第79話 私にとって臣下は皆、兄弟だ
天然は血筋?
ラミアの教育を終えたユアンは、執務室での報告を終え、ルードと共に馬車へ向かっていた。
「殿下は物覚えも良く理解力もございます。
もう少しお時間は頂戴いたしますが、ご安心いただける段階には来ておりますわ」
「そうか」
ルードの口元に、ほっとしたような笑みが浮かんだ。
「……ですがどこまで踏み込むべきかと悩んでおりますの」
いつもの落ち着いた口調のまま、ユアンは少し真剣な表情を見せた。
「……それは」
言いかけたところで、公爵城の正門手前に差し掛かった。
そこにはラミアと皇太子、ロエル、キドの姿があった。
今日はキドが護衛を務め、皇太子とラミアは城周辺を軽く馬で回る。
「行ってまいりますね」
ラミアがロエルへ振り返る。
「気をつけてね」
ロエルは軽く笑い、自然な仕草でラミアの頭を撫でた。
それを見た瞬間、ルードは額を押さえた。
(あいつはまた……。ラミアの隣に皇太子がいるのが見えないのか?!)
皇太子は口元にうっすらと笑みを浮かべ、興味深そうにその様子を眺めていた。
そして――
ゆっくりと手を伸ばす。
キドが反射的に身構えた。
ルードも思わず一歩踏み出しかける。
だが次の瞬間。
皇太子の手はロエルの頭に置かれていた。
ぽんっ。
「!」
「!?」
「!!」
皇太子はそのまま、何事もないようにロエルの頭を撫で始める。
流石にロエルも笑顔のまま固まった。
「……」
一拍。
「……」
もう一拍。
キドは口をあんぐり開けたまま停止。
ルードも目を見開いたまま動けない。
ただ一人、ラミアだけが楽しそうにその様子を眺めていた。
ユアンはその光景を見て、自分の欲望をぶつけた。
「ルード様、私の頭も撫でて下さいませんこと?」
ルードは前を見たまま硬直している。
「ルード様!」
少し強い声。
ルードはようやく視線だけを横へ向けた。
「え?…ああ」
深く考える余裕もないまま、言われるがままユアンの頭へ手を置く。
軽く撫でた。
ユアンの頬がほんのり赤くなり、嬉しそうに微笑む。
ラミアがにこにこと見守る中、
皇太子がロエルの頭を撫でる光景を、キドも上級騎士達も異様な物を見る目で眺めていた。
固まっていたロエルがようやく口を開く。
「……何で俺を撫でるんですか?」
「ラミアをよく撫でているだろう。
私も撫でてみようと思ってね」
皇太子は優雅に微笑みながらそう告げた。
「いや、それ、普通ラミアを撫でませんか?」
「……そうか」
皇太子は一瞬だけ考えた。
ロエルから手を外し
そのまま――
ラミアの頭を撫でた。
キドとロエルの思考が完全に一致する。
(何だったんだ、今の時間?)
誰も説明しなかった。
できる者もいなかった。
「……ラミアだけかと思っていたが、天然は血筋か?」
ルードは独り言を言った。
その手は――
まだユアンの頭の上に置かれたままだった。
⸻
皇太子はラミアを後ろに乗せ、馬を進ませた。
それを見送りながら、キドはようやく大きく息を吐く。
(ロエル様が皇女殿下を撫でて胃が跳ね、
皇太子殿下がロエル様を撫でて胃が軋み……)
(ようやく落ち着いてきた……)
ラミアは皇太子の腰に手を回し、景色を眺めていた。
「ラミア、もう少し力を込められる?」
皇太子が振り向きざま、
自分の腹に添えられるラミアの手に
自らの手を重ねながら話す。
「落ちないように」
「はい。」
ラミアは微笑む。
「どうした?」
「いえ、お兄様の大きな背中に寄り添っていると幼い頃おんぶしていただいた事を思い出します」
「そうか」
皇太子もそんなラミアに微笑む。
キドも微笑ましく思い、笑みを浮かべる。
上級騎士達もそんなやり取りに耳を澄ませ思わず口元が緩む。
が
「お兄様は後ろなんですね」
「どういう意味かな?」
ラミアは微笑んだまま。
「ロエル様に乗せていただいた時は、前に座らせてくださいました」
ピシッ
キドと上級騎士達が固まった。
(終わった)
(皇女殿下やめて下さい!!)
キドの胃に穴が空いた音がした。
たぶん今、空いた。
皇太子殿下は微笑みをたたえている。
「……そう」
(どっちだ?! その顔どっちなんだ?)
それ以上皇太子は何も言わなかった。
ラミアは馬での外出が嬉しそうだった。
上級騎士達は火の粉を避けるように、
護衛にかこつけて顔を背け、少し距離を取った。
(説明も、ロエル様の管理責任も問われるのは――
この場では)
「俺か……」
キドは悟った。
そして心で泣いた。
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