第86話 また皆で過ごせるといいな
皇太子フランの帰還。
公爵城 正門前
その日、公爵城の正門前には、皇室騎士団が整列していた。
整然と並ぶ白銀の鎧。
静かな緊張が門前に漂っている。
報告を受けたルードは足早に正門へ向かった。
一人の女性騎士が一歩進み出る。
「皇室騎士団副団長セディです」
セディは静かに礼をした。
「皇帝陛下のご命令により、皇太子殿下のお迎えに参りました」
上級騎士達が慌てて城内へ走っていく。
「公爵家当主ルードだ。
今、皇太子殿下へお伝えに向かわせた。
しばし待ってもらえるか?」
「お心遣い、感謝いたします。
それでは我々は、こちらで待たせていただきます。」
――その時。
場の空気を軽く砕く、緩い声が響いた。
「久々だなー」
セディの視線が一瞬鋭くなる。
「ロエル様。
お久しぶりです」
詰所の方から歩いてくるロエルに、皇室騎士団員達が一斉に顔を綻ばせた。
「元気でしたか?」
「最近どうです?」
思い思いに声を掛ける。
その様子を見たルードは、少し驚いたように目を細めた。
(意外と上手くやっていたようだな)
そこへ騒ぎを聞きつけたキドと団員達がやって来た。
「お久しぶりです。
お元気でしたか?」
キドが笑顔で声を掛けた瞬間――
空気が凍った。
「お、お久しぶりです!!」
「ご、ご無沙汰しております、騎士団長殿!!」
皇室騎士団員達は一斉に背筋を伸ばし、声を張り上げた。
明らかに緊張している。
ルードは困惑したようにキドを見る。
「お前、何してきた?」
「……」
「何故ロエルの方が馴染み、
お前の方が恐れられているんだ?」
キドは静かに顔を背けた。
「……」
皇太子の出立準備が整うまで、皇室騎士団と公爵家騎士団はしばし和やかに談笑していた。
そこへ――
「ルード様!
どうして執務室にいらっしゃいませんの?」
不機嫌そうな声が響く。
ユアンだった。
「ああ、すまないユアン嬢。
そろそろ帰る時間だったな」
その名を聞いた瞬間、セディがゆっくりとユアンに近づく。
「ご挨拶させていただきます。
皇室騎士団副団長、セディと申します。」
「……?」
「ええ。侯爵家の娘、ユアンと申しますわ」
セディはユアンを見て、わずかに眉を寄せた。
「……?」
ルードも首を傾げる。
「……私に何かご用かしら?」
沈黙を破ったのはユアンだった。
「失礼ながら、ユアン嬢はお強いと伺っております。
もし可能であれば、いつか私と対峙を――」
「……対決?」
ユアンは少し顎を上げた。
「構いませんわ。
お得意分野は?」
キドが二人に近づく。
(まずい)
「歴史? 法……」
「剣で」
二人の声が重なった。
「……は?」
「……え?」
ユアンもセディも固まる。
キドがそっとセディに耳打ちする。
「セディ卿。
ユアン嬢は口が達者なのです。
第二皇子殿下は口で、ユアン嬢に勝てないのです。」
セディがゆっくりキドを見上げた。
「つまり……」
「ユアン嬢は剣どころか、武自体を嗜みません」
(第二皇子殿下の説明が曖昧だったんだよな)
セディは完全に固まった。
そして――
みるみる顔が赤くなる。
どうやら第二皇子殿下の話を真に受け、
ユアン嬢を武人だと勘違いしていたらしい。
「!」
キドは思わず目を見張る。
「どういう状況だ?」
ルードが小さく呟く。
「何ですの? この方」
ユアンも首を傾げる。
ロエルの肩が小刻みに震えている。
セディは慌ててユアンへ向き直り、深く頭を下げた。
「大変失礼いたしました」
ユアンもルードも事情が理解できないままだった。
セディは顔を真っ赤にしたまま踵を返した。
キドは離れていくセディの背を目で追った。
気付けば少し口元が緩んでいた。
(……可愛かったな)
その時。
皇太子がラミアを伴い、公爵城から歩いてきた。
「迎えを寄越されてしまったな」
皇太子は穏やかな笑みで騎士団を見渡す。
「ルード、世話になったな」
「いえ」
ルードが頭を下げる。
「お兄様と過ごせて、とても楽しかったです」
ラミアが微笑んだ。
皇太子も柔らかく笑う。
「私も楽しかったよ。
また近いうちに」
軽くラミアを引き寄せ、抱きしめる。
そして次にロエルへ歩み寄り、両腕を広げた。
「いやいや」
ロエルは胸の前で手を振った。
「そうか」
皇太子は少しだけ首を傾げた。
「また茶を飲もう」
優雅な笑みを残し、皇室騎士団の方へ歩く。
「それでは失礼いたします」
セディは一礼すると、馬へ手をかけた。
皇室騎士団は皇太子の馬車を囲むように整列した。
「楽しい思い出が沢山できましたね。
フランお兄様」
ラミアは少し寂しそうに、それでも笑顔で兄と過ごした日々を振り返る。
皇太子は馬車の窓から軽く微笑む。
「また来るよ、ラミア」
馬車はゆっくりと城門を抜け、やがて視界の向こうへ消えていった。
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