第二十六章 氷原の徴収同行
轟――!
耳障りな金属音を響かせながら、「終焉号」特急因果列車が氷原のど真ん中で、ぴたりと停止した。
列車の正面には、無数の巨大な純白の法条と高次元の天秤が複雑に絡み合った「徴収法廷」が、吹雪の中にそびえ立っている。
その周囲を、銀白色の制服に身を包んだ数千人もの徴収衛隊が取り囲んでいた。
法廷の中央。
虚空に浮かぶのは、ひどく高い位置に据えられた黒曜石の椅子。
その上には、仕立ての良い制服を着込み、金縁の片眼鏡をかけた中年の男が腰を下ろしていた。
男は分厚い金色の帳簿をめくっている。
こちらには、目を向けようともしない。
「『終焉号』特急因果列車。至高編劇会の認可を得ず、北境封鎖区域へ無断侵入。さらに、第七街区および周辺支流に対する底層因果税を長期にわたり滞納している」
男はゆっくりと帳簿を閉じた。
そして初めて顔を上げる。
冷たく鋭い双眸が、列車から降りたばかりの林野へ真っ直ぐ向けられた。
「私は北境第404区画を担当する首席徴収官、カールだ。林野店主――お噂はかねがね聞いている」
一拍置いて、男は眼鏡の位置を直した。
「だが、今日君の請求書を処理する前に――まず、合法性について話し合う必要があるようだな」
林野の背後。
レインはカールの姿を見た瞬間、表情を強張らせた。
そして、低い声で林野に告げる。
「気をつけろ。あいつは編劇会でも有名な『鉄面の帳場』だ」
レインは周囲を警戒しながら続けた。
「奴が担当した廃墟は、因果も情も関係ない。コードと死んだ帳簿だけを信じる。あいつに差し押さえられた世界の支流は――跡形すら残らない」
その隣では、墨清が腰の断剣を強く握りしめていた。
高次元の圧力を放つ徴収衛隊が、周囲を完全に包囲している。
だが――。
林野はまるで自分の庭を散歩しているかのように、のんびりと肩に積もった雪を払った。
腰の無刃聖剣にすら手をかけない。
ただ斜めに目を細め、目の前に広がる巨大な法廷装置を眺める。
「徴収官?」
林野は眉を上げた。
口元には、笑っているような、笑っていないような表情が浮かんでいる。
「こりゃ奇遇だな。同業者じゃねえか」
そして、カールを見上げる。
「ただ、カールさんよ。あんた、ちょっと仕事が雑じゃないか?」
林野は帳簿を軽く叩いた。
「俺の知る限り、北境廃墟って土地は、何百年も前にあの古い頁守りから浮世書斎へ譲渡されてるはずなんだがな」
少し首を傾げる。
「どうした?」
「おたくら編劇会――土地を買う金もなくなって、とうとう無賃で居座ることにしたのか?」
カールが鼻で笑った。
そして黒曜石の椅子からゆっくりと立ち上がる。
高みから、林野を見下ろした。
「土地を買う?」
「林野、君はあまりにも世間知らずだ」
男は冷たく言い放った。
「この多次元宇宙において、すべての土地、因果、そして叙事権は、初めから至高編劇会の底層構造に帰属している」
「君たちが口にする『家賃』や『契約』など――」
カールの口元がわずかに歪む。
「システムの認証すら受けていない、違法な文字列に過ぎない」
次の瞬間。
カールが片手を振った。
轟音が氷原を揺らす。
背後の「徴収法廷」が、巨大な機械のように一斉に稼働を始めた。
無数の幽青色の債務鎖が虚空から噴き出す。
鎖は空間そのものを引き裂く暴風をまといながら、津波のように「終焉号」へ押し寄せてきた。
「君が帳簿の話をしたがるというのなら――」
カールの声が、吹雪を切り裂く。
「最高規格の『強制精算』で教えてやろう」
声が氷原全体に雷鳴のように響き渡った。
「編劇会の帳簿において――」
「お前たちは全員……」
「負債資産だ!」




