第二十一章 烈日と終焉裁決の激突
轟――!!
その瞬間、雲中坊市全体が、まるで音そのものを失ったかのように静まり返った。
至高の規則によって構成された十万本もの審判光線が、一斉に降り注ぐ。
それは、林野が姿を変えたあの金色の烈日と、真正面から激突した。
エネルギーの余波が広がることはなかった。
そこにあったのは、最も純粋な因果の引き裂きと、論理そのものの再構築だけだった。
林野は、両腕がそのまま引き裂かれてしまうのではないかと思うほどの激痛を感じていた。
無刃聖剣に刻まれた金色の文字が、密集する光線の直撃を受けて激しく明滅する。
消えそうになっては、また輝く。
林野は歯を食いしばった。
喉の奥に、鉄臭いものが込み上げてくる。
それでも――。
口元までせり上がった血を、無理やり飲み込んだ。
「こいつを……ぶち抜けぇぇぇッ!!」
林野が咆哮する。
その瞬間、背後にある浮世書斎そのもの。
そして第七街区に暮らすすべての人々。
雷恩と墨清の抱えてきた想い。
そこに積み重なってきたものすべてを、林野は無刃聖剣へと叩き込んだ。
地下密室。
歯車羅盤が、過負荷によって悲鳴を上げる。
ギギギギギ――。
次の瞬間。
轟ッ!!
十万本もの審判光線に包囲されながら、金色の烈日の中心に、一本の細い道が開いた。
わずか一人が通れるほどの、狭い道。
だが――それで十分だった。
雲上。
審判長の巨大な虚影が、初めて人間らしい驚愕を浮かべた。
『たかが底層の存在が――』
『なぜ、これほど巨大な逆向きの物語因果力を……』
林野は笑った。
「そりゃお前――」
金色の光の中で、黒い瞳だけが鋭く輝く。
「お前は全部のデータを計算できてもな」
「人の心と――」
「家賃の重さまでは、計算できねえんだよ!」
その言葉と同時に。
林野は、開かれた狭い道へと身を躍らせた。
無刃聖剣と一体となり、全身をまばゆい金色の光へと変える。
一直線。
雲の彼方に浮かぶ審判長の巨大な虚影へ向かって、突き進んだ。
キィィィン――!!
ガギィッ!
ガギィィィッ!!
耳を覆いたくなるような、不気味な破砕音が響き渡る。
審判長の前面に展開されていた、高次元の防御光幕。
絶対的な権威そのものを象徴する防壁が――。
無刃聖剣の一閃によって、少しずつ崩壊していく。
一枚。
また一枚。
そしてついに――。
林野の剣先が、審判長の核心へ届こうとした、その瞬間。
審判長の虚影が、ゆっくりと右手を上げた。
その手に現れたのは、純粋な規則コードだけで構成された一本の杖。
「――究極抹消の権杖」。
審判長は、それを林野へ向けて突き出した。
『規則上の漏洞――』
『強制的に、零へ帰す』
次の瞬間。
世界そのものが、停止した。
ドン――。
音もない。
風もない。
光さえ、動かない。
抗うことのできない絶対静止の力が、林野の全身を瞬時に包み込んだ。
空中で、その身体がぴたりと止まる。
金色の烈日が、急速にその輝きを失っていく。
無刃聖剣までもが、耐えきれないほどの悲鳴を上げた。
ギィィ……。
「……っ」
林野の身体に、透明な波紋が一寸、また一寸と広がっていく。
それは、単なる傷ではない。
存在そのものが、少しずつ消されている。
編劇会によって――。
「規則違反のデータ」として判定され、抹消されようとしているのだ。
「林野!」
下方。
浮世書斎の入口で、墨清が思わず叫んだ。
手にしていた断剣が、今にも滑り落ちそうになる。
雷恩は機械義肢を強く握り締めた。
その瞳には、隠しきれない絶望が浮かんでいる。
唖叔も。
張じいさんも。
そして第七街区の人々も。
誰もが拳を握り締め、息を呑んでいた。
――まさか。
――最後の抵抗さえ、完全にフォーマットされてしまうのか。
その瞬間だった。
身体をまったく動かせないはずの林野が、ゆっくりと顔を上げた。
黒い瞳には、絶望など一片もなかった。
そこに浮かんでいたのは――。
どこか狂気じみた、楽しげな笑みだった。
そして林野は、静かに口を開いた。
「……お前」
「俺が、一人で戦ってると思ってんのか?」
その言葉が落ちた瞬間。
地上。
それまで静かに佇んでいた浮世書斎が――。
突然、かつてないほどの金色の光を放った。
轟ッ!!
唖叔。
張じいさん。
そして第七街区に暮らす数千人もの普通の人々が、その瞬間、一斉に浮世書斎の木壁へと手を触れた。
彼らが持つ力は、決して強くない。
修行者でもなければ、強大な霊力を持っているわけでもない。
けれど――。
そこには確かに存在するものがあった。
今日もここで生きるということ。
誰かと交わした約束。
誰かから受け取った恩。
この街で過ごした時間。
家を失いたくないという気持ち。
そして――。
浮世書斎を、この場所に残したいという願い。
無数の弱くとも、確かな因果の願いが、何のためらいもなく地下の歯車羅盤へと流れ込んでいく。
轟――!!
それは、純粋な「人の世の息吹」から生まれた逆流だった。
金色の奔流となったそれは、一頭の巨大な龍へと姿を変える。
大地から天へ。
歯車羅盤から――。
林野の握る無刃聖剣へ。
そしてそのまま、剣の柄を伝って、林野の身体へと猛烈な勢いで流れ込んでいった。
ゴォォォォッ!!
「……これが……」
林野の瞳に、金色の光が宿る。
「俺一人の力じゃねえってことだよ」
次の瞬間――。
バキィィィン――!!
絶対的な抹消を象徴していた、究極抹消の権杖。
その杖に――。
一本の巨大な亀裂が走った。
パキ……。
パキパキ……。
そして。
ガシャァァァン!!
数え切れないほどの普通の人々の想いが押し寄せた瞬間。
絶対的な規則によって作られていたはずの権杖は――。
ついに、音を立てて砕け始めた。




