第十章 雲上の対峙と新たな同盟
天際の彼方。
幾本もの眩い幽青色の光柱が包囲するように、雲中坊市の核心高塔から一気に天へと伸びていた。
それは、編劇会の「審判廷」が総動員されたことを示す合図だった。
全部で十二隻。
高次元のコードによって編み上げられた執行飛舟が、まるで蒼穹に吊り下げられた巨大な影のように浮かんでいる。
それらは息苦しいほどの圧力をまといながら、ゆっくりと第七街区へ迫ってきていた。
坊市全体。
数百万にも及ぶ散修と一般の住民たちは、この瞬間、まるで終末そのものが訪れたかのような恐怖を感じていた。
無数の人々が地下室や崩れた壁の陰に身を縮め、息をすることさえ恐れている。
空中書斎の中。
木の床には、まだ斑点状の血痕が残っていた。
墨清は片手で壊れた窓枠を支えながら、遠くの空を覆い尽くす執行飛舟を見つめていた。
その顔色は、これ以上ないほど険しい。
「十二隻の審判飛舟……」
「それに、審判廷直属の正規執行衛隊までいる」
墨清は低い声で言った。
「これは一つの世界支流を滅ぼすための規模よ」
「林野……もう、私たちには止められない」
「すぐに書斎を捨てて、坊市の外にある荒墟へ逃げるしかない!」
逃げる?
林野はゆっくりと腰を伸ばした。
そして、光をほとんど失った刃なき聖剣を逆手に持ち、そのまま目の前の木の床へ突き立てる。
林野は手を上げて口元の血を拭った。
それから、何事もなかったかのように懐から一冊の古びた帳簿を取り出した。
長年使い込まれ、表紙もすっかり擦り切れている。
林野はそれを開き――
真っ白な頁を一枚めくった。
そして炭筆を取り出し、そこに書かれていた一行を、丁寧に一本の線で消した。
「荒墟まで逃げて、誰から家賃を取るんだ?」
林野は顔すら上げずに問い返した。
その口調はあまりにも気楽だった。
まるで外からやって来たのが、人を殺すための死神ではなく――
家賃の取り立てに来た近所の住民であるかのようだった。
墨清は一瞬、言葉を失った。
「こんな時まで、まだあの少しばかりの霊石のことを気にしてるの!?」
「これは、ただの霊石じゃない」
林野は帳簿を閉じた。
そして顔を上げ、墨清を見る。
血と汚れにまみれたその瞳には、恐怖など一欠片もなかった。
そこにあったのは――
ほとんど馬鹿げているようにさえ見える、頑固さ。
そして、妙に澄み切った光だった。
「この浮世書斎は、第七街区で三年間やってきた」
「近所のみんなから家賃をもらって、その代わりに、ちゃんと守るって約束した」
林野は淡々と続ける。
「今日、みんなの目の前で尻尾を巻いて逃げたら――」
「これから俺は、この街でどうやって顔向けして生きていけばいい?」
墨清は林野を見つめた。
何か言おうとして口を開く。
しかし、数え切れないほどの言葉は、最後には一つの苦笑へと変わった。
「あなた……本当に狂ってるわ」
「救いようのないくらいにね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
林野はにっと笑った。
血のついた白い歯が覗く。
その直後だった。
上空に浮かんでいた十二隻の執行飛舟が、突然、第七街区からおよそ百メートルほど上空で停止した。
十二隻すべての船底に刻まれていた巨大な符文法陣が、同時に光を放つ。
次の瞬間。
冷たい声が、拡声用の法器を通して轟いた。
その声は、坊市全体の上空へと重々しく響き渡った。
「規則違反の物語体――『林野』『墨清』に告ぐ」
「お前たちの抵抗行為は、至高編劇会『世界底層維持法』第二十三条に違反した」
「直ちに武器を捨て、武装を解除し、記憶フォーマットを受け入れろ」
「さもなくば――」
「第七街区に残されたすべての生命体を、『不要なデータ』として同時に完全消去する!」
その言葉が響いた瞬間。
暗闇に身を潜めていた無数の住民や散修たちから、恐怖の叫びと絶望の罵声が一斉に上がった。
「編劇会だ……!」
「この街全体を巻き添えにするつもりだ!」
「なんでだよ! 俺たちは何もしてないだろ!」
外から聞こえてくる絶望の叫び。
それを聞いた林野の笑みが、ゆっくりと消えていった。
彼は目を細める。
その瞳から、温度がすっと消えていく。
街にいる無関係な住民たちの命を、人質に取る?
それは――
林野という一人の普通の人間が、絶対に踏み越えさせない最後の一線だった。
自分の店を壊してもいい。
門枠を叩き壊してもいい。
だが――
自分が守ると決めた人間に手を出すというのなら。
その首がどれほど硬いのか、確かめてやる。
「へえ……『不要なデータ』ね」
林野は冷たく笑った。
そして、床に突き立てていた刃なき聖剣を、ゆっくりと引き抜く。
地下密室にある歯車羅盤が、まるで主の凄まじい怒りを感じ取ったかのように、低く荒々しい咆哮を上げた。
ゴォォォ……!
浮遊する空中書斎の表面に刻まれた金色の符文が、一瞬にして激しく輝きを増す。
無数の金色の光が、次々と巨大な鎖へと変わっていく。
そして――
天へ向かって一気に伸び上がった。
十二隻の執行飛舟を、逆にその場へと完全に捕らえる。
「墨清」
林野は振り返りもせずに呼びかけた。
「何?」
墨清は歯を食いしばる。
そして机の上に置かれていた半分に折れた長剣を、一気に掴み取った。
その目にも、鋭い光が宿る。
「この高いところから偉そうにしてる『編劇』どもを――」
林野の口元に、再びあの不敵な笑みが浮かんだ。
「空から引きずり下ろしてやりたくないか?」
墨清は林野を見つめた。
張り詰めていた身体から、ゆっくりと力が抜けていく。
そして――
澄んだ冷笑を漏らした。
「望むところよ」
言葉が終わるより早く。
空中書斎が、まばゆい金色の光に包まれた。
巨大な金色の光柱が一気に噴き上がる。
浮世書斎そのものが――
逆流する烈日へと姿を変えた。
そして、天空に浮かぶ巨大な執行飛舟艦隊へ向かって――
真正面から、轟然と突撃した!




