第四十章 因果律の通行料
轟――!
金色の因果軌道が虚空を切り裂き、長い光の軌跡を描きながら、林野、墨清、レインの三人を乗せて、多次元宇宙の支流と支流の隙間を猛烈な速度で駆け抜けていく。
周囲の景色は、さっきまでの廃土とネオンの世界をあっという間に置き去りにした。
代わりに、無数の奇怪な並行世界の残像が、目にも留まらぬ速さで流れていく。
雲の上を航行する巨大な蒸気飛空艇の群れ。
無数の巨大な歯車が噛み合う、巨大なぜんまい仕掛けの大陸。
そしてそのさらに向こうでは、黒いローブをまとった数人の高次元観測者が、時空の壁越しに、この暴走する「徴収専用列車」を見つめていた。
その顔には、隠しきれない恐怖が浮かんでいる。
「けっ。あの観測者どもの顔を見てみろよ」
レインは車両の壁にもたれながら、手の中で高次元エネルギー結晶を弄んでいた。
口元には、明らかに面白がっている笑みが浮かんでいる。
「第77区画で俺たちがやらかした騒ぎ、もう編劇会本部の経理部が頭を抱えてるんじゃねえか?」
墨清は車両の反対側で静かに胡坐をかいていた。
目は閉じたまま。
膝の上には断剣を横たえている。
周囲を流れる因果の波動が、次第に速度を増していくのを感じ取っていた。
「第二の原稿残片がある支流の座標に近づいているわ」
墨清が静かに告げる。
「ただ……ここの法則による拘束は、機械墓場よりも奇妙ね」
彼女は目を開いた。
「周囲の空間そのものに、大量の未承認『高次元通行税』の契約鎖が張り巡らされている」
林野は答えなかった。
ただ、手元の帳簿を黙々とめくっている。
第77区画の不良債権を回収して以来、帳簿に刻まれた金色の印は、以前よりもはっきりと輝くようになっていた。
しかも、その光には因果の波動そのものを隠すような、不思議な性質まで帯びている。
そして最新の頁には――
ひとつの新しい座標が、刺すような赤い光を放ちながら点滅していた。
【第108号支流:鏡中浮世ワルツ】
「鏡中浮世ワルツ?」
林野は眉を上げた。
そして、妙な名前だと言わんばかりに笑う。
「その名前だけ聞くと、帳簿を取りに行くっていうより、どこかで音楽でも聴きに行くみてえだな」
「名前に騙されないで」
突然、車両の隅から声がした。
カルだった。
かつては傲慢そのものだった首席徴収官。
今では因果拘束陣の中に、文字どおり簀巻きにされた状態で転がされている。
カルは不機嫌そうに林野を睨み、冷たく笑った。
「第108号支流は、至高編劇会が『偽りの物語』と『改竄された歴史』を保管するためだけに作った鏡像世界だ」
「そこでは、あらゆる因果も、契約も、帳簿も、すべてが逆転している」
カルは言葉を続ける。
「お前が家賃を取り立てているつもりでも――実際には、誰かが仕掛けた罠の上に立っている可能性だってある!」
「逆転してる?」
林野は、簀巻きにされたカルを横目で見た。
そして鼻で笑う。
「浮世書斎の帳簿に入っちまえば、黒い帳簿だろうが白い帳簿だろうが関係ねえ」
林野は帳簿を閉じる。
「俺の手に渡った以上、全部きっちり規則どおりに帳尻を合わせてもらう」
そして、腰に手を伸ばした。
無刃聖剣の柄を、ぽん、と叩く。
「それに、罠だろうが何だろうが――」
その声は穏やかだった。
だが、そこには一切の迷いがない。
「俺が一番好きなのはな」
林野は口元を吊り上げる。
「人が仕掛けた罠を、そのままぶっ壊して、そいつら自身の破産清算所に変えることなんだよ」
轟隆――!
その瞬間だった。
進行方向の因果軌道の先から、突然、凄まじい轟音が響き渡った。
前方を見る。
そこには、無数の発光する契約書の切れ端が複雑に絡み合い、巨大な「料金所」を形作っていた。
因果軌道のど真ん中を完全に塞いでいる。
料金所の上には、巨大なネオン看板が掲げられていた。
【前方・至高編劇会所属料金所】
【通行料未納者は、すべての物語権限を剥奪する!】
料金所の正面には、数百人もの者たちが整然と並んでいた。
全員が金色の豪奢な礼装を身にまとい、顔には表情ひとつない無面の仮面をつけている。
手にしているのは、すべて同じ形の高次元因果槍。
彼らは、猛スピードで突っ込んでくる因果専列車を、冷たい視線で見つめていた。
先頭に立つ無面儀仗隊長が、ゆっくりと因果槍を掲げる。
その声は、金属を擦り合わせるような不快な音だった。
「『終焉号』因果専列車!」
「重大な規則違反による無許可通行の容疑がある!」
「ただちに停止し、資産差し押さえおよび物語フォーマット化を受けよ!」
道のど真ん中に立ちはだかる料金所を見て、レインは機械義肢の関節を軽く動かした。
そして、にやりと笑う。
「おいおい、今度は通行料まで取り始めたのかよ」
レインは林野を見る。
「林野。どうやら高次元の金持ちども、本当に金に困ってるらしいな」
林野はゆっくりと立ち上がった。
無刃聖剣を手に取る。
口元には、冷たい笑みが浮かんでいた。
そして一歩、前へ踏み出す。
列車のステップに足を乗せた瞬間――
その声が、轟くような市井の因果を伴って、虚空へ響き渡った。
「通行料だと?」
林野は前方の料金所を見据える。
そして、ゆっくりと言った。
「だったら、あの連中に伝えろ」
無刃聖剣を握る手に、わずかに力が入る。
「浮世書斎の店主はな――」
林野は笑った。
「仕事に出かけるのに、通行料なんざ払わねえ」
一拍。
「取るのは――滞納金だけだ!」




