き取っている。
やがて顔を上げる。
その視線は、車窓の前に腕を組んで立つ林野へ向けられた。
「第108号支流から編劇会総本部の『中央審判廷』までの間には、『無光の海』と呼ばれる高次元禁区を通過しなければならない」
墨清の声は重かった。
「そこには法則が存在しない」
「あるのは――」
一瞬、言葉を切る。
「編劇会によって完全に抹消された、無数の平行宇宙の残骸だけ」
墨清は林野をまっすぐ見つめた。
「林野。これから相手にするのは、もう代理人や守衛ではないでしょうね」
「本物の――『裁決長』になるはずよ」
列車の隅。
五重にも六重にも縛られていたカールが、「中央審判廷」と「無光の海」という言葉を聞いた瞬間、これまで辛うじて保っていた平静を完全に失った。
顔から血の気が引いていく。
そして、神経質な笑い声を上げ始めた。
「狂っている……!」
「お前たちは、本当に狂っている!」
カールの声が車内に響き渡る。
「中央審判廷は、多次元宇宙の因果律、その絶対的な中枢だ!」
「そこには、すべての世界の生殺与奪を握る権限がある!」
「二枚の原稿を持って自分から罠に飛び込むだと!?」
カールは笑いながら叫んだ。
「お前たちは、自分たちが本当に無敵の大家だとでも思っているのか!?」
「そこへ行けば――」
「すべての帳簿は、一瞬でゼロにフォーマットされる!」
林野は振り返りもしなかった。
ただ、指先を軽く弾く。
パチン。
次の瞬間、因果の拘束が走った。
カールの口元を完全に塞ぐ。
「ん……! んんっ……!」
もはや彼にできるのは、くぐもった呻き声を漏らすことだけだった。
林野はゆっくりと振り返った。
そして列車の前方へ視線を戻す。
そこには――
深く。
重く。
まるで光そのものさえ飲み込んでしまうかのような、果てしない暗黒が広がっていた。
「無光の海」。
その姿を前にしても、林野の口元にはいつもの、どこか人を食ったような笑みが浮かんでいる。
彼は腰元の帳簿を、ぽん、と軽く叩いた。
帳簿は、旅を重ねるたびに厚みを増している。
その表紙を指先で撫でながら、林野は静かに口を開いた。
「ゼロにフォーマット?」
「俺だって商売を長くやってきたがな」
林野は鼻で笑った。
「借金踏み倒してる奴が、借用書を破り捨てたからって、『はい、これで全部なかったことです』なんて顔してるところは、まだ一度も見たことがねえ」
林野は窓の外を見つめる。
「無光の海だろうが、中央審判廷だろうが……」
次の瞬間。
林野は腰の無刃聖剣を一気に抜き放った。
キィン――!
剣身のない聖剣から、鋭い音が響く。
その切っ先を、前方に広がる果てなき闇へと向ける。
轟音を上げる列車の中で、林野の声が響き渡った。
「浮世書斎の帳簿に名前が残ってる限り――」
その目には、恐れなど微塵もなかった。
「今日、この多次元宇宙をひっくり返すことになったとしてもな」
無刃聖剣を握る手に力がこもる。
「この総勘定だけは――」
林野は、暗黒の彼方を睨みつけた。
「何が何でも、命張ってでも、きっちり精算させてやる!」
轟々々――!!!
「終焉号」が唸りを上げる。
熱い人の世の息吹をまとったまま。
巨大な車体が、無光の海の荒れ狂う霧へと一気に突っ込んでいった。
その先にあるのは――
編劇会総本部の中枢。
そして。
最後の総決算へ向かう、最終航路だった。




