第78話 令嬢には礼節を
温度差がひどい庭園茶会。
――ラミアだけが、今日も平和。
ルードは庭園を見渡せる渡り廊下を歩いていた。
石造りの床に、靴音が小さく響く。
冬の淡い陽光が庭を照らし、白いテーブルクロスがかすかに揺れていた。
その時。
視界に入った光景に、思わず足が止まる。
そこには――
皇太子、ラミア、そしてユアンがテーブルを囲んでいた。
(ラミア……何でそんな所に)
三人は穏やかに座っている。
だが遠目にも、空気が妙に張りつめているのが分かった。
(……ラミアは楽しそうだ。だが、その両側が静かすぎる)
ルードは目を細める。
「もう少し近づくか」
小さく呟き、柱の陰へと身を寄せた。
(ラミアの前でどんな会話してるんだ?)
こっそり覗き込む。
――その時。
「何してるんですか?」
背後から声が飛んだ。
「静かにしろ!気付かれたらどうするんだ!」
ルードが小声で怒鳴る。
キドも同じように庭へ視線を向けた。
「ただお茶してるだけじゃないですか。
皇太子殿下ならユアン嬢を上手くかわせるのでは?」
「いや、ここだけの話、皇太子はユアン嬢が苦手なようだ」
「?」
キドが首を傾げる。
「第二皇子殿下もでしたよね。どんな因縁が……」
そして、はっとする。
「ああ、確か見合いで両皇子に振られたんだったな」
振り返る。
そこにロエルが立っていた。
いつの間にか。
気配がない。
キドは再び庭へ目を向ける。
「つまり――破談になった見合いの当事者の間に皇女殿下がいる、と。」
「ああ。あらかたラミアがユアン嬢を誘って、皇太子の所へ連れて来たんだろう」
「あー……雰囲気悪いな」
「ですが皇女殿下は気付いていない」
「内容によってはラミアを連れ出そう」
三人は揃って庭を凝視した。
完全に野次馬である。
⸻
庭園
ラミアが楽しそうに話している。
「……それで、ユアン様には様々な事をお教えいただいています」
陽光を受けたラミアの笑顔は、無垢そのものだった。
皇太子は穏やかな眼差しで妹を見ている。
「……そうか」
柔らかな声。
少なくとも、今は。
「それで……」
ラミアが言葉を続けようとした、その瞬間。
「殿下。私、微塵も気にしておりません。
そのようにお気遣いいただく必要はございませんわ」
言葉を被せるように、ユアンが口を開いた。
ラミアは小さく首を傾げる。
「?」
皇太子の口元が、わずかに持ち上がった。
「私が君を気遣っている、ということかな?」
一拍。
「それなら、私の振る舞いは随分と柔らかく映っているらしいな」
声音は静か。
だが、空気がすっと冷える。
渡り廊下の三人が同時に息を止めた。
「ああ、始まりましたよ! どうします?――って、あれ?」
振り向いたキドの前には、すでに二人の姿がない。
ルードとロエルは、いつの間にかラミアの背後に立っていた。
「あ、お二人とも。よろしければ……」
「行こう」
真剣な眼差しのルード。
「行こうか」
ロエルは柔らかく微笑む。
「……ですが」
戸惑うラミア。
「二人は積もる話があるみたいだよ」
ロエルが穏やかに話す。
「まぁ。そうなのですね。お邪魔してはいけませんね」
ラミアは素直に頷いた。
「ではお兄様、後ほど。ユアン様、本日はありがとうございました」
その時。
ユアンの視線がルードを捕らえた。
「ルード様はお待ちになって」
「しかし……」
ルードはラミアを見る。
ラミアはにこりと笑って頷いた。
ロエルは笑顔で手を振り、そのままラミアの手を引いて去っていく。
(ロエルの奴……ラミアを連れて行かれたら俺が離れる理由がなくなる)
「お座りになって、ルード様」
ユアンの一言で、ルードはしぶしぶ腰を下ろした。
皇太子とユアンに挟まれる形。
体格は一番大きいはずなのに、なぜか圧が一番小さい。
⸻
「この際ですから、はっきり申し上げますわ。
私が先に皇太子殿下をお断りしようと思っておりましたの」
ルードの心臓が止まりかける。
(ユアン嬢、それは不敬だ)
皇太子は優雅な笑みを崩さない。
「……令嬢には外聞もあるだろう」
その目の奥の光が、静かに沈む。
怒りではない。
ただ、距離が一段下がっただけ。
「皇宮でお会いしたんですもの。
殿下の方が先に動けますわ」
遠くで様子を見ていたキドは思った。
(あれ? 俺、今日わりと面白いかもしれない)
胃はまだ無事だ。
「興味深いな、ユアン嬢。
君のような令嬢なら、その場で断る事も出来ただろうに」
声は穏やか。
「あら。私も皇族の方は立てますわ。
臣下として当然のこと」
「それは、気を遣わせてしまったな」
「身分は仕方ありませんわ」
少し離れた場所でロエルが足を止める。
ラミアが不思議そうに見上げた。
だが自分の手が大きな手に包まれているのを見て、ふわりと微笑む。
「……感謝を述べれば良いか?」
皇太子の声は淡々としている。
「いいえ。身分……だけ、は仕方ありませんから」
空気が、また一段冷えた。
ルードの顔色がみるみる悪くなる。
「ユアン嬢、それは……」
「ルード。構わない」
皇太子の声は低い。
だが乱れない。
「何はともあれ、私がルード様にお会いできたのは、殿下のお陰ですもの」
ルードの額に嫌な汗がにじむ。
「私の事は、お忘れになって」
「あー……」
ロエルは察した。
ラミアの手を軽く引く。
「ごめんね。行こう」
「はい」
⸻
「……ユアン嬢。俺は令嬢に感情的になりたくはないが……」
「もうなっておいででは?」
扇子の奥でユアンが微笑む。
皇太子が無言で立ち上がった。
椅子がわずかに軋む。
「抑えて下さい! 殿下! 相手は女性です!」
ルードは両手を広げて立ちはだかる。
「ユアン嬢! 謝れ!」
ユアンは目を見開き――
頬を染めた。
(……私を叱って下さるのね。怒ったルード様も素敵)
「何故だ?! ユアン嬢?!
キド、早く来い!」
「結局こうなるのか……」
キドは胃を押さえながら駆け寄る。
その少し離れた所で。
「私の大切な皆様が仲良くなってくださるのが嬉しいです」
ラミアは満面の笑顔。
ラミアだけが、今日も平和だった。
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