↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浮世書斎と未亡の刃  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/56

第三十五章 期限切れの徴収と、暴力の請求書

ジジジ――轟ッ!


林野の「滞納金」と「環境汚染費」に関する言葉が、冷たいネオンの雨夜に響き渡る。


だが――


返ってきたのは、理性的な商談でもなければ、契約についての話し合いでもなかった。


むしろ。


先頭に立っていた半機械・半亡霊化した機械統領の胸部で、真紅の電子眼が激しく明滅した。


次の瞬間。


けたたましい警報音が、廃土都市全体へ響き渡る。


その機械の高次元残存底層ロジックには――


そもそも「家賃」という概念が存在していなかった。


「債務」も。


「契約」も。


「滞納」も。


存在しない。


あるのは、ただ一つ。


――許可されていない信号を、すべて抹消する。


それだけだった。


「不法な債務要求を検知」


機械統領の電子音声が、雨幕の中で冷たく響く。


「第77区画・最高位清掃プログラムを起動」


「対象を物理分解し――」


「基礎データストリームへ変換する」


轟ッ!


その瞬間。


数十体の重装暴動機械が、一斉に動いた。


高出力レーザーブレードが空気を切り裂く。


青白い電弧が雨粒を焼き払い、無数の光の筋となって林野たちへ襲いかかる。


ドドドドドッ!


重装機械の重量に耐えきれず、街路の地面が次々とひび割れていく。


泥水が跳ね上がり、転がっていた錆びた歯車が宙へ舞う。


そして高熱によって瞬時に蒸発し――


大量の白い蒸気となって、三人の視界を覆った。


「林野!」


レインが叫ぶ。


「こいつらには、契約ってもんが通じないぞ!」


口元を歪める。


次の瞬間。


両腕の機械義肢が展開した。


ガシャンッ!


内部から二本の巨大な合金重鋸が飛び出す。


刃が高速回転を始めた。


「こういう鉄くず相手には――」


レインは真正面から突っ込んだ。


「物理的に冷静になってもらうしかないだろ!」


ガンッ――!!


耳をつんざくような金属衝突音が、荒廃都市全体へ響き渡った。


暴動機械のレーザーブレードが、レインの肩口へ叩き込まれる。


だが――


レインは一歩も退かなかった。


機械義肢の駆動音が唸る。


「――ッ!」


両腕へ力を込める。


ギャリギャリギャリッ!!


高速回転する合金重鋸が、相手の装甲を真正面から削り取った。


火花が雨の中を散る。


そして――


ズガンッ!


巨大な胸部装甲が、丸ごと引き裂かれた。


内部の回路がむき出しになる。


暴動機械が数歩よろめき、その場へ膝をついた。


その反対側では――


墨清は腰の断剣すら、完全には抜いていなかった。


ただ、二本の指を立てる。


「……」


静かに。


剣のように。


彼女の周囲に漂っていた剣罡が、一斉に動いた。


ヒュンッ!


数条の光が雨幕を貫く。


正確だった。


あまりにも正確だった。


暴動機械の装甲を避け、関節の隙間を通り抜け、その内部にある核心処理機構だけを貫いていく。


カチッ。


カチッ。


バキッ!


次々と機械の関節が停止する。


煙を上げながら、重装機械が地面へ倒れていく。


わずか数呼吸。


それだけで――


数十体いた暴動機械の大半が、ただの鉄くずへ変わっていた。


だが。


その隙を見逃さなかった存在が一体だけいた。


機械統領。


巨大な身体が、突然大きく跳ね上がる。


ガシャンッ!


その巨体が夜空を覆う。


同時に、両腕へ残存する高次元エネルギーが集束していく。


光が凝縮する。


そして――


一本の巨大なイオン戦槌へと変わった。


「――排除」


轟ッ!


機械統領が落下する。


巨大な戦槌が、林野の頭上へ一直線に振り下ろされた。


「林野、危ない!」


墨清の目が鋭くなる。


彼女が踏み出そうとした、その瞬間。


林野が片手を上げた。


「いい」


「客人のお嬢さん」


「手を出さなくていい」


林野は、その場から一歩も動かなかった。


ただ――


ゆっくり息を吐く。


そして腰の無刃聖剣へ手を伸ばした。


スッ。


抜いた。


派手な剣気はない。


眩しい光もない。


ただ、長い年月を越えてきたような傷跡を残した、飾り気のない鉄の剣。


それが――


巨大なイオン戦槌を迎え撃った。


次の瞬間。


轟――――ッ!!


剣と戦槌が衝突した。


しかし。


爆発したのは、単純なエネルギーではなかった。


その場に存在していた空間そのものが、一瞬だけ凍りついた。


そして――


重い。


あまりにも重い何かが、爆発的に広がった。


「人の世の息吹」。


第七街区の市場。


老張じいさんの豆腐屋。


唖叔が毎朝運んでいた荷物。


張おばさんの家賃催促。


客人たちの何気ない会話。


雨の日に誰かが差し出した傘。


明日の食事を考える人。


一枚の布団を取り合う人。


壊れた店を直す人。


そして――


ただ生きるために、毎日働いている無数の普通の人々。


それらすべてが、林野の剣へ流れ込んでいた。


機械統領の巨大な電子身体が――


ビクンッ!


大きく震えた。


真紅の電子眼に、あり得ない映像が次々と映し出される。


第七街区の喧騒。


老張じいさんの豆腐屋。


路地裏を走る子供。


客人たちの笑い声。


そして――


誰も特別ではない人々が、今日を生きるために繰り返している、ごく普通の日常。


「……これは……」


機械統領の電子音声が乱れる。


「何だ……このデータストリームは……」


「なぜ……」


「論理的矛盾が……存在しない……?」


ジジジ……。


核心処理装置から黒煙が噴き出す。


機械統領は理解できなかった。


理解できるはずもなかった。


それはデータではない。


計算式でもない。


誰かが作ったコードでもない。


ただ――


人が生きてきた結果だった。


「だから言っただろ」


林野は無刃聖剣を片手で握ったまま、淡々と言った。


「お前らのそれ――」


「悪質な滞納だって」


グッ。


腕をわずかに振る。


次の瞬間。


凄まじい力が剣身を通って逆流した。


バキィィン!!


機械統領の手にあった巨大なイオン戦槌が――


無数の光の粒へと崩壊した。


「な――」


林野は止まらない。


一歩踏み込む。


そして――


無刃聖剣の柄を、機械統領の核心制御中枢へ叩き込んだ。


ドゴォォン!!


巨大な身体が吹き飛ぶ。


何メートルも地面を滑り――


最後には、轟音とともに仰向けに倒れた。


その胸部。


かつて編劇会の徽章が刻まれていた場所は――


完全に粉砕されていた。


機械統領は、もう一言も発しなかった。


周囲に残っていた暴動機械たちが、動きを止める。


一体。


また一体。


ゆっくりと後退していく。


赤い電子眼には――


恐怖。


そして、論理崩壊を示す大量の文字化けが明滅していた。


林野は無刃聖剣を収める。


そして、ずっと胸元に抱えていた分厚い帳簿を軽く叩いた。


「ほらな」


「ちゃんと、情に訴えて道理を説明してやれば――」


林野は倒れた機械統領を見た。


「この勘定も、無事に第一段階の徴収完了ってわけだ」


ネオンの雨が降り続いている。


壊れたホログラム広告が、相変わらず意味のない商品宣伝を繰り返している。


その中で――


林野の帳簿だけが、静かに一頁をめくった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。