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公爵家の問題児たちと天然皇女  作者: angelcaido
6章 The Trigger
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第81話 引き留められてしまったな

帰還命令――無視。

そして今日も、公爵城は騒がしい。

皇太子の客室


皆が寝静まり、公爵城も静まり返った頃。


夜の回廊を抜ける風が、窓の外の庭木をわずかに揺らしている。

灯されたランプの光だけが、広い客室を静かに照らしていた。


「皇帝陛下より、帰還命令が出ております」


側近が静かに告げた。


「そうか」


皇太子は椅子から立ち上がり、窓辺へ歩く。


窓枠に軽く身を預け、腕を組んだ。


「……充分だ」


夜の庭を見下ろしながら言う。


「陛下の命は満たしたはずだ」


側近が一歩進み出る。


「帰還に際し、皇室騎士団へ要請を出しますか?」


「いや。あと数日は暇をもらう。そう伝えてくれ」


側近の顔色が変わった。


「困ります! 私が陛下に叱られます!」


「任せたよ」


皇太子はわずかに口角を上げる。


「それに――」


窓の外へ視線を向けた。


夜風が庭木を揺らす。


「まだ、静かに茶を飲んでいたいからね」


側近はしばらく黙り、


それから静かに天を仰いだ。


(……帰還命令とは何だったのだろうか)



応接室


応接室には午後の光が差し込んでいた。


「そうですか、ついに――いえ、もうお帰りに。それは残念です」


ルードは口元を押さえながら言った。

まったく残念そうに見えない笑顔だった。


「大したおもてなしも出来ませんで。はは」


キドも肩を震わせながら頭を下げる。


声が妙に明るい。


ロエルだけは椅子に腰掛けたまま、窓の外を眺めていた。


ルードは咳払いを一つする。


「いや、本当に。もっといていただきたかったのですが」


満面の笑みだった。


皇太子はゆったり紅茶を飲み、カップを置いた。


「そうか」


穏やかに微笑む。


「それなら、もう少し滞在させてもらおうか」


「え」

「えっ!?」


ルードとキドが同時に固まる。


皇太子は小さく肩をすくめた。


「歓迎してくれていたとは、知らなかったな」


ルードの思考が止まる。


「い、いえ! 皇太子殿下は国を動かすお方。いつまでもこのような場所にお引き止めしては――」


「そうですよ!」


キドが勢いよく頷く。


「こんなむさ苦しい所に、いつまでもいていいお方ではありません!」


見事な手のひら返しだった。


ルードがゆっくり振り向く。


「むさ苦しいとは何だ。むさ苦しいとは」


低い声だった。


「き、騎士団のことですよ!」


キドが慌てて言う。


「事実むさ苦しいですし!」


「……確かにむさ苦しいが」


ルードは腕を組む。


「この城にはラミアもいるんだぞ

むさ苦しい城ではない」


「そういう問題ですか!?」


言い争いは白熱していく。


皇太子はその様子をしばらく眺め、


小首を傾げた。


「どうやら」


穏やかに呟く。


「私との話は終わったようだね」


ロエルは窓の外を見たまま答えた。


「そのようですね」


二人は同時に立ち上がる。


背後ではまだ口論が続いていた。


「だからむさ苦しいと言うな!」


「事実じゃないですか!」


扉が閉まる。


声だけが遠ざかった。



射場


石畳の訓練場を抜け、奥へ進む。


視界が開ける。


低い草地の先に、並ぶ的。


ここには誰もいない。


鳥の声と、草を揺らす風の音だけがある。


皇太子は弓を取り、弦を引いた。


矢が放たれる。


乾いた音。


矢は真っ直ぐ飛び、的の中心近くに刺さった。


「ここは静かで良い」


皇太子は穏やかに言う。


ロエルも弓を取り、矢を番えた。


「……帰らなくていいんですか?」


皇太子は軽く笑う。


「私はこう見えても忙しくてね」


ロエルは弓を打ち起こす。


「でしょうね」


弦を引き分ける。


皇太子が続けた。


「……実は、それほどでもない」


ロエルの矢が外れた。


「どっちですか」


ロエルが弓を下ろす。


皇太子は肩をすくめた。


「私の中では忙しい」


「そうですか」


ロエルは矢を拾う。


皇太子は次の矢を番える。


「だからこそだ」


弦を引く。


「そなたとルードが命じられた件に、私も加われた」


矢が放たれる。


再び的へ。


ロエルは小さく笑った。


「困りましたよ、あの時」


皇太子は笑う。


「それは言ってくれるな」


ロエルも弓を引いた。


今度は矢が、的の中心に刺さる。


「お陰で早く解決できました」


皇太子はそれを見て目を細めた。


「ロエル」


矢を番える。


「また茶を飲もう」


ロエルは矢筒から矢を取る。


「結局、帰られるんですね」


皇太子は答えた。


「いや」


わずかに笑う。


「帰らない」


ロエルの手が止まった。


しばらく沈黙。


風が草を揺らす。


「そうですか」


ロエルは弓を構え直した。


(……帰らないのかよ)


射場には、再び風の音だけが流れていた。

お読みいただきありがとうございます。

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