第十二章 旗艦内部の決裂と書き換え
耳をつんざく警報音が、執行飛舟の指揮室内にけたたましく鳴り響いていた。
目を焼くような赤い光が、高次元コードによって構成された制御ホール全体を、まるで血の池地獄のように染め上げている。
轟!
凄まじい轟音とともに、指揮室の分厚い合金製の扉が、荒々しい金色の烈火によって無理やり吹き飛ばされた。
林野は、無数の書頁の背表紙が絡み合って形作られた刃なき聖剣を手に、床一面に散らばった破片と弾ける火花を踏み越えながら、ゆっくりとホールの中央へ歩み入った。
青い衣はすでにぼろぼろに裂け、全身には血がこびりついている。
それでも、その両目だけは異様なほど鋭く輝いていた。
「お……お前は、一体何なんだ……?!」
銀白色の重装鎧を身にまとった数人の審判廷上級衛長が、恐怖に顔を引きつらせながら武器を構え、林野を阻もうとする。
だが、林野の身から放たれる、あらゆる規則を打ち破ろうとする決意を前にして、彼らの手にしたエネルギー長戟は、形を成すことすらできなかった。
林野は、彼らを見ることさえしなかった。
ただ、手にした聖剣を無造作に一振りする。
金色の文字が荒々しい波紋となって横薙ぎに広がった。
数人の衛長は、身につけていた重装鎧ごと、乾いた音を立てて無数の崩壊したコード片へと変わり、そのまま後方へ吹き飛ばされていった。
指揮室の最奥。
黒金の仮面をつけた審判廷の指揮官は、林野を凝視したまま、信じられないという震えを声に滲ませた。
「あり得ない……」
「お前はただの、修仙の入口にすら立っていない底層の凡人にすぎない。なのに、どうして編劇会の底層物語権限に直接干渉できる……?」
「こんなもの……脚本の論理に存在するはずがない!」
林野は冷笑しながら制御盤の前まで歩いていく。
そして、刃なき聖剣を逆手に取り、主制御コアへと乱暴に突き立てた。
金色の輝きが剣柄を伝って、飛舟のシステムへ一気に流れ込んでいく。
周囲を走っていた幽青色のコードが、一瞬にして広範囲にわたり金色へと染め上げられた。
「何が脚本の論理だ……」
林野は冷たく相手を見据えた。
その声は低く、強烈な圧力を帯びていた。
「俺の店、俺の街の連中、俺の客人――」
「いつから、お前ら天上に引きこもってる連中が、勝手に口を出していいことになったんだ?」
指揮官は怒りに任せて叫んだ。
「貴様はここを破壊した! このままでは雲中坊市全体の因果網が完全に崩壊する!」
「そうなれば、お前たちは全員、規則の反噬によって死ぬことになるぞ!」
「だったら、崩壊させればいい」
林野は口の端を吊り上げた。
その笑顔は、驚くほど晴れやかだった。
「今日ここで、偉そうにしてるお前ら『編劇』を全員この街から追い出せるってんなら――」
「この新しい脚本は、俺が自分で書いてやる!」
言葉が落ちた瞬間。
林野は主制御コアを、力いっぱい押し込んだ。
轟音――!
内部の中枢そのものが完全に逆書き換えされた瞬間、巨大な執行飛舟は制御を失った。
飛舟は凄まじい悲鳴のような音を上げながら、空中で激しく揺れ始める。
やがて、黒煙を引きずりながら、その巨大な船体は轟音とともに遠くにそびえる雲中坊市の中心高塔へ向かって墜落していった。
旗艦が炎に包まれながら落下していくのを見た残り十一隻の執行飛舟は、事態の異常さを悟った。
そしてついに、絶対的な恐怖の中で統制を失い、我先にと天の彼方へ逃げ散っていった。
第七街区の上空に、再び空が戻ってきた。
破壊された浮遊書斎が、静かに空中へ浮かんでいる。
金色の残光がゆっくりと降り注ぎ、眼下の瓦礫の中から顔を覗かせる普通の散修や平民たちを照らしていた。
誰もが、九死に一生を得た喜びに満ちた顔をしている。
墨清は、壊れた窓辺に立ち、目の前の光景を眺めていた。
張り詰めていた肩の力が、ようやく完全に抜けていく。
そして彼女は振り返った。
すぐ隣では、林野が荒々しく息を吐きながら、何の格好もつけず、その場にどかりと尻をついていた。
その姿を見て、墨清は思わず小さく笑った。
「ねえ、店主さん」
「……何だよ」
林野は力なく顔を上げる。
「このボロ書斎の家賃だけど――」
墨清は眉を上げた。
その瞳には、これまで見せたことのないほど明るい光が宿っている。
「どうやら、もう払わなくてもよさそうね」
「それどころか――」
「今日から、この坊市全体の『主権』まで、あなたが握ることになるんじゃない?」
林野は呆れたように目を回した。
そして、尻についた埃を軽く払いながら、遠くの、少しずつ晴れていく空を見上げる。
「そういうのはいいって」
林野は口元を歪めて笑った。
「まず帳簿を持ってきてくれ」
「さっきので、俺の板を何枚ぶっ壊した? 本を何冊ぶちまけた?」
「その分の勘定なら、外の連中と一冊ずつ、きっちり清算させてもらうからな」
雲中坊市の廃墟と再生が入り混じる風の中。
「浮世書斎」の第二巻の物語は、この瞬間、新しく、そしてどこか生活感に満ちた一頁を開いた。




