↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浮世書斎と未亡の刃  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/56

第十八章 旧世界の真相と、契約の重み

轟ッ!


鈍い轟音とともに、路地の入口を覆っていた朝霧が、金色の烈火によって完全に引き裂かれた。


最後に残っていた審判廷の重装衛長が、林野の鋭い剣勢によって吹き飛ばされる。


その身体は遠くの廃墟へと叩きつけられ、手にしていた長戟は無数の青いコードへと崩れ、空気の中へ消えていった。


林野は剣を収める。


そして軽く息を吐くと、手についた埃を払った。


激しい戦いの中で、青い衣にはいくつかの切り傷が増えていた。


それでも、その呼吸は乱れていない。


眉間に皺ひとつ寄せていなかった。


「最近の執行隊ってのは、日に日に質が落ちてるな」


林野は何気なくそうぼやくと、そのまま浮世書斎の中へ戻っていった。


店内では、雷恩がカウンターの脇にぐったりともたれかかっていた。


機械義肢から流れていた電流も、先ほどよりかなり弱まっている。


その足元には、あの「廃墟の鉄箱」が静かに置かれていた。


墨清は清潔な布を一枚、雷恩へ差し出しながら、その一方で鉄箱の表面を絶えず流れている奇妙な光紋を警戒している。


林野が戻ってくると、雷恩は何とか立ち上がろうとした。


だが、林野がその肩を押さえた。


「いいって。そんな堅苦しいのはやめようぜ」


「ここまで来たなら、もう立派な客人なんだからな」


林野は椅子を一脚引き寄せて腰を下ろす。


そして、古い墨の香りを漂わせている鉄箱へと視線を向けた。


「それで、話してくれよ、レインさん」


「そんなデカいお宝を背負って、旧世界から雲中坊市まで逃げてきたんだろ?」


「しかも編劇会の連中は、『抹消の権杖』まで持ち出してきた」


林野は顎に手を当てる。


「いったい中に何が入ってるんだ?」


「そんなに連中が必死になって取り戻したがる、ヤバいもんなのか?」


雷恩は苦笑した。


そして、光を失ったような目をゆっくりと上げる。


その視線が、簡素ではあるものの、なぜか不思議な安心感を漂わせているこの書斎を一周した。


「ここに入っているのは……第一部の真実の歴史だ」


雷恩の声は低く、掠れていた。


そこには、長い年月を生き延びてきた者だけが持つ疲労が滲んでいる。


「お前たちは、雲中坊市と至高編劇会が、この世界のすべてだと思っているのか?」


「違う」


雷恩は静かに首を振った。


「第一部の因果網が崩壊する前――」


「この世界は、すでに何度も『フォーマット』を経験していた」


「そのたびに、俺のような人間が何人もいた」


「世界から消されてしまった、本当の生命と物語を記録しようとした人間がな」


雷恩は鉄箱の隙間から滲み出ている透明な液体を指差した。


「これが、その残りだ」


「至高編劇会によって『規則違反の異物』と判定された、何億もの生命の記憶だ」


雷恩の声が、少しだけ低くなる。


「もし審判廷にこれを奪われれば――」


「次の『書き換え』で、雲中坊市にいるすべての人間と、その記憶が……」


「魂のない、ただの傀儡データに変えられる」


墨清は話を聞き終えると、表情を極端に険しくした。


「だから編劇会は、本部の力まで動員したのね……」


「これはただの密輸なんかじゃない」


「世界の底層秩序そのものに対する、正面からの反逆よ」


林野は何も言わなかった。


ただ静かに話を聞きながら、指先で木製のカウンターを軽く叩いている。


コン。


コン。


しばらくして。


林野は顔を上げた。


そして、落ち着いた目で雷恩を見る。


「つまり――」


「その箱が俺の店にある限り、編劇会の連中は俺たちを放っておいてくれないってことだな?」


雷恩は一瞬、呆気に取られた。


そして、無意識に頷く。


「理屈の上では……そうなる」


「もし迷惑なら、俺が鉄箱を持って出ていく」


「この書斎を巻き込むつもりはない……」


「出ていく?」


林野が、ふっと鼻で笑った。


雷恩の言葉を遮る。


「レインさん。一つ、勘違いしてないか?」


林野は立ち上がった。


そして雷恩の肩を軽く叩く。


その声には、いつもの軽さとは違う、妙に真っ直ぐな響きがあった。


「第一に、ここは浮世書斎だ」


「俺が店主だ」


「第二に――」


林野は雷恩を見る。


「お前は、もうこの扉をくぐった」


「だったら、お前は俺の客人だ」


林野は当然のことを言うように続けた。


「外に悪党が来たからって、家主が家賃を払った客人を追い出すなんて話があるか?」


雷恩は呆然と林野を見つめた。


口を開きかける。


だが、何を言えばいいのか分からなかった。


これまでの人生。


生死を分ける瞬間に待っていたのは、いつだって裏切りと切り捨てだった。


自分が生き残るために、他人を見捨てる。


他人が生き残るために、自分を見捨てる。


それが、雷恩にとっての「世界」だった。


だからこそ――


こんなにも筋が通っているようで、どこか無茶苦茶な。


それでいて、胸の奥を妙に熱くさせる。


そんな「客人の論理」を、雷恩は初めて聞いた。


その時だった。


書斎の隅に置かれていた、これまでずっと静かだった虚構の書が――


何の前触れもなく、一枚の頁を開いた。


空中に、真新しい金色の文字が一行ずつ浮かび上がっていく。


【第二巻:雲中坊市篇・サイドストーリー拡張】


【新たな因果の錨を獲得:

「旧世界の流亡者」レインの加入】


【現在の書斎の声望:

第七街区および廃墟の記憶との完全な結合を確認】


【警告:

至高編劇会本部が正式に「究極抹消プログラム」を起動しました】


【三日後――審判長が自ら雲中坊市へ降臨します】


最後の一行が浮かび上がった、その瞬間。


窓の外の空が、突然、晴天から暗闇へと変わった。


雲の彼方。


さらにその上。


虚無の深部から、魂さえ凍りつかせるような高次元の圧力が、ゆっくりと降りてくる。


林野は変わりゆく空を見上げた。


それから、隣にいる墨清と雷恩へと視線を戻す。


そして――


いつもの、不敵な笑みを口元に浮かべた。


「どうやら三日後には、店を開けて客を迎える準備をしなきゃならないらしいな」


林野は無刃聖剣へと目を向けた。


「ただし、今度の客は――」


その笑みが、少しだけ深くなる。


「高いところから偉そうにしてる『編劇』どもだ」


「だったら、そいつらにも――」


「たっぷり味わってもらおうじゃないか」


「――破産ってやつをな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。